第75話 王都帰還、地下深淵への扉
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馬車が、王都の城門をくぐった。
門の両脇には、住民たちが出迎えに集まっていた。市場の店主、料理屋の女将、避難民だった老婆。皆、神器の探索から帰った勇者一行を、目を細めて待ち構えていた。中央広場を通り過ぎる時、俺は思わず桜の木の方に、目を向けた。ゾルダンを埋めた、あの場所。桜の根元には、王様が置いたジャガイモのぬいぐるみが、今も、しっかり立っていた。
王宮では、王様が待っていた。
いつもの煌びやかな赤紫のローブ姿。彼の視線が、アイリーンの背中の翼を捉えた瞬間、ぱっと大きく見開かれた。
「アイリーン殿、女神の使徒に、なられたな」
「あらん、お湯沸かす、二倍速も健在ですわぁ」
「ふぉっふぉ、それは何より」
王様が、心の底から嬉しそうに笑った。彼は地下大書庫から、ダグラスの本拠地への地図を、改めて取り出した。羊皮紙の地図には、王国の真南、虚無の荒野の最奥に、黒い印が一つ。
「ヤツは、ここにおる。王宮の地下大書庫から、さらに地下深くへ降りる通路の先じゃ」
「地下、ですね」
「儂も戦いたいが、王として、王宮を守る。勇者殿、頼んだ」
俺は、懐から芽の出たジャガイモを取り出して、王様に見せた。
「決戦の後、王都の中央広場に、植えます」
「うむ。儂、毎日水をやりに行く」
俺は、王様の目を、まっすぐ見返して、決意する。
「絶対、生きて帰ってきます」
「ふぉっふぉ。儂、王として、王宮で待つ」
◇◇◇◇
決戦前夜。俺とアメリアは、二人だけで、王宮の屋上に上がった。月が、煌々と王都を照らしていた。夏の終わりの匂いを、風が運んでくる。
アメリアが、欄干の傍にぺたんと座った。彼女の長い金髪が、夜風にふわりと揺れている。俺も、隣に腰を下ろした。
「アメリア」
「ん?」
「もし、明日、生きて帰ったら、結婚しよう」
彼女が、ぱっと俺の方を向いた。青い瞳が、月明かりの下で、ふっと潤んだ。
「約束よ。絶対、生きて帰る事」
「絶対」
「指切り、もう一回」
「指切り?」
「神話の山に行く前、一度、約束したわよね。あれは、私たちが生きて帰ったから、有効だった」
「うん」
「今度の約束も、同じよ」
「絶対、生きて帰る」
彼女が、小指をぴょこんと立てた。俺も、自分の小指を彼女のそれに、ふっと絡めた。月明かりの下で、二人の指の輪が、しずかに結ばれた。
しばしの沈黙。二人の間を、ひゅんと風が通り抜ける。
指を、ゆっくり離した。俺は、彼女の頬に両手をそっと添えた。彼女が目を閉じる。月明かりの下で、しずかに、唇を重ねた。
そのすぐ後で、屋上の物陰から、ひょっこりとサラの首が出てきた。「クワッ」の後にサラダの「ぴーっ」、続いてアイリーンの「あらん、見つかっちゃいましたわぁ」と、アルテミスの「ふむ、よい光景だ」。
アメリアが真っ赤になって「アイリーンっ、いつから見てたんですかっ!」と叫び、俺はぐったりと屋上の床に座り込んだ。覗き常連組は、決戦前夜も健在だった。
◇◇◇◇
翌朝。王宮地下大書庫の、最奥。
半年前にダグラスの建国記を発見した台座の、さらに奥の石壁。王様が、指先で軽くなぞると、壁の中央に、四魔王の紋様が、薄く浮かび上がった。ぐるりと囲む中央に、初代国王ダグラスの紋章。
王様が、自分の王家の指輪を、紋章の中央にぐっと押し当てた。
ごとり、と石壁の一部が、内側に沈んだ。現れたのは、地下深くへ降りる、暗い、巨大な階段だった。深い深い闇が、その先に、ぽっかり口を開けていた。階段の入り口に、薄い不気味な霧が立ち込めている。風は無いのに、霧だけがゆらゆらと揺れていた。
「これが、ダグラスへの道だ」
王様が、低くささやいた。
「ここから先は、勇者殿たちの戦場じゃ」
「はい」
「儂、王宮の上で戻りを待つ」
王様が、俺の肩に、片手をしっかりと置いた。
「勇者殿、頼んだ」
「行ってきます」
俺たちは、深く一礼して、階段の入り口に足を踏み入れた。
最初の一段で、薄い霧がふわりと足元に絡みついた。振り返ると、王様が霧の向こうで、両手をしずかに振っている。彼の煌びやかなローブが、大書庫の灯りに、ぼんやりと染まっていた。
俺は、懐のジャガイモを、もう一度ぎゅっと握り直した。
「行こう、皆」
足音が静かに、地下深淵へと降りていった。




