第86話 王都の別れ
数日後。
王都で、東タクヤの葬儀が執り行われた。
会場は、王宮中央広場。王様が亡くなった時と同じ場所、ジャガイモ畑の隣の、広い石畳の広場だった。春の光が、優しく広場全体を包み込んでいた。
参列者は、数百人に及んだ。
王都中の人々が、東タクヤ先生を送りに来てくれた。
息子ベルは、王国軍の総帥の正装で、広場の中央に立っていた。娘リリィは、王都図書館長の黒いローブに身を包んで、両手に俺の最後の原稿を、しっかり抱えていた。
◇◇◇◇
葬儀の司会は、リリィが務めていた。
彼女は、震える声で、しかししっかりと、参列者に向かって告げた。
「父、東タクヤは、この王国に……たくさんの物語を残して、旅立ちました」
「それはこれからも、王国の歴史書として、語り継がれていくでしょう」
「父の遺言には、こうありました」
リリィが、最後の本の最終ページを開いて、読み上げた。
「『これは、一人の作家の、本物の物語である。誰かに、届け』」
参列者の中で、あちこちから、すすり泣く声が聞こえた。
ベルが、司令官らしい、毅然とした声で続けた。
「父は、生前、こう言っていました。『俺の物語は、俺一人の物語じゃない。旅で出会った、皆の物語なんだ』」
「今日ここに集まってくださった、皆さん」
「父の物語の、大切な一ページになってくれて、本当に……ありがとうございました!」
彼が、深く頭を下げた。参列者たちも、揃って深く頭を下げた。
葬儀の途中、桜の木の下から、風がふっと流れてきた。
桜の花びらが、季節外れに、ふわりと広場に降ってきた。一枚、二枚、三枚。それが次第に数を増していく。王都の広場全体が、春の花びらで埋め尽くされていく光景は、とても美しかった。
葬儀の終盤に差し掛かった頃。参列者たちの、最後の列の一番後ろに――。
一組の初老の男女が、ひっそりと佇んでいた。
白髪の、上品な紳士。その隣に、手を繋いだ、白髪の優しそうな婦人。二人とも、他の参列者たちとは、どこか違う。静かな、しかし人間離れした空気をまとっていた。
二人は、ゆっくりと棺の前まで、進み出た。
紳士が、棺に片手をそっと添えた。婦人が、その紳士の手に、自分の手をしっかり重ねた。
二人は、しばらく無言だった。
その光景を、ベルが少し離れた場所から、じっと見つめていた。
初老の男女が、自分の父と、深い絆で結ばれている事だけは、ベルにも伝わっていた。しかし二人が誰なのか、彼にはまだ、分からなかった。
やがて、初老の男女が、棺に向かって深く頭を下げた。その後、参列者の列から離れて、桜の木の下へと、二人で歩いていった。




