表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/72

第50話 もう二度と、愛さない

 ◇◇◇◇


 翌朝。

 俺たちは、再び城のホールに呼ばれた。

 昨夜、サキュバスたちに連れて行かれた、仲間たちは別室で丁重に「もてなされて」いたらしい。アメリアもアイリーンもアルテミスも、無傷で戻ってきた。

 

 俺は、昨夜のことを簡単に皆に伝えた。アメリアが、ぽつりと聞き返す。

「タクヤ、何もされてない?」

「ないよ。全然」

「……ふぅん」

 彼女は、ふっと頬を緩めた。

「ま、信じてたから」

「ありがとう」


 ホールには、もう、誘惑された男たちも、サキュバスたちもいなかった。

 巨大な空間に、ぽつんと玉座だけが残っている。その玉座に、カミラがひとり座っていた。


 彼女は、昨夜の艶っぽい姿ではなく、もっと簡素な、深紅の長衣をまとっていた。化粧も薄い。

 ひとりの――ただの、女性のようにも見える。

 

 彼女の周りに、薄く、四つの人影が漂っていた。

 白薔薇のリリア。黒薔薇のヴィオラ。紅薔薇のラビス。青薔薇のシエル。

 それは、俺たちが倒した、四薔薇の幻影。彼女は、心の中で、その影をずっと……抱きしめていたのだろうか。

 

 カミラが、ゆっくりと、口を開いた。

「あなたたちと、本気で戦う前に……聞いてもらいたい話があるの」


◇◇◇◇


 カミラの声は、いつものハスキーな艶っぽさが消えていた。ただ、低く静かな女性の声。


「あたしは、もともと人間だった」

「……」

「ある小国の王妃よ。夫は、優しい男だった。あたしを、本気で愛してくれた」

 

 彼女の瞳が、遠くなった。


「二人の間に、まだ子供はいなかった。でも、これから、家族を作ろうって、約束していた。あたしは……夫を、心から愛してた」

「……」

「ある日――。夫が、隣国との戦争で戦死した。三十二歳。あまりにも若くて」

「……」

「あたしは、寡婦になった」


 部屋の中の空気が、しん、となった。四薔薇の幻影が、彼女の周りで、しずかに、ふわふわと揺れている。


「葬儀の翌日から――。宮廷の男たちが、あたしを狙い始めた」

「……」

「『妃の座を継ぐ』『あなたを守ってあげる』『亡き王の遺志を継ぐのは、私だ』。最初は、優しい言葉だった」

「……」

「でも、あたしが断ると、彼らは本性を現した。夫の遺志を守る者なんていない。常に監視され、じわじわと、自由が奪われていった」


 俺は、奥歯を噛みしめた。アメリアの表情が、強張っている。


「あたしは、半年間、自分の部屋に閉じ込められた。窓には鉄格子。食事は、宰相が決めた相手と、二人きりで」

「……」

「逃げ場が、なかった」


 彼女が、ふっと自分の手のひらを見つめた。


「ある夜――あたしの前に魔族が現れた。『契約しないか』と。『お前を、サキュバスにしてやる。男の欲望を、思うままに、弄べるようになる』と」

「……」

「迷う必要なんて、なかったわ。そうするしか……なかったの。わかるでしょ?」


 彼女が目を上げた。

 その瞳が、深く、冷たくなった。


「翌朝、あたしはサキュバスになって、王宮を出た。宰相も、貴族も、皆、あたしの誘惑魔法で、廃人にした」

「……」

「あたしは、それから……サキュバスの女王として、生きてきた」

 

 彼女が、ふっと笑った。

 悲しい笑顔。


「あたしの目的は、ただひとつ。男の欲望を、弄び、踏みにじること。あたしは、もう……」

「……」

「二度と、誰も愛さない」


◇◇◇◇


 長い、沈黙。


 アイリーンが、ぽつりと口を開いた。

「それで男の人を、皆、おもちゃにしているのね」

「ええ。あの男たちは、皆、家に妻がいたり、恋人がいたりする。でも、あたしが少し誘えば、一晩で転んだわ」

「……」

「これが、男の愛の正体。だから……あたしは、彼らの妻たちにも、『絶望』を教えてあげるの」


 アメリアが、ぐっと拳を握った。

 悲しい話だった。


(でも、そのやり方で、彼女の何かが解決するのだろうか?)

 

 俺は、ふと口を開いた。


「カミラさん」

「なに?」

「あんたは、欲望と、愛を……区別したいんだろ?」

「……」

「区別したいから、男たちの『欲望に転ぶ』姿を見せつけて、奥さんたちに『あなたの愛も偽物だった』って、突きつけてる」

「……」

「だったら――あんたは、まだ、本物の愛があると、信じてる」


 カミラの紫水晶の瞳が、ぴくりと揺れた。


「……あら。何を言ってるの、勇者さん」

「あんたが、愛なんて全部偽物だ、って心の底から思ってるなら――男たちを誘惑する必要すら、ないんだ」

「……」

「『偽物だ』って、わざわざ証明したい、ってコトは……」

「……」

「あんたは、心の奥で、『本物』を信じてる」


 カミラは、しばらく無言だった。

 

 彼女の頬に、薄く、涙が伝った。四薔薇の幻影が、彼女の周りで、優しく揺れている。


「……あらん♪」

 

 彼女が、ふっと笑った。

 いつもの、艶っぽい笑顔に戻ろうとした。

 

 でも、その笑顔は、何かぎごちなくて。もう、いつものように、上手く作れていなかった。


「あらまあ、勇者さん♪ 随分、生意気なことを言うのね♪」

「……」

「でも、もう遅いの♪ あたしは、もう戻れない」

「……」

「サキュバスとして、千年近く、こうやって生きてきた。今さら、人間の愛なんて、信じても……戻る場所がないんだ」


 彼女が、ゆっくりと立ち上がった。四薔薇の幻影が、彼女の背後でぴしっと整列する。


「だから、戦うわ」

「……」

「あなたの言葉が、本当か、嘘か――。それを、確かめるために」


 彼女が、両手を広げた。その体から、薔薇のツタが、しゅるしゅると伸び始めた。


 空気が、ピンと張り詰める。

 

「本気で、おいでなさい、勇者さん♪」

 

 俺たちは、構えた。

 

 最後の決戦が、始まろうとしていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ