第52話 真実の愛
カミラは、玉座の前にゆっくりと座り込んだ。純白のドレスのまま。涙で、頬を濡らしたまま。
「……あたしは、間違っていたのかしら」
彼女が、ぽつりと呟いた。
俺は、首を横に振った。
「あんたが、絶望したのは当然だ。あんたを、裏切ったヤツらが悪い」
「……」
「でも、もう……人間の男に、絶望する必要はない」
俺は、振り返って、仲間たちを見た。
アメリア。アイリーン。アルテミス。
「俺たちみたいな、不器用な男もいる。好きな人を、ちゃんと、大事にしようと……必死な男もいる」
アメリアの頬が、ぼっと染まった。
「あんたの夫も、そうだったんじゃないかな」
「……!」
カミラは、一瞬、びくりとする。
「……」
「……ずっと……探してた……真実の、愛を」
「……」
「誰も……誰も、そんなもの持ち合わせてなかった。でもそれは……私の中に、すでにあったのね」
俺は、無言でこくりとうなづいた。
少しの沈黙。そして、カミラがふっと笑った。いつもの艶っぽい笑顔に、ほんの少し――優しい笑顔が混じっていた。
「……勇者さん。あなた、いい男ね♪」
「……」
「アメリアちゃん、いい男、捕まえたわね♪」
「……あなたに、言われると複雑です」
「あらん、嫉妬? 可愛いわぁ♪」
「もう、デレないでください!」
皆の顔にも、笑顔が浮かんだ。
◇◇◇◇
カミラが、ふと、四薔薇の幻影に視線を向けた。四人の薄い影が、彼女の周りで、静かに揺れている。
「……あの子たちも、皆、あたしと同じように、傷ついていた」
彼女は、両手を合わせた。
四薔薇の幻影が、ゆっくりと、本物の姿に戻り始めた。
純白のドレスに身を包む、白薔薇のリリア。扇子を手にした、黒革のヴィオラ。深紅のドレスをまとったラビス、毅然としつつ、柔らかい笑顔、青い騎士姿のシエル。
四人とも、もう、サキュバスの瞳ではなかった。ただの、優しい顔の女性たち。
「カミラ様……」
リリアが、ぽつりと呟いた。
「ありがとうございました」
「あたしたち、これで、ようやく休めるわね」
ヴィオラが、ふっとため息をついた。
「あんた、いい主人だったよ」
ラビスが、にっこり笑った。
「カミラ様……もう、無理しないでください」
シエルが、深く頭を下げた。
カミラの瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれた。
「……ありがとう、皆。あたしの、本当の家族だった」
「私たちも、ですわ」
四人が、口々に答えた。
そして、ふっ、と光に包まれて、消えていった。
彼女たちが、消えた後の空気は、不思議と暖かかった。まるで、何かの重みがふっと解けたような。
◇◇◇◇
カミラ自身の体も、ゆっくりと、淡い光に包まれ始めた。
「……あたしも、夫のもとに行くわ」
彼女は、立ち上がった。純白のドレスが、ふわりと光に溶けていく。
「勇者さん」
「ん?」
「ありがとう。あたしを、自由にしてくれて」
「……」
「あなたに、出会えてよかった」
俺は頷いた。
胸の奥が、熱くなる。
「カミラさん」
「ん?」
「あんたの物語も、書く」
「あら、ベルフォードの分だけじゃ、なくて?」
「ああ。あんたと、四薔薇の、全員の物語」
「ふふ……それは、楽しみね」
「読みに来てくれよ」
「ええ。本になったら、夢の中で読みに行くわ」
カミラが、ふっと笑った。
その笑顔は、もう、艶やかでも、寂しくもなく――ただひとりの、満たされた女性の笑顔だった。
「あら、もう一つ、頼みがあるの」
「ん?」
「あたしのお話、書く時――あたしが、ただの可哀想な被害者じゃなくって――ちゃんと、強く戦った女として、書いてくれる?」
「もちろん」
「ふふ。よろしくね♪」
彼女の体が、ふわりと光の粒になった。
粒が、ゆっくりと空に上っていく。
最後に、彼女の声だけが、ホールに優しく響いた。
「アメリアちゃん、いい子を見つけたわね」
「……ありがとうございます」
「ふふ……末永くお幸せに♪」
彼女が、完全に消えた。
◇◇◇◇
しん、となる。
ホールの中の、薔薇の花びらがふっと止まって――地面に、しんしんと、降り積もり始めた。
甘い香りが、ゆっくりと薄れていく。
その時――。
城の、あちこちから、男たちの混乱した声が響き始めた。
「うわっ、なんだ、ここはっ!?」
「俺、なんで、こんなとこに、いるんだっ!?」
「家の、かみさんはっ!?」
誘惑された男たちが、皆、正気を取り戻していた。俺たちは思わず、顔を見合わせて、ぷっと吹き出した。
「平和ってのは、こういう、ドタバタが戻ってくる事なんだな」
俺が、ぽつりと言った。
「ふふ、本当に」
アメリアが、ふっと笑った。
「これから、各家庭で、修羅場ですわねぇ」
アイリーンが、しみじみと続けた。
「妻と娘たちの、怒声が目に浮かぶ」
アルテミスが、頷いた。
巨大なホールに、玉座だけが、ぽつんと残っている。絶望の女王、その姿は……もうどこにもなかった。




