第84話 別れの日々
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時の流れは、静かで、しかし着実だった。
俺の白髪は、少しずつ増えていった。アメリアの金髪にも、白いものが混じり始めた。息子ベルが青年になり、娘リリィも、本を抱えた少女から、しっかりとした若い女性に成長していった。
さらに時が流れ——王様が、王宮の玉座の間で、静かに、眠るように亡くなった。王様の葬儀は、王都全体で執り行われた。
サラも、その少し後、天寿を全うした。
彼女は、書斎の日向ぼっこの場所で、しずかに旅立った。俺が仕事の合間に彼女の傍に行くと、彼女は、いつものように「クワッ」と鳴いてくれた。その最後の「クワッ」が、以前より、少し弱く、優しかった。
「サラ、お疲れさま」
俺は、彼女の首を、ぐしゃぐしゃと撫でた。彼女はしずかに、目を閉じた。
サラダも、母を追うように、数ヶ月後——しずかに旅立った。彼女は、最期まで、母の墓の傍で、日向ぼっこをしていた。
◇◇◇◇
さらに時は流れ……その冬、王都に、深い雪が降った年だった。
アメリアが、風邪をこじらせて、ベッドから起き上がれなくなったのは、雪が積もり始めた頃だった。最初は、ただの風邪だと思っていた。俺も、アメリア自身も、王宮の医師も、すぐに治ると考えていた。しかし、数日、また数日と、彼女の熱は下がらなかった。
俺は、書斎の仕事を全て後回しにして、彼女の傍にずっと、付いていた。夜通し、彼女の枕元に椅子を寄せて、片手をぎゅっと握り続けていた。もう老人になった俺の手も、老人になったアメリアの手も、皮膚が薄く、皺だらけだった。
息子ベルは、王国軍の中で、既に立派な剣士として任官していた。母の看病のために、時々家に駆けつけていた。娘リリィは、王都図書館の司書として働き始めていた。仕事の合間に、母の様子を見に来てくれた。
◇◇◇◇
ある夜、深夜を過ぎた頃だった。
アメリアが、ふっと目を開けた。彼女の青い瞳は、以前より少し薄くなっていたが、変わらない優しい光が、宿っていた。
「タクヤ」
彼女が、しずかに俺を呼んだ。
「うん」
俺は、彼女の手を、両手で握り直した。彼女の手は、もう、ほとんど温もりを失いかけていた。
「私、そろそろ……母さんに、報告に行くわね」
彼女の声は、震えていなかった。むしろ、覚悟の宿った、穏やかな声だった。
「アメリア……」
「ありがとう、タクヤ」
彼女が、俺の目をまっすぐに見た。
「私の人生、最高だった」
「……」
「あなたに出会えて、本当に、幸せだった」
「……俺も、幸せだった」
「うん」
彼女が、ふっと微笑んだ。
俺の頬を、涙がぽろぽろと伝った。
彼女の目にも、涙がじんわりと滲んでいた。
「母さんに、伝えたいの。私……いい人と結婚したの、って」
「うん」
彼女が、俺の頬に片手をそっと添えた。その手のひらの温もりが、じんわりと伝わってきた。
「タクヤ、あなたは、まだ書き続けなさい」
「……」
「私たちの物語も、いつか書いてね」
「うん、絶対」
彼女は、静かに目を閉じた。彼女の指が、俺の指をぎゅっと握り返した。最後の力を振り絞るように。
そのまま、彼女は、しずかに息を引き取った。
彼女の口元は、優しい笑顔のまま、動かなくなっていた。
俺は、しばらく、彼女の手を握ったまま、動けなかった。窓の外では、しんしんと雪が降っていた。深夜の王都の街並みが、真っ白に覆われていた。俺の頬を、涙が止まらずに流れ続けた。
葬儀は、多くの人々に見送られて行われた。息子ベルと娘リリィも、静かに母の遺体を見送った。
俺は、アメリアを、銀霧の里の霊園に埋葬した。彼女の墓の傍に、彼女の母の三段斬りの剣も、しっかりと収めた。シエルから譲り受けた青い剣も、彼女の胸元に抱かせた。
埋葬の後、俺はしばらく、彼女の墓の前で、立ち尽くしていた。銀霧の里の桜の木が、雪の中でも、しっかりと枝を伸ばしていた。春には、また桜が咲くだろう。その花びらが、彼女の墓に優しく降り注ぐだろう。
俺は、深く頭を下げた。
「アメリア、またな」
風が、雪を運んでいった。




