第63話 暴走を包む
ここで、俺はふと考えた。
なんか違う。
兵器を召喚して、おもちゃを破壊するのが正解なのか?
ゾルダンは退屈して暴れてる、ただの子供なのだ。
……ならば、もっと面白い遊び。それも、びっくりするくらいの体験をさせれば、何か突破口があるかも。
俺は子供の時の記憶から、色んな遊びをイメージする。
「いでよ! 懐かしくて……この世界では珍しい遊び!」
そして、拳を振り上げる。
「イマジナリースキル!」
ぼんっ
まばゆい光とともに現れたのは、巨大なシャボン玉製造機。
「ちょっとでかすぎたかな……」
路地の中央に、ずしんと落下したのは、銀色でドラム缶ほどの大きさの、円筒形の機械だった。前面に大きな金属の輪っかが、ぐるりと取り付けられている。側面には、石鹸液を貯める透明な筒。そこから、虹色に光るシャボン液が、たぷたぷと揺れていた。
前世でも珍しいくらい巨大な、子供向けのシャボン玉装置。それをさらに業務用サイズに膨らませた、いかにも陽気な見た目。戦場に、まったく似合わない代物だった。
「タクヤ、それ、何っ!?」
アメリアが、ブリキ兵士の剣を、剣で受け止めながら、驚きの声を上げた。
「シャボン玉! 巨大シャボン玉!」
「そんなのっ、何の役に立つのっ!?」
「遊びだ! 遊びで、止める!」
「は、はぁっ!?」
俺は、機械の側面のスイッチに、ぱしっと手のひらを叩きつけた。
ぶおぉぉぉぉぉぉっ。
送風機の唸り声と一緒に、大きな金属の輪っかが、ふわりと回転し始めた。
輪っかが、たぷんと石鹸液を絡め取って、空中をぐるりと回る。次の瞬間、輪っかの中から、ぽろんと巨大なシャボン玉が、空中に放たれた。
直径、二メートル。
虹色に光る、透き通ったシャボン玉が、ふわりふわりと貧民街の路地を漂い始めた。
◇◇◇◇
最初に動きを止めたのは、ゾルダンだった。拍手していた両手が、空中で、ぴたりと止まった。
深い青色の瞳が、ふわふわと漂うシャボン玉を、じっと追いかけ始めた。
「……あれ、なに?」
彼が、ぽつりと呟いた。
声に、ヒステリックな響きは、もう無かった。
ぽろん、ぽろん、と二つ目、三つ目のシャボン玉が、機械から放たれていく。
路地の上空が、虹色のシャボン玉で、ふわりと満たされ始めた。反射した光で、空じゅうがきらりきらりと輝いている。
ブリキ兵士の一体が、空中を漂ってきたシャボン玉に、ふと、銀色の剣を振り上げた。
しかし、剣がシャボン玉に触れた瞬間、何かが起きた。
シャボン玉は、割れなかった。
むしろ、剣の周りに、ふわりと張り付いて――ブリキ兵士の腕をすっぽりと包み込む。シャボン玉は、ブリキ兵士の体全体を、ゆっくりと飲み込んで、ふわりと地面から浮き上がった。
ガキン! ガキン! ガキン!
ブリキ兵士が、シャボン玉の中で、もがいている。
しかし、抜け出せない。シャボン玉は、ふわふわと、ブリキ兵士を中に閉じ込めたまま——空高く、舞い上がっていった。
次々と、シャボン玉が、ブリキ兵士たちを包み込んでいった。
一体、また一体と、銀色の兵士は虹色の球の中に閉じ込められ、空に運ばれていく。
ブリキ兵士たちは、シャボン玉の中で、滑稽に、ぶんぶんと剣を振り回していた。
「アメリアっ、見ろっ!」
俺は、叫んだ。
「シャボン玉の中で、ブリキ兵士の赤い目が、ふっと、消えていくぞっ!」
空に運ばれていくシャボン玉の中で、ブリキ兵士たちの瞳の赤い光が、ぱちん、ぱちんと、次々に消えていった。
「魔力が、薄まってるのかしらっ!?」
アイリーンが、聖光の杖を構えたまま、空を見上げた。
「ブリキは魔力で動いてた人形。シャボン玉の中では、魔力が効かないみたいですわ」
次は、巨大テディベアだった。
彼は、シャボン玉装置の方を、紅い瞳でぎろりと睨んだ。太い両腕を、ぐっと持ち上げて、装置を叩き潰そうとした。
しかし、その瞬間、シャボン玉が一つ——ゆらゆらと彼の頭の上に降りてきた。
「ちょっ、ちょ、待っ」
タクヤは思わず手のひらを向けた。
巨大なシャボン玉が、テディベアの頭からふわりと、覆い被さる。そのまま、彼の体を、すっぽりと飲み込んで――ふわりと、地面から持ち上げた。
テディベアの巨体が、虹色の球の中に閉じ込められたまま、ふわふわと、空に向かって舞い上がっていった。
「うっそ、嘘でしょっ!」
アメリアが、剣を握ったまま、空を見上げて、ぽかんと口を開けた。
「ちょっと、なにこれ、こんなあっさり、解決するの!?」
「分かんない、けど、いい感じだな!」
「タクヤ、あんた、ヘンなモノばっか出すのね!」
「……効けばいいんだよっ!」
◇◇◇◇
路地の真ん中で、ゾルダンが、ぽかんと口を開けて、空を見上げていた。
虹色のシャボン玉が、何十個も、彼の頭上で、ふわりふわりと舞っている。その中の一つには、テディベアの巨体、もう一つには、ブリキ兵士の銀色の体。滑稽に閉じ込められて、ぷかぷかと漂っている。
ゾルダンの目に、もう虚ろさは無かった。
代わりに、生まれて初めて、本物の驚きと、純粋な好奇心が灯っていた。
「うわぁ……」
彼がつぶやく。
「ぼく、こんなきれいなもの、見た事ないよ……」
彼は、両手を、空に向かって伸ばした。
虹色のシャボン玉が、彼の指先に、ふわりと触れた。が、すぐにぱちん、とは弾けなかった。シャボン玉は、彼の指を、優しくなぞるように撫でて——また空に向かって、ふわふわと舞い上がっていった。
「あ……」
ゾルダンの頬が、ふっと紅潮した。
「シャボン玉、ぼくと遊んでくれるの……?」
彼がささやいた。
俺は、機械のスイッチを緩める。
ぶおぉぉ、という送風機の音が、徐々に小さくなって、止まった。路地に残ったのは、虹色のシャボン玉が、ふわふわと空を漂う、静かな光景だけだった。
王様が、頭巾の下から、しんみりと息を吐いた。
「ふぉっふぉ。勇者殿は、武器ではなく、玩具でヤツを止めおったか」
「本当、たまたまです」
「そうではないぞ。これは、勇者の、知恵じゃ」
王様の言葉が、いつになく深かった。
ゾルダンが、相変わらず、空のシャボン玉をぼうっと見上げていた。
彼の頬には、もう、涙の跡は無かった。




