第51話 決戦、紅蓮の薔薇園
カミラの体から、薔薇のツタが、何十本も吹き上がり、俺たちに迫る。
半透明のドレスが、ぱっと消えて――彼女の体に、深紅のツタと薔薇の花が、ぐるりと絡まった。鎧、というより、生きた植物の衣装。
彼女の背丈が、ぐぐぐと伸びていく。最終的に、五メートルはある、巨大な姿になった。
薔薇の女神。
あるいは、深紅の魔王。
頭の両脇からは、ねじれた二本の蔓の角が伸び、背中には薔薇の花びらのような翼が広がる。深紅の瞳が、五メートルの高さから、俺たちを見下ろした。
「ふふ♪ これが、あたしの真の姿よ♪」
声も、ホール全体に、響き渡るほど大きくなった。魔族に囚われた、悲劇の女王。もう、俺たちの声は届かない。
「アメリア!」
俺は、剣を抜いて叫んだ。
「ええ、行くわよっ!」
◇◇◇◇
アメリアが地を蹴った。
「一段ッ!」
彼女の三段斬りが、カミラの足元の、薔薇のツタに襲いかかる。
ぱしっ、とツタが、二、三本斬れた。
しかし、斬れたツタは、ぐにゃりと再生して、すぐに、また伸びた。
「二段ッ!」
「三段斬りィッ!」
アメリアの三撃が、もう一度、ツタを薙ぎ払う。
しかし、もはや追いつかない。ツタは、無限に再生する。
「アルテミス!」
「うむ、火炎連弾、改ッ!」
アルテミスが、両手から、火球を何十発も放った。
火が、ツタを焼く。
焼けたツタは灰になる。
が、その傍から、新しいツタがぐねぐねと、生えてくる。
「皆、私の周りに集まるのよっ!」
アイリーンが、両手を組んで聖なる光を放った。
彼女の周りに、半径三メートルくらいの、青白い結界ができた。俺たちはそこに避難した。
◇◇◇◇
「タクヤ、何かない?」
アメリアが、肩で息をしながら、聞いた。
「考えてる!」
俺は、頭の中を必死で回した。
あのツタを、止める方法。
いくら斬っても、いくら焼いても、再生する。
……植物なら、根を、断つしかない。
でも、あのツタの根本は、カミラ自身の体だ。彼女の体を、攻撃すれば――。
いや、待て。
別の手がある。
俺は、両手を空に突き出した。
「イマジナリースキル! いでよ、薔薇を枯らす、何かッ!」
ぼん、と空中に何かが現れて……ずっしりと、地面に落下した。
……でかい、緑色の容器。
ご丁寧に、ラベルまで付いていた。
「枯らせ太郎・業務用・五十リットル」
「……」
しん、となる。
「除草剤?」
アメリアが、ぽかんと口を開けた。
「ちょっと、勇者さんっ!」
カミラが、五メートルの高さから怒鳴っている」
「あんた、それ、夢がなさすぎないかしらっ!? もうちょっと、エレガントな攻撃しなさいよっ!」
「き……効けばいいんだよ!」
「全っ然、ロマンチックじゃないっ!」
「いやいや、そんなコト考える余裕ないってば!」
俺は、容器を蹴り倒した。中身が、薔薇の蔓にばしゃばしゃとかかった。
ぐにゃり。
ツタが、しんなりとしなだれていく。
「お、いい感じ!」
が、しばらくすると、また別のツタが生えてきた。
「やっぱ、根本を断たないと……ダメだな」
俺は、奥歯を噛んだ。
(どうすれば、彼女を止められる?)
……シエルから渡された、鍵。
昨夜、彼女の部屋で感じた寂しさ。彼女が、最後に呟いた言葉を思い返した。――「羨ましいわね♪」
彼女が、ずっと、心の奥に抱えている、千年前の何か。あれを、もう一度思い出させれば。
俺は、頭の中で、ベルフォードの形見の指輪を、思い浮かべた。ベルフォードの妻リーラが、生前、夫から贈られた、結婚指輪。
昨夜、カミラに「本物の愛とは何か」を語った時、頭に浮かんでいた、あの指輪。
「最後のスキルだ!」
俺は、両手をぎゅっと握った。
「イマジナリースキル! いでよ、本物の愛の、結晶ッ!」
光と共に、ぼん、と空中に何かが現れた。
ふわりと、空中に浮かんだのは、小さな、銀の指輪。ベルフォードがくれた、リーラの形見の指輪と、そっくりだった。表面に、ささやかな、薔薇の彫り物。
なぜこれが答えなのか、俺自身、よく分からなかった。
ただ、彼女の心に届くのはこれだ、と強く思った。
「カミラっ、これを受け取れっ!」
俺は、指輪を彼女の方に、ぽいっと投げた。
不思議なことに、指輪はふわりと、空中を滑空した。
まるで、自分の意思を持つかのように、まっすぐ、カミラの胸元に、向かった。
すぽん。
指輪が、彼女の薔薇の鎧の、胸の中央にはまった。
◇◇◇◇
しん、となる。
カミラの、巨大な体が、ぴたりと止まった。彼女の、五メートルの高さの目が、ふと、自分の胸元を見下ろした。
「……これは……」
彼女の声が、震えた。
「……これは……あの日の、夫が、私にくれた指輪と、同じ……」
彼女の体が、ふっと、光に包まれ始めた。
淡い、優しい白い光。
五メートルの巨体が、ゆっくりと縮んでいく。
薔薇の蔓が、ぱらぱらと剥がれていく。
深紅の鎧が、消えていく。
最終的に、彼女は、人間のサイズに戻った。
しかし、それは、もう、艶っぽいカミラの姿ではなかった。
あの日の、まだ笑顔だった頃の、王妃の姿。
夫を失う前の、純白のドレスを纏った、若くて、優しそうな女性。
彼女は、自分の手を、震える瞳で見つめた。
「……あの日の、わたし……」
頬を、涙が伝った。
千年、流したことのなかった、涙。
「……夫が、生きていた頃の、わたしの、姿……」
◇◇◇◇
その隙に、アメリアが地を蹴った。
「ファイナル、三段斬り、烈ッ!」
彼女の剣が、円の軌道を描いて、カミラに、襲いかかった。
しかし――。
刃が、カミラの首元、寸前で……ぴたりと、止まった。
アメリアが、止めたのだ。
彼女は、剣の腹を、カミラの肩に軽く当てた。
「……負けたわ、私の負けよ」
カミラが、ふっと笑った。
今度の笑顔は、艶やかでも、寂しくもなかった。
ただ、ひとりの女性の、優しい笑顔。




