第53話 重なる想い
◇◇◇◇
俺たちは城を出た。城門の外で、待っていたサラとサラダが、俺たちを見て、ぱあっと嬉しそうに駆け寄ってきた。
「クワッ、クワッ!」
「ぴーっ、ぴーっ!」
サラが、俺の足元をぐるぐる回って、首をすりすりとこすりつけた。
サラダは、抱っこ紐から頭を出して、ぴーぴー鳴いている。
「心配かけたな、二人とも」
俺は、サラとサラダを両手で抱きしめた。そして、しばらくそのまま撫で続けた。
ふと、城の方を振り返った。巨大な紅蓮の薔薇園は、まだそこにそびえ立っている。でも、城を覆っていた、甘い香りも、退廃的な空気も、もう消えていた。ただの、薔薇に覆われた美しい城。
そこから、ぞろぞろと男たちが出てきていた。皆、ぼーっとした表情から、戸惑った表情に変わっている。
「家に、帰ろう」
誰かが、ぽつりと言った。
「うん、帰ろう」
別の誰かが頷いた。
男たちが、それぞれの方向にぞろぞろと歩き始めた。俺たちは、その光景をしばらく見守った。
◇◇◇◇
そうして、ローズマリー宿場町に戻る。
町は、お祭り騒ぎだった。西の魔王カミラ討伐の報せが、もう、近隣の町に広まっていた。
町の入り口で、マダム・セレスが、わざわざ、出迎えに来てくれた。深紅のドレスは、相変わらず、煌びやかだった。
「あらまあ、勇者さん、ありがとう♪」
マダムが、両手を広げて迎えてくれた。
「うちの娘の婚約者も、戻ってきたわぁ。今夜、結婚式の続きをしているの♪」
「よかったですね」
「あなたたちのおかげよ」
マダムが、ふっと俺の腕に密着しようとした。
胸の谷間が、二の腕にむぎゅっと当たる。
「ねえ、勇者さん♪ 今夜……お祝いに、あたしの家で、もう一度――」
「マダムッ!」
アメリアが、ぱっと間に入った。
はっきりと、宣言した。
「タクヤは、私のものですからっ!」
マダムが、目を見開いた。そして、にっこりと笑った。
「あらん、ようやく、ちゃんと言えたじゃないの♪」
「……あ」
アメリアの頬が、ぼっと染まった。俺の頬も、たぶん、同じくらい赤かった。
「ふふ、ふふふ。安心したわ♪ あなたたち、本物ね♪」
マダムは、満足そうに頷いて、深紅のドレスをふわりと翻した。
「お祝いの宴会は、後でやるから。今夜は、ゆっくり宿で過ごしなさい♪ 今夜は、邪魔しないから♪」
マダムが、ウィンクを残して去っていく。俺とアメリアは、しばらく無言で立っていた。なぜか照れくさくて、お互い……目を合わせられなかった。
◇◇◇◇
その夜。
一行は、町の上等な宿に部屋を取って、休息を取る。
俺とアメリア、夕食の後、二人で宿の屋上に上ると……月が、綺麗に出ていた。そして、屋上の縁に並んで座る。心地よい、暖かい風が頬を撫でていく。
「……ねえ、タクヤ」
「ん?」
「私、あなたを……ちゃんと好きよ」
アメリアが、月を見たままぽつりと言った。
俺の心臓が跳ねた。
「……俺もだ」
俺も、月を見たまま答えた。
しばらく、沈黙が流れる。
風が、彼女の金髪をふわりと揺らした。
俺は、彼女の方を見た。
彼女も、ちょうど俺の方を見ていた。
月明かりの下で、彼女の青い瞳が潤んでいた。
俺はゆっくりと、顔を近づけた。
彼女もゆっくりと、目を閉じた。
今度は――。
邪魔は入らなかった。
唇が、重なった。
ほんの、数秒だけ。
でも、長かった。
離れた後、二人とも、しばらく無言だった。
「……ようやく、ね」
アメリアが、ぽつりと笑った。
「うん」
「サラとサラダも、邪魔しなかったわね、今夜は」
「たぶん、今お風呂入ってるはず」
「アイリーン様は?」
「アルテミスと、星座の話してた」
「彼、星座に詳しいの?」
「魔王時代、塔の屋上で、ずっと見てたらしい」
「意外な趣味ね」
「そんな魔王、聞いたことないよ」
「そうね」
俺たちは、ふっと笑った。
月が、優しく二人を照らしていた。
◇◇◇◇
ところが。ふと視線を感じた。俺は、屋上の隅に視線を向ける。そこに——
サラの首だけが、ひょっこりと出ていた。
「クワッ……」
恥ずかしそうに、目を伏せる。
その隣で、サラダも、ひょっこりと頭を出した。
「ぴーっ……」
同じく、目を伏せた。
その後ろから、ぴょこっと、もう一人の頭が出てきた。
「うふふ……お邪魔しちゃ、ダメよ、サラとサラダ」
アイリーンだった。ローブ姿で、しっかりとこちらを見ていた。
「アイリーンッ!」
アメリアが、悲鳴を上げた。
「いつから、見てたんですかっ!?」
「ふふ、最初から、ですわよ」
「ええっ、ずっと!?」
その隣から、もう一人。
「ふむ、よい夜だな」
アルテミスだった。
彼は、しみじみと夜空を見上げた。
「……私も、いつか、グレッグと、もう一度、酒を酌み交わしたい」
「アルテミスさん、しっかりしてくださいませっ!」
「いや、若い二人を見ていると、何だかグレッグを、思い出してな」
「グレッグさんと、結婚するつもりなんですかっ!」
「いや、それはない……たぶん」
「たぶん、って何ですかっ!」
俺とアメリアも、怒ってるはずが——つい噴き出してしまう。四人と二羽は、賑やかに、宿場町での夜を過ごした。
◇◇◇◇
翌朝。
俺たちが、朝食を終えた頃——宿の扉が、勢いよくばたんと開く。息を切らして、王都からの使者が転がり込んできた。
「タクヤ殿っ! 大変ですっ!」
「な、なに?」
「南の魔王ゾルダンの軍がっ、王都に最も近い砦をっ、全滅させましたっ!」
「な……っ!」
「砦の兵士全員、ぴくりとも、動かなくなっています。死んでは……いない、ただ、動かないんです!」
「……」
「王都が危機ですっ! すぐにお越しください!」
俺たちは、顔を見合わせた。四人の魔王のうち、最後の一人、南の魔王ゾルダン。
「行こう」
俺は、立ち上がる。アメリア、アイリーン、アルテミス……そしてサラとサラダも頷いた。




