第69話 禁忌の大書庫
◇◇◇◇
翌日の夕方、王様自ら俺たちを、王宮の地下へと案内してくれた。
王宮の玉座の間の、奥の壁。一見、ただの石壁にしか見えない場所に、王様が、ジャガイモを握ったまま立った。
「ふぉっふぉ。代々の王のみが、知る場所じゃ」
彼が、壁の中央の、何の変哲もない石の出っ張りに、手のひらを当てる。すると、ごとりと石壁の一部がゆっくりと動いた。
壁の奥に、暗い、下りの石段が現れた。冷たい、地下の空気がふわりと吹き上がってくる。何百年もの間、誰も触れていない、湿った石の匂いがした。
「降りるぞ」
王様が、頭巾の下から、しずかに宣言した。
◇◇◇◇
石段は、長かった。
ぐるぐると螺旋を描きながら、地下へと、深く降りていく。
アイリーンが、女神の杖の先に、聖光を灯して足元を照らしてくれた。淡い金色の光が、湿った石段にゆらゆらと反射する。俺たちの足音だけが、石壁に、こだまのように響いていた。
「王様、ここまで降りた事、あるんですか」
俺が、尋ねると、王様は、首を横に振った。
「儂も、初めてじゃ」
「えっ」
「先代の王から、ここの場所は教えられた。じゃが、降りるな、と強く言われておった。儂、六十年、その教えを守ってきた」
「では、なぜ今夜は」
「ゾルダンを、見たからじゃ」
王様の声が、低く、深く、沈んだ。
「あの子のような被害者を、これ以上、生んではならぬ。儂、先代の戒めを、破る覚悟を固めた」
俺は、頷いた。
王様の決意が、石段を降りるたびに、より強く伝わってくる。
螺旋階段の終わりに、巨大な木の扉が現れた。
扉には、複雑な紋様が彫り込まれていた。エルファ王国の紋章と、女神セレーンを表す光の翼の図、そして――。
「これは……」
アルテミスが、扉の最下段の紋様に目を止めた。
そこには、見覚えのある、漆黒の塔の紋様が刻まれていた。
いや、それだけではない。漆黒の塔の隣に、黒霧の森の紋様、紅蓮の薔薇園の紋様、そして、子供のような形をした、もう一つの紋様。
「四魔王の紋様だ」
アルテミスが、低く呟いた。
「全部、ある」
「これは、つまり……」
「魔王の存在を、王国は、千年前から知っておったという事だ」
アルテミスの声に、わずかな戦慄が混じった。
王様も、扉の紋様をしばらく見つめていた。彼の青い瞳には、深い覚悟が宿っていた。
「ふぉっふぉ。儂の先祖は、千年もの間、この秘密を抱えて、生きてきたという事じゃの」
「王様」
「うむ」
「先代は、王様に……本当に、何も伝えなかったんですか」
「先代は、儂が若き日に、こう言うた。『この扉を開ける王は、王国の歴史を、書き換える者となる。お前でなくともよい』、と」
「……」
「儂は、長年、自分がその王でないと信じておった。野菜の名前で村を建てて、ジャガイモを握って、楽しく治世を全うすればよい、と」
「でも、今は」
「うむ。儂、その王らしい」
王様が、ジャガイモをぐっと握り直した。
◇◇◇◇
扉に、王様が、自分の王家の指輪を押し当てた。
ぎ、ぎ、と何百年もの錆が剥がれる音と共に、扉が、ゆっくりと開いた。
中の空間は、想像以上に広大だった。
高い、丸い天井。壁一面に、無数の本棚が地下深くまで、ぐるりと立ち並んでいた。
本棚は、一つ一つが、五メートル以上の高さがあり、その間を、薄暗い通路が迷宮のように走っていた。
空気は、湿った紙の匂いと、古い羊皮紙の匂いで満たされていた。何百年、何千年もの間、誰の目にも触れずに、ここに眠り続けてきた、知識の塊。
「これは……」
俺は、絶句した。
アイリーンが、女神の杖を頭上に掲げた。
聖光の翼の力が、大書庫の中央の、円形の広場を、淡く、金色に照らし出した。
広場の中央に、一つの台座が立っていた。
その上に、一冊の巨大な本が、静かに開かれた状態で、置かれていた。
俺は、ふらふらと台座に近づいた。
本のページは、古びた羊皮紙で、書かれた文字は何百年も前のインクで、薄くにじんでいた。
しかし、表紙の文字ははっきりと読めた。
『初代国王ダグラス一世、王国建国記』
俺の背筋に、すうっと、冷たいものが走った。
ダグラスは、王国の、初代国王だった。
「ふぉっふぉ……」
王様が、頭巾の下で、ゆっくりと息を吐いた。
「儂の、千年前のご先祖様らしい」
彼の声には、もう、いつもの陽気さは無かった。




