第64話 ぼく、悪い子?
「シャボン玉、見てる時……ぼく、笑ってたかな」
「笑ってたよ」
「ほんと?」
「ほんとだ。可愛い笑顔だった」
ゾルダンが、ふっと、自分の口元に、指を、当てた。
彼は、自分の唇を、指先で確かめるように、なぞった。
「ぼくの、笑顔……」
ぽつりと、彼が呟いた。
◇◇◇◇
俺は、彼に思い切って聞いてみた。
「ゾルダン、一つ聞きたい事がある」
「うん」
「お前、さっき、おもちゃに命令して暴れさせた。あれは、楽しかったか?」
ゾルダンは、少し考えた。
彼の小さな指が、絹の白い服の裾を、ぎゅっと握りしめた。
「最初は、楽しかった。でも、皆が、怖い顔してたから……途中で……よくわかんなくなっちゃった」
「皆、お前を怖がってた」
「うん。なんで?」
「お前のおもちゃが、皆を、本当に傷つけようとしたからだ」
「ぼくは、ただ、遊んでただけだよ?」
「分かる」
俺は、頷いた。
「でも、お前の遊びは……皆にとっては、命の危険だったんだ」
ゾルダンの顔が、ぐっとしぼんだ。
「ぼく、悪い子?」
彼が、震える声で聞いた。
俺は、しばらく沈黙した。
彼の質問に、嘘で答える事はできなかった。
でも、彼を責める事もしたくなかった。
「ゾルダン」
「うん」
「お前は、悪い子じゃない」
「でも、皆、怖がってた」
「うん。でも、お前は、悪い事を、悪い事だと知らなかった」
「……」
「お前に、教えてくれる人が、いなかっただけだ」
ゾルダンの目に、涙がにじみ始めた。
今度の涙は、ヒステリックな泣き声を伴うものでは、なかった。ただ、しんと静かに、彼の頬をぽたりと伝う涙だった。
「ぼく、知らなかったの」
「うん」
「ぼく、もっと知りたい。いろんなことを」
「うん」
「いい子に……なれるかな」
「なれる」
俺は、頷いた。
「お前は、ちゃんとなれる」
ゾルダンが、ぽろぽろと、涙をこぼした。
俺は、両手をゆっくりと彼の方に伸ばした。
彼の小さな体を、そっと抱き寄せる。
彼の体は、想像していた以上に、軽くて、温かかった。絹の服の下で、彼の心臓が――とくん、とくん、と小さく、しかし確かに鼓動を打っていた。
ゾルダンは、最初、俺の腕の中で、戸惑ったように固まっていた。
しかし、しばらくすると、彼の小さな手が、ふと俺の背中に回された。
子犬が、人の懐に潜り込む時のような、迷いの混じった、不器用な抱きしめ方だった。
「あったかい」
彼が、ささやいた。
「うん」
「ぼく、こういうの、初めて」
「うん」
俺の肩越しに、アメリアが、剣を、しずかに鞘に納めるのが見えた。彼女の目元には、涙が薄くにじんでいる。
アイリーンは、両手を胸の前で組んで、何かを祈るような顔で見守っていた。
アルテミスは、無言で空のシャボン玉を見上げていた。
王様は、頭巾の下で――深く頷いていた。




