第48話 西の魔王、カミラ
「行くぞ」
俺とアルテミスは、虚ろな顔で、ぼーっと城門に向かった。
その後ろを、アメリアとアイリーンが、サキュバスのフリをして――二人を「連れて来た」体で続いた。
門番たちが、虚ろな目で俺たちを見た。
「……新しい、おもちゃを連れてきたの。通してくださる?」
アメリアが、艶っぽい声を作って言った。
俺は、ちょっとぞくっとした。こんな声、出せるんだ。
「ええ、ええ、新しい子です♪ カミラ様への献上品ですわぁ」
アイリーンも能天気な感じで続けた。すると、門番は、何の疑いもなく頷く。
「……どうぞ、お通りください」
扉が開いた。
俺たちは、薔薇の城の内部に足を踏み入れた。
◇◇◇◇
城の中は、想像以上に退廃的だった。
巨大なホール。天井から薔薇の花びらが、絶えずふわふわと降ってくる。
あちこちのソファに、虚ろな目をした男たちが、寝そべっている。サキュバスたちが――彼らにワインを注ぎ、肩を揉み、髪を撫でている。
甘い香りが、空気を満たしている。
遠くから、淫靡な音楽が流れてくる。
俺は、必死で虚ろな表情を保った。ふと横を見ると、男たちの視線がアメリアに集中している。彼女の黒いドレスの胸元、太腿、全部。
俺の頭に、ぐっと血が上った。
(落ち着け、俺。今、感情を出したらバレる。落ち着け、落ち着け、落ち着け)
ホールの中央、奥の段差の上に、巨大な薔薇の玉座があった。そこに、誰かが腰掛けている。
半透明の、真紅のドレス。
赤紫の、長い艶やかな髪。
紫水晶のような瞳。
西の魔王、カミラ――
彼女は、玉座の上で退屈そうに頬杖をついていた。長い髪が、玉座の腕掛けから流れ落ちている。その視線が、ふとこちらに向いた。
まず、アメリアと、アイリーンに。次に、虚ろな男のフリをしている俺たちを、品定めするように見つめる。
彼女が、ふっと目を細めた。
……あれ? なんだろう、この視線。
俺は、虚ろな表情を必死で保ったまま、心臓が跳ねるのを感じた。
彼女の唇が、ふっとほころんだ。
「……あらん? あらあら、あらん? 新しい玩具、来てるじゃない♪」
ハスキーで甘い声。その声が、ホール全体に不思議とよく響いた。俺の背中に、すうっと冷たい汗が流れる。
たぶん――。
もう、彼女に気づかれている。
ホールの中の、サキュバスたちと誘惑された男たちが、一斉にこちらを振り返った。
カミラが、玉座からしなやかな仕草で立ち上がった。長い赤紫の髪が、薔薇の花びらの中で、ふわりと、揺れる。
彼女が、ゆっくりと段差を降りてくる。半透明のドレスの裾が、足元で波のように揺れる。
俺は、虚ろな表情を必死で保っていたが……思わず立ち尽くしていた。心臓が、爆発しそうだった。
彼女が、俺の目の前で止まった。至近距離から、甘い、深い香水の匂いがまとわりつく。そして、ふっと俺の頬に手を当てる。冷たい、しなやかな指先。
「あらん♪ 可愛い顔♪ でも、目が虚ろじゃないわよ、あなた♪」
俺の背中に——冷たい汗が、もう一筋流れた。
カミラが、にこりと笑う。その笑顔は、艶やかで――しかし、目の奥は笑っていなかった。
「ねえ、勇者さん?♪」
ばれていた。
最初から、最後まで、彼女には全部ばれていた。
「あら、いいわよ。ばれたからって、何かするわけじゃない♪ むしろ、面白くなってきたわぁ♪」
彼女は、俺の頬に当てた手を、つーっと、下に滑らせた。顎の下をすっと撫でる。
「あたしね、退屈してたの♪ ここのところ、フォー・ローゼスが、立て続けに敗れたって聞いて。退屈、退屈、退屈♪ してたから、もしかしたら、誰か、面白いお相手が来るかもねって♪」
彼女が、にっこり笑った。
「来てくれた♪ しかも、こんなに可愛い子♪」
俺は、もう表情を保つのをやめた。
虚ろな目をやめて、まっすぐ彼女を見返した。
「カミラ」
「あらん? 声、聞かせてくれるの♪」
「ああ。あんたに用がある」
「ふふ。あたしも、あなたに用ができたわぁ♪」
彼女が、俺の腕をふっと絡め取った。
「ねえ、勇者さん?♪ 今夜、あたしと、もっと……お話しない?♪ あたしのお部屋で、二人きりで♪」
「……」
「フォー・ローゼスの次は、あたし? 戦いたい? もちろん、いいわよ♪ でも、まずは、お話しましょ?♪」
俺は、ちらりと後ろを見る。
アメリアとアイリーンが、青ざめた顔でこちらを見ていた。アルテミスは、しん、と状況を見守っていた。
ここで、断れば戦闘になる。
でも、カミラのこの「お話したい」は――たぶん、別の罠だ。
しかし――。
ここで、その罠に乗らないと、何も変えられない気がした。
シエルから預かった、銀の鍵が、ポケットの中でずっしりと重い。
「……分かった」
俺は頷いた。
「アメリア、アイリーン、アルテミス。少し、待っててくれ」
「ちょっとっ、タクヤ!」
アメリアが、慌てて駆け寄ろうとする。
が、サキュバスたちが、すっと、彼女の前に立ちふさがった。
「あらん、勇者さんのお仲間さんたちは、別室でゆっくり待っててね♪ お部屋、用意してあるから♪」
カミラが、にっこりと笑った。
悲鳴を上げる隙もなく、アメリアたちは、サキュバスの魔法でふわりと浮かされ、ホールの外へ連れて行かれた。
俺は、心の中で彼女たちに約束した。
絶対、無事に戻る。
カミラが、俺の腕をぎゅっと引いた。
「ふふ♪ じゃあ、行きましょう♪ あたしのお部屋に♪」
俺は、玉座の奥にある薔薇の階段を、彼女と一緒に上っていった。




