第71話 神話の山へ
俺たちは、王都を出発した。
王様が、城門で見送ってくれた。彼は俺の手に、半分皮を剥いたジャガイモを、そっと押し付けた。
「儂の心の支えじゃ。お前に譲る」
断りきれずに、俺はそれを懐に収めた。その王様の目には、深い決意が宿っていた。
馬車は、三日の道のりを、ゆっくり進んだ。銀霧の里へ。ベルフォードの故郷であり、俺たちが半年前に、彼を見送った、あの霧の里へ。
到着した時、俺たちは、しばらく立ち尽くした。半年前、廃村だった霧の里は、すっかり様変わりしていた。
崩れていた家屋は、真新しい木造の家に建て替えられ――屋根から薪の煙が、ふわりと立ち上っていた。道沿いに「ミリアの煎餅」「ベルフォード正宗」「霧林の塩煎餅」の看板が、ずらりと並んでいる。俺の小説を読んだ若者たちが、あちこちから移り住んできて、店を開いたらしい。どのお店も、観光客で賑わっている。
里の若者が、荷車に煎餅を積んで通りかかった。彼の視線が、俺たちの一行を捉えた瞬間、彼は目を見開いて大声で叫んだ。
「あっ、もしかして、東タクヤ先生っ!?」
近くの店から、住民が次々と飛び出してきた。あっという間に、握手とサインの嵐で揉みくちゃにされる。アメリアが、俺の腕にぱっと絡みついて、得意げに胸を張った。
◇◇◇◇
里の長老が、俺たちを、ベルフォードの塔に案内してくれた。
白い眼帯をした初老の男で、元冒険者だという。彼は俺の煎餅小説を読んで、真っ先に移住してきた住民の一人だった。
「先生、塔の書斎は、皆さんが去った後、そのまま保存してあります」
「ありがとうございます」
「ただ、夜中に地下から、誰かが本を……読み上げる声が聞こえる、って噂がございます」
俺の背筋が、ぴくりと震えた。ベルフォードの書斎は、まだ生きている。
塔の地下、彼の書斎に入る。そこは、半年前と何一つ変わらぬ姿で、俺たちを迎えた。壁一面の木の本棚、中央の古びた机、湿った紙と羊皮紙の匂い。
その机の上に、一枚の便箋が大切に残されていた。その中の手紙には、ベルフォードの几帳面な筆跡で、こう書かれていた。
『この塔を訪れる勇者へ。
書斎の床下を、調べよ』
「私たち宛て、ですね」
アメリアが、剣の柄を握り直した。
俺たちは、書斎の床板を、一枚ずつ踏んで回る。しかし、四人で踏み回っても、これといった手応えのある場所が見つからない。
その時、アイリーンの抱っこ紐から、サラダがぴょんと飛び出した。
「ぴーっ」
彼女は、机の脚の根元の一枚を、クチバシでつんとつついた。指で叩いてみると、他とは違う軽い音が、こんと返ってくる。そこには、さらに下に空洞があった。
「サラダ、お手柄だ」
俺は、サラダの頭を撫でた。
◇◇◇◇
アルテミスが、机をぐいと横に押す。現れた床板を、俺が指先で持ち上げると、ぱかりと外れた。床下の空間には、古びた木箱が一つ収められていた。
俺はその箱を、両手で取り出した。銀の留め金を、ぱちりと外して、蓋をゆっくり開いた。中には、一本の巻物と、一枚の手紙が入っていた。俺は、その手紙を読み上げる。
『これを見つけた勇者へ。
神話の山には、聖光の翼と呼ばれる神器が眠る。
地図をここに残す。
ただし、山には二層の試練がある。力、そして心。
心の試練が、最も厳しい。慎重に』
俺は、手紙を両手で抱えた。
ベルフォードは、生前、神器の在処を知っていた。しかし、絶望の中で、誰にも希望を引き継がせたくなかった。彼が俺たちと出会い、敗れ去った事で、その封印は、ようやく解けたのだった。
巻物を開くと、神話の山の詳細な地図が、羊皮紙の中央に、丁寧に描かれていた。二層の試練の位置、山頂まで登るルート、そして最深部——神器の間の印。
俺は、地図を巻き戻して懐に収めた。ジャガイモと並んで、もう一つ大切なものが増えた。
その夜、里の広場では、ささやかな祭りが開かれた。
俺は、煎餅店の主人と一緒に、ミリアのレシピで煎餅を焼いた。ベルフォードの書斎の引き出しに残っていた「苦みの草」を、生地に一つまみ。焼き上がった煎餅を口にした店主が、驚きの声を上げる。
「これじゃ、これが、ミリアちゃんの煎餅じゃ」
里の住民たちが、皆、その煎餅を頬張り、感慨深い表情を浮かべた。
翌朝、俺たちは、神話の山へ向かって、出発する。
◇◇◇◇




