第46話 剣士としての誇り
石畳の上で、二人の女剣士が向き合っている。シエルが、ふっと、軽く踏み込んだ。
「青薔薇剣、フォー・スラスト」
ひゅっと彼女の剣が、空を駆ける。
第一段。アメリアの胸元を突きが襲う。
アメリアが、ぎりぎりで剣の腹で流す。
しかし、その流す動作が終わる前に……!
第二段。
ひゅっ。
今度は、彼女の右肩。
アメリアが、半歩退いて避ける。
第三段。
ひゅっ。
彼女の左の脇腹。
アメリアが、剣で受ける。が、すでに体勢が崩れかけている。
そして――。
第四段。
ひゅぅぅぅっ。
最も速く、最も鋭い最後の一突きが……
アメリアの、心臓めがけて迫る!
「ファイナル、三段斬り、烈!」
その瞬間、アメリアが踏み込んだ。
シエルの突きを、受け流しながら自らその内側に入り込む!
ゴッ。
二人の体が、すれ違った。
「一段ッ!」
アメリアの剣が、シエルの右肩を捉えた。
「二段ッ!」
返す刀で、左肩を斬り上げた。
「三段斬りィィッ! 烈ッ!」
最後の三撃目。
アメリアの動きが、これまでとは違う。彼女は体をぐるりと回転させる。剣の軌道が、円を描いてシエルに迫る。
その軌道に、シエルの剣が巻き込まれた。
ガキィイインッ!
乾いた音が、石畳の広場に響きわたる。
シエルの細身の剣が、根元からぱっきりと折れた。
「……っ」
シエルが、目を見開いた。
◇◇◇◇
折れた剣の柄が、ころんと石畳に転がった。
アメリアの剣の切っ先が、シエルの喉元、寸前で止まっていた。シエルは、両肩から薄く血を流していたが、致命傷ではなかった。
彼女は、ふっと、ため息をついた。そして、両膝を地に着ける。
「私の、負けだ」
「……」
「お前の、ファイナル三段斬り、烈。何だ……あの円の軌道は……」
「母さんが、最期に、私を抱きしめて囁いてくれたの。『直線の三段の、その先には、円がある。回転して、相手の剣を、巻き込みなさい』って」
「……名手だな、お前の母君も」
「ええ。世界で、たった一人の」
アメリアが、剣を収めた。
シエルの周りの結界が、すうっと消える。
俺たちは駆け寄る。
アメリアの傷は、浅かった。脇腹に、薄く切られた跡があるだけ。
アイリーンが、女神の力で簡単に塞いだ。
「アメリアちゃん、よかったぁ……」
アイリーンが、ぐすぐすしながら、抱きついた。
「大丈夫よ、これくらい」
「無茶しないでくださいませ」
「ごめんね」
◇◇◇◇
シエルは、石畳の上に、座り込んだまま空を見上げていた。もう、戦う気はなかった。
俺は、彼女に近づいた。
「シエル」
「ん?」
「あんた、強かった」
「お世辞か」
「本気で」
彼女が、ふっと笑った。
「タクヤ、と言ったか」
「ああ」
「アメリア」
「ええ」
「お前たちは、これからカミラ様と戦うのだろう」
「ああ」
「正面から行くか?」
「……他に方法があるのか?」
「ある」
シエルが、自分の懐に手を入れた。
出てきたのは、小さな銀の鍵。
古びていて、しかし、丁寧に磨かれていた。
「これは、紅蓮の薔薇園、最上階……カミラ様の私室の、鍵だ」
「えっ」
「私が、唯一預かっていた。フォー・ローゼスの中でも、私だけだ。カミラ様の信頼の証として」
「……」
彼女は、その鍵を俺に差し出した。
「これを、お前に譲る」
「……なぜ」
「お前たちなら、何かを変えられるかもしれぬ、と思ってな」
「……」
「カミラ様も、心の奥に傷を抱えている。ずっと、その傷を抱えたまま、数百年、生きてきた」
「千年……」
「実年齢を、私も正確には知らない。その傷から救ってやりたかったのだ……ずっと、ずっと……」
「……」
「お前たちが、彼女の心に何か、変化をもたらせるかもしれない。それが、私の最後の願いだ」
俺は、震える手で鍵を受け取った。
ずっしりと、重い鍵だった。
「最後に、一つ」
「ん?」
シエルが、アメリアの目をじっと見る。
「アメリア。お前の三段斬り。世界で、最も美しい剣だ」
「……ありがとう」
「いつか、あの世で、お前の母君と会ったら伝えておく。あんたの娘は、最高の剣士だった、と」
アメリアの目が、潤んだ。
「……シエル」
「私も、向こうで、父と母に報告するから、お前も自分の母君に、ちゃんと生きてる姿を見せてあげなさい」
「ええ」
シエルの体が、紫の煙に、変わり始めた。
彼女は、最後にふっと優しく笑った。
「いい勝負だった。お前と、酒を酌み交わしたかった」
「私も」
「……それでは」
シエルは、紫の煙となって青空に消えていった。
残されたのは、折れた青い剣と、銀の鍵。
アメリアが、折れた剣を、そっと、拾い上げた。
「これも、ちゃんと持っていく」
「……うん」
「彼女の、剣士としての、誇りだから」
俺たちは、しばらく、誰も何も言わずに、ただ空を見ていた。
風がまた吹き始めた。
「タクヤ殿」
アルテミスが、ぽつりと言った。
「行こう。最後の魔王が待っている」
「ああ」
俺たちは、紅蓮の薔薇園の巨大な城門を見上げた。そこには、はぐれ雲のように、にふわふわと紫の煙が漂っていた。




