第68話 王宮のお風呂と、お地蔵様
その夜、王宮の客室で、ようやくまともな休息を取った。ゾルダンとの戦いから、桜の下での弔いまで、丸二日近く、誰もろくに眠っていなかった。王様が「明日の地下大書庫の探索は、夕方からじゃ。それまで、ゆっくり休め」と命じてくれたおかげで、俺たちは王宮の最上階の客室を、貸し切りで使う事になっていた。
客室には、王族専用の、大理石の浴室が付いていた。夕食を済ませた後、女将代わりの侍女がにこやかに告げる。
「お風呂、沸かしておきました。女性の方々から、どうぞ」
「あらん、王宮のお風呂、初めてですわぁ」
アイリーンが、目をきらきらさせて、はしゃいだ。
「アメリアちゃん、行きましょっ」
「ちょっと、引っ張らないでくださいませ」
アメリアは、半目で、引きずられていった。
◇◇◇◇
俺は、客室のソファに、ぐったりと座り込んでいた。窓の外には王都の夜景が、低く広がっている。城下町の灯りが、ぽつ、ぽつ、と星のように瞬いていた。
アルテミスも、隣のソファに深くもたれていた。
「ふむ……長い、戦いだった」
彼が、ぽつりと呟いた。
「アルテミスさん、お疲れさまでした」
「タクヤ殿こそ。あの子を、抱きしめたお前の判断、見事だった」
「……」
「私には、できなかった事だ」
「それは、たぶん魔王のキャラじゃないですよ」
「……うむ。確かにな」
アルテミスが、ふっと笑顔を見せる。
その時、浴室の方から、けたたましい笑い声と、お湯のはじける音が聞こえてきた。
「もうっ、アイリーン様、そんな所、さわっちゃダメですよ!」
「あらん、アメリアちゃん、恥ずかしがるお顔が可愛いですわぁ」
「可愛い、とかじゃないですっ!」
ぱしゃん、ぱしゃん
「あら、アメリアちゃんも、さわっていいですわよっ♪」
「アイリーン様、お返しですっ!」
「あふううん」
俺は、ソファに深く頭を埋めた。いかんいかん。考えるな。考えるな。しかし、お風呂の女子の声は、王宮の壁を伝って、しっかりと響いてくる。
ぽん、ぽん、ぽん
いつの間か発動するイマジナリースキル。ソファの周りに、ぐるりとお地蔵様とブロッコリーが現れ……交互に並んで、タクヤを取り囲む。
アルテミスが、隣のソファでふっとつぶやいた。
「……ふむ、こうして囲まれると、なぜか心が休まるな」
「え……ええ、そうなんです!」
「ところで、スキルで出したものは消えないのだろう?この後、どうするのだ?」
「え……ええと……とりあえず、お地蔵部屋として……観光名所に……」
「ここ、王宮だぞ」
「……い……いけねえっ!」
こうして、王様への言い訳を、一晩かけて考えるはめになったとさ。
◇◇◇◇
お風呂を上がった女子組が、ほかほかと湯気を立てながら、客室に戻ってきた。アメリアが、湯上がりの白い肌に、宿の浴衣を羽織っていた。湿った長い金髪が、肩から、胸元に流れている。
俺は、思わず目を逸らした。
「タクヤ、どこ見てるのよ」
「いや、その」
「ふぅん」
彼女が、ふっと笑って、俺の隣にぺたんと腰を下ろした。ふわりと、湯上がりの香りが漂ってくる。石鹸と、髪の湿気が、混ざり合った、不思議に落ち着く香りだった。
「タクヤ、明日からは、また戦いね」
「ああ」
「ダグラスは、ゾルダンを捨てたわ」
「ああ」
「あいつ、絶対、許せない」
彼女の声が、低く震えていた。俺は、彼女の手をそっと握る。剣士としての硬い、しかし、温かい手だった。
「終わらせよう」
「うん」
「俺たちで、終わらせよう」
窓の外で、王都の灯りが、しずかに瞬いていた。その光景は、ゾルダンを送った夜の城下町の静けさと、不思議と似ていた。
アイリーンが、ソファの反対側で、サラダを抱っこ紐から出して、膝に乗せた。
「ぴーっ」
「サラダちゃん、お風呂、入りたかったですわね」
「ぴーっ」
「明日は、私と一緒に、温かいお湯に入りますわよ」
「ぴーっ!」
サラダが、嬉しそうに跳ねた。
アルテミスが、隣のソファで、ふっと目を閉じる。
「明日は、地下か」
彼が、低く呟いた。
「アルテミスさん、何か知ってるんですか」
「いや、儂は、地下については何も知らん。だが、王国の地下に、千年の魔王が眠るとなれば……何かしらの、深い闇があるはずだ」
彼の声に、わずかな緊張が混じっていた。
俺は頷いた。
明日は、王様の案内で、禁忌の大書庫に下りる。
そこに、ダグラスを倒すための——何らかの手がかりが、眠っているはずだった。




