第45話 最強の剣士、青薔薇のシエル
◇◇◇◇
夜明けと同時に、俺たちは野営地を発った。
昨夜の話のせいか、アメリアの顔つきが、いつもより少し凛として見えた。剣を腰に差した姿勢が、まっすぐで揺るがぬ強さを感じさせる。
昼前、街道の先に巨大な薔薇の城が見えた。城壁には、無数の真紅の薔薇が絡みつき、甘い香りが何キロも先まで漂ってくる。
紅蓮の薔薇園。
西の魔王カミラの本城。
その手前。城門に通じる広い石畳の道の中央に、一人の人物が立っていた。
短い、青い髪。ボーイッシュな、騎士のような出で立ち。腰には、長い細身の剣。他の三薔薇とは、明らかに雰囲気が違っていた。ドレスではない。誘惑の気配がまったくない。
むしろ、一人の孤独な剣士。
「私は、青薔薇のシエル。フォー・ローゼスの最後の一人、最強と呼ばれている」
声は、低く落ち着いていた。
中性的な美貌に、静かな炎のような瞳。
「四薔薇最強、ですって」
アメリアが、剣の柄に手を当てて尋ねる。
「他の三人は誘惑魔法だった。シエル、あんたは?」
「私は誘惑魔法を使わない。使うのは剣だけだ」
シエルが、ゆっくりと腰の剣を抜いた。細身の青い刃。月光のような冷たい煌めき。
「他の連中は、私には口出ししない約束だ」
シエルが、片手をふっと振った。
その瞬間、彼女の周りに――青い結界がぐるりと現れる。半径十メートルほどの、薄い青のドーム。
俺、アイリーン、アルテミス、サラ、サラダは、その外側に、はじき出された。
「結界に、入ることはできない」
シエルが淡々と告げる。
「中に入れるのは、剣士一人だけ。剣で私と向き合う者」
「ふっ、ご指名のようね」
アメリアが、結界の境界に、すっと進み出た。
「私が相手をするわ」
「望むところだ」
二人の女剣士の、視線が交差した。
◇◇◇◇
アメリアが、結界の中に足を踏み入れる。
俺は結界の外で、息を呑んだ。イマジナリースキルを発動しようと目をつぶるが……思考が遮られる。結界の中は、スキルの力も及ばない。
「くそっ……! 見守るしかないのか……!」
アイリーンが両手を組んで、祈るような姿勢で立っている。アルテミスが腕を組んで、静かに見守っている。サラとサラダは、しんと静まり返っていた。
結界の中で、二人は剣を構える。
「お前、剣の筋がいい」
シエルが低く言った。
「最初の構えで分かる。誰に習った?」
「亡くなった、母から」
アメリアが、答えた。
「三段斬りは、母の流派よ」
「……勇者の娘か」
「ええ。私の両親は、伝説の勇者。先代魔王エクラインと、相打ちで散ったわ」
シエルが一瞬、剣を止めた。
彼女の青い瞳がわずかに揺れた。
「……そうか」
「シエル、あなたは?」
「私の父は、騎士団長だった。母は治療師。十年前、隣国との戦争で――二人とも戦死した」
「……」
「孤児になった私は、剣の腕を生かす場所が、ここしかなかった。カミラ様が私を拾ってくれた」
アメリアが、目を細めた。
「私たち、似てるのね」
「ああ。だが、進む道が違う」
二人同時に、剣を構え直した。
二人とも、お互いを認め合っていた。
その上で、剣を向け合っている。
◇◇◇◇
「行くわよ」
「来い」
アメリアが、地を蹴った。
「一段ッ!」
三段斬りの第一撃。銀の閃光がシエルに襲いかかる。しかし、シエルは、それを軽く受け流した。
「二段ッ!」
第二撃。シエルが半歩、後ろに退いて難なく流す。
「三段斬りッ!」
第三撃。シエルが、剣の腹でぱしっと受け止めた。アメリアの剣は、彼女の体に届く前にぴたりと動きを止める。
「……っ!?」
アメリアが、目を見開いた。今までの相手は、必ず三撃目で相手の体に届いた。その剣が、ぴたりと止まっているのだ。
「驚いたか」
シエルが、ふっと笑った。
「私の流派は、四段。三段のその先がある」
シエルが剣を構え直した。彼女の足がすっと動く。
「青薔薇剣、第一段」
彼女の剣が、空をすっと突いた。軽い突きだった。アメリアは、ぎりぎりで避ける。
「第二段」
二撃目。さらに速い。今度は、剣先がアメリアの肩をわずかに掠めた。
「くっ……!」
「第三段」
三撃目。さらに速さが増す。アメリアの腰を、剣の切っ先がすっと掠めた。血が薄く流れ出る。
「アメリア!」
俺は、結界の外で思わず叫んだ。
「第四段」
四撃目。完全に捉えられた。アメリアは、寸前で剣で受けたが、剣ごと地面に弾き飛ばされた。
「うおおおっ……!」
「アメリアちゃんっ!」
アイリーンが、悲鳴を上げた。
◇◇◇◇
アメリアが、地面に膝をついた。肩で息をしている。
しかし、瞳にはまだ闘志が宿っていた。
「……速いね」
「お前の、三段の――その先を教えてやろうか」
アメリアは立ち上がり、剣を、構え直して毅然と言い放つ。
「結構よ。それくらい、自分で掴むわ」
彼女が、結界越しにこちらを見た。
「タクヤ」
「アメリア……」
「私の戦いを、しっかり見届けて欲しい」
「……」
「私は剣士として、誇り高く戦う」
「……」
「だから、お願い」
俺は、何も言えなかった。
ただ、ぎゅっと拳を握った。
アイリーンが、隣でぼたっと涙をこぼした。アルテミスは拳をぎゅっと握りしめて、祈るような目でアメリアを見つめる。
シエルが、わずかに目を伏せた。
「……いい仲間が、いるな。お前は」
「私の自慢よ」
アメリアが、ふっと笑った。
二人、再び剣を構え直した。
「青薔薇剣、フォー・スラスト」
シエルが、宣言した。
「私の必殺技は――四段の連続突き! なんびとたりとも、避ける事はできぬ!」
アメリアも、宣言する。
「私の切り札、見せてあげる」
アメリアは剣を振り上げ、上段に構える。
「ファイナル、三段斬り、烈」
「ほう。それは何だ?」
「母さんが、最期に――私に教えてくれた技」
二人の剣士、最後の対峙。
風が、ぴたりと止まった。




