第55話 南の魔王、ゾルダン
◇◇◇◇
王都に到着したのは三日目の夕方だった。
そこは、巨大な城壁に囲まれた、エルファ王国の中枢。俺たちは、初めて王都に足を踏み入れた。城壁の中に入ると、街並みは想像以上に賑やかだった。しかし、何かが、ぴんと張り詰めている。町の人々の表情にも緊張が走っている。砦が陥落した話が、もう市民にも伝わっているらしい。
城内へ案内され、王様に謁見した。
王様は、年齢は五十代くらい、陽気な感じのおじさんだった。豪華な王冠を、ちょっと斜めに被っている。
「おお、勇者殿よ!」
王様が、玉座から、立ち上がって駆け寄ってきた。
「四魔王のうち、三人を、倒したと聞いておるぞ! ありがたや、ありがたや!」
「いえ、二人を倒して、一人を救って、というのが正確で……」
「細かいことはよい! して、勇者よ。好きな野菜は、何か?」
俺は、思わずぽかんと口を開けた。
「えっ……えっと、ジャガイモ、ですけど」
「おおぉぉぉっ!」
王様が、両手を合わせて、感動した顔をした。
「素晴らしい! ジャガイモ、好いておるか! ならば、ポテト・ヴィレッジを、卿の名で建設しよう!」
「いや、それは、本当に結構ですっ!」
「遠慮するでない! すでに、トマトヴィレッジ、キャベツヴィレッジ、ブロッコリーシティ、と来ておる。次は、ジャガイモじゃ!」
「やめてくださいっ!」
アメリアが、横で半目で見ながら、ひそひそとささやく。
「……これが、エルファ王国の王様?」
「うん」
「ちょっと……王様のイメージと違うわね」
「なんか不安になってきた……」
しかし、ひとしきり話し終えた後——王様は、急に、ぴしりと表情を引き締める。
「冗談は、さておき」
「は……はいっ!」
「勇者殿。事態は深刻じゃ」
「はい」
「南の砦が全滅した。兵士全員、生きておるが、ぴくりとも動かぬ。これまで聞いた、魔王の手口とはまったく違う」
「動かない、って……」
「無傷じゃが……まるで時間が止まったかのように、立ったまま、座ったまま、動かぬ。我が国の医師団でも、原因が分からぬ」
俺は、拳を握りしめた。
南の魔王、ゾルダン。
他の三魔王とは、根本的に違うタイプの能力。
「すぐに、調査に向かいます」
「うむ。頼んだぞ、勇者殿」
◇◇◇◇
その夜。
王都の城下町は、何百人もの避難民で溢れかえっていた。砦周辺の村々から、逃げ延びてきた市民たち。城下町の広場には、テントが何百張りも張られていた。
俺たちは、避難民の様子を見て回った。
子供連れの母親。怪我をした老人。家を失った若者たち。皆の表情は疲れ切っている。しかし、なんとか、互いに励まし合って過ごしていた。
その時。
俺の視線が、ふと広場の一角で止まった。
大きな桜の木の下。一人の小さな少年が、立っていた。
五歳くらい。
金髪。白い肌。可愛らしい顔立ち。上等な、白い服を着ていた。
でも――。
その目が、空っぽだった。
彼は、何もしていなかった。
ただ立って、避難民たちをじっと見ていた。まるで——新しいおもちゃの、品定めをするように。
俺の背筋に、すうっと冷たいものが走った。
「タクヤ、どうしたの?」
アメリアが、不思議そうに聞いた。
「……あの子」
「ん?」
「変だ」
俺が視線を向けた瞬間。その子供が、ふとこちらを見た。
目が合った。
彼がにっこりと笑った。
その笑顔は、子供の笑顔のはずなのに。
なぜか、ぞっとするほど、冷たかった。
南の魔王、ゾルダン。
まだ、その姿も知らない頃。
俺は、もう、彼に出会っていたのだ。




