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モグラ叩き英雄譚 〜滅びた地上と空の姫君〜  作者: 乙都セイ


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第一章  #4『選ぶ者と選ばれし者』

 晩餐会は、想像以上の賑わいだ。

 白いテーブルクロスの上で、金の燭台(しょくだい)がゆらと揺れていた。

 皿に盛られた肉料理と香草が、食の豊かさを物語っている。


 クラトは人混みを避け、リオに介助されながら壁際の椅子に腰を下ろしていた。

 吊られた両腕はじんじりと痺れ、無数の「英雄」への眼差しが鋭く突き刺さる。

 誰とも話さず、皿にも触れず、ただ席にいるだけで心身ともに疲弊(ひへい)していた。


「クラト・ガルダ殿、我らが都市の誇りである!」


 高らかな乾杯の声に、小さくうつむいた。

 祝福のように響くその声が、なぜか空回りして聞こえる。


「……俺には、やっぱり場違いだな……」

「でも皆、クラトのことすごいって言ってるよ?」


 リオが隣に立ち、励ますようにのぞき込んでくる。

 顔を向けるが、その目に冴えはなかった。


「……すごいなんて言われるのが、一番しんどいんだよ……」

「なんだか姫様も、クラトのことをすごく信頼してるみたいだし……」

「それが俺にとっちゃ面倒なんだよ」


 声に力が入る。

 怒りではなく、何かを押し返すような拒絶の響き。


 視界の端で、紅いドレスの裾が揺れる。

 静かに近づいてくる気配を、背中越しに感じ取る。

 彼女が話しかけるより先に、周囲の注目がこちらへ集まるのを肌で感じた。


「少し話したいことがあるの。ここでは落ち着かないわ。場所を移しましょう」


 相手を追い詰めたくないという、彼女なりの距離の取り方だろう。

 げんなりした顔のまま、黙って首を縦に振る。

 その表情を見て、アリアはそっと微笑んだ。



 王城の一室、客人用の応接間。

 重厚な扉が静かに閉じられると、外の喧騒はぴたりと途絶えた。

 壁には現国王と妃の仲睦まじくも威厳のある大きな絵画が飾られている。

 厚く敷かれた絨毯が足音を吸い取り、服の擦れる音だけが響く。

 暖炉の白い縁取りと木の弾ける音が、空中都市の夜に静謐(せいひつ)な空間を作り出していた。

 部屋全体に漂う香油(こうゆ)のかすかな香りが、室内の空気を柔らかく染めている。


 一歩、部屋の中へ踏み込むと、背筋を正さなければならないような重苦しい空気が肌を刺した。


「よっ……っと。ゆっくり座って」


 リオが肩に手を添える。

 折れた腕を気遣いながら、椅子の脇から身体を支えて慎重に座らせた。腰を下ろした瞬間、ギプスが肘の内側に当たり、鈍い痛みが走る。クラトは小さく息を詰めた。


「クラトのことなら慣れてるから。気にしないで」


 そうして、ちらりとアリアを見てから、二人の間に立つように一歩下がった。

 アリアはソファへ向かう。

 彼女は、まっすぐ椅子の前を通らず、背後からぐるりと大きく回り込んだ。

 その奇妙な所作に違和感を覚え、クラトは目で追ってしまう。


「……遠回りなんだな」


 呟きに、アリアはそっと苦笑した。


「癖なのよ。そこに今も、誰かが居るような気がしてしまって」


 語るでもなく、こぼれ落ちるような穏やかな言葉。

 それ以上踏み込んではいけない気がして、クラトは「そうか」とだけ言った。

 少しの沈黙が流れる。


「単刀直入に言うわね。私の護衛になってほしい」


「……さっきも言ったけど、俺に騎士なんて無理だって」


 困ったように首をすくめると、吊った腕の奥が引きつり、微かな痛みに顔をしかめる。

 アリアはふっと息を吐き、姿勢を正すように一歩近づいた。


「あの時、私の命を救ってくれたのは、あなたよ。その勇気を、今度は民のために使ってほしい」


「……あれは別に、誰かのためとかじゃねぇよ」


 苦笑しながら、天井のどこかを見上げる。


「手の届くところに居たあんたを、助けたいと思った。ただそれだけだ。……言ってみりゃ、ただの自己満足だ」


 誰かを救ったという実感はない。

 自分の衝動だけで動いたという事実が、頭の中でひっかかっていた。


「……」


 アリアは静かに言葉を継ぐ。


「私にとっては、それがすべてよ」


 かすかに震える声でそう言い、誰にも悟られまいと唇をきゅっと結んだ。


「もう二度と、私のせいで……手の届くところにいたはずの誰かを、失いたくないの。だからこそ、誰の命令でもなく、自分の意志で動けるあなたに傍にいてほしい」


 ひと呼吸置き、遠くの壁を見つめる。

 その視線は、過去の凄惨(せいさん)な記憶にぶつかっているかのようだ。


「昨日、飛行船を狙ったあの神格種……どうして、あんなにも正確に私の船を狙えたのか。まるで、最初から待ち伏せていたみたいで……」


 眉をひそめるアリア。

 その真剣さは、単なる恐れではなく、戦術的な警戒を孕んでいた。

 クラトは、その不穏な響きに気を取られた。


「モグラなんてのは、どこでも暴れる連中だろ」


「それで終わる話だったら良かったけれど……あまりにも正確すぎたわ。偶然にしては、怖いほどに」


 弱々しく語る彼女の姿は、いつもの凛とした姫らしくはなかった。


「確証はないけれど、このまま何も知らずにいたら、次こそ命を落とすかもしれない」


 言葉に詰まり、ただアリアを見つめる。

 アリアは懐から、小さな布包みを取り出した。


「これを見てほしいの。私の飛行船を点検した時に、船底の隔壁(かくへき)の裏から出てきたものよ」


「……それがなんだってんだ?」


 クラトが眉をひそめる。


「軍の上層部はただの石ころ、神格種が巻き上げた瓦礫として処理しようとしている。私はどうしても気になって。軍の中に敵がいるかもしれない以上、彼らには任せられない。だから、信頼できるあなたたちに調べてほしいの」


 リオが身を乗り出し、その石を覗き込む。


「ただの石じゃない……と思う。定期的に地上から回収してる鉱物は毎回確認してるけど、うちの都市でこんな石、見たことない。加工の仕方も私たちの技術じゃない……」


 アリアが静かに頷く。


「ええ。前回の資源充填時の帳簿も確認したけど、この石は載っていなかったわ」


「それに、これ……」


 不意に、リオの顔色が変わった。

 彼女は腰の工具ポーチからいつものモノクルスコープを素早く取り出し、石にかざした。

レンズを覗き込み、ダイヤルをカチと微調整する。

 次の瞬間、表面に見えないはずの微細な干渉縞(かんしょうしま)が、青白く不気味に浮かび上がった。


「……あった。トーゴの安全装置を狂わせた、あの時の異常な磁場と同じ波形パターンだ。間違いない……これ、発信機か、あるいは誘導装置の類だよ」


「な……っ」


 クラトの背筋に冷たいものが走る。

 あの神格種の出現は、偶然の災害などではなかった。

 誰かがアリアの飛行船にこれを仕込み、化け物を呼び寄せたのだ。


「わかった、アリア様。王城の最新設備を借りて、あたしが責任を持って解析してみる!」


 リオは石をしっかりと受け取り、大事そうに懐へと仕舞い込んだ。

 クラトは少し口を開くが、結局言葉は出なかった。

 この都市の行く末よりも、目の前のアリアが抱える、底知れない孤独と不安のほうが重く響いた。


 アリアは微かに微笑み、言葉を紡いだ。


「クラト、無理は承知の上よ。私はあなたを傍に置きたい」


 アリアは再び伏し目がちになり、その指先がドレスの縁をゆっくりと撫でるように動く。


「本当に、あなたしかいないの。お願い、考えてみて」


 真っ直ぐに見つめてくるアリアの瞳は、気圧されるでもなく、縋るでもなく、ただクラトの逃げ道を塞ぐように真摯だった。

 吊られた腕のまま、少しだけ身体を起こし、クラトは空を仰ぐ。


(……護衛なんて柄じゃねぇんだよなぁ……)


 そう思ったはずなのに、その切実な視線を前にすると、言葉が引き戻されそうになる。

 呼吸がひとつ止まるような沈黙のあと、ぼそりと声を洩らした。


「はぁ……王族にここまで頭下げられて、断れるやつがいるかよ……」


「じゃあ……!」


 アリアが少し身を乗り出す。

 それを見て、クラトはゆっくり顔を横に振った。


「まだやるって決めたわけじゃねぇ。少し考えてみる」


 アリアの表情が、一瞬で安堵の色に染まる。


「ありがとう。答えは急ぐつもりはないわ。そう言ってくれるだけで、今は十分よ」


 アリアが優しく目を細め、部屋の空気が静かに落ち着いていく。

 その沈黙の中、一歩引いて立っていたリオが前へ出た。

 表情は変えない。その目には揺るぎない覚悟が宿っていた。


「姫様」


「何か質問があるかしら?」


 リオは一歩も引かない強い声で言った。


「クラトの武装を管理できる人間はあたししかいません。制作も整備も調整もすべて。だから……もし、彼が本当に護衛になるなら」

「あたしも一緒に傍に置いてください」


 クラトはぎょっとしてリオを見る。

 思わず身じろいだ拍子に吊った腕が揺れ、鋭い痛みが走る。それ以上に――リオの隠しきれない焦りと、悲痛なまでの決意を帯びた瞳に、胸の奥がひどく痛んだ。


「お、おい。リオ、何言って――」


 リオは言葉を止めなかった。


「……クラトに何かあったときに備えられるのは、あたししかいない。現場での対応も含めて、あたしの同伴は必須です」


 その言葉は、理路整然とした中に、張り裂けそうな感情を秘めていた。


「もちろん。最初からそのつもりよ。あの時のハンマーの威力を見て、確信したの」


 アリアは微笑を浮かべながら、言葉を続ける。


「あなたのその優れた技術も、この国でもっと評価されるべきだと私は思っているのよ」


 その言葉に、リオは小さく目を見開いた。

 アリアが自分自身の価値をも真っ直ぐに認めてくれたことに、一瞬戸惑う。


「……ありがとうございます」


 そうして、リオはそっとうつむいた。

 アリアに礼を述べながらも、視線は床に落ちたまま動かない。

 クラトがリオをみると、懐に仕舞った「謎の石」を強く握り、震えているのが分かった。


 部屋の空気が、ゆるやかに沈んでいく。

 誰も言葉を発さず、時間だけが少し進んでいく。

 夜の空に浮かぶ雲が、窓の外でゆるやかに流れている。


 室内の時計が、静かに一つ鳴った。

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