第44話 朝の告白、母の背中
夜半。
寝床で、なかなか寝つけなかった。
昨夜、アメリアの背中で見たもの。あの傷の事が――頭から離れない。
星を見上げて、ずっと考えていた。
彼女に、聞いていいものか。
聞くのが、失礼ではないか。
でも聞かないと、たぶん、俺はずっと知らないふりをすることになる。それは、なんだか、彼女との関係に対して、誠実じゃない気がした。
俺は、決めた。
明日の朝、二人きりになるタイミングで、聞こう。
彼女が答えたくなければ、それでもいい。聞いた、という事実だけでも、心が晴れるだろう。
◇◇◇◇
夜明け前。
たき火が、ほとんど消えかけていた。
ふと、目を開けると、アメリアがすでに起きていた。たき火の前で、剣を膝に置き――ぼんやり火を見ていた。
「……起きてたの?」
俺が声をかけると、彼女がふっと振り返った。
「タクヤこそ」
「眠れなくて」
「私も」
俺は、彼女の隣に座った。
二人で、消えかけたたき火を見ていた。
夜明け前の空が、東の方からわずかに藍色に染まり始めていた。
しばらく、沈黙が流れた。
「……アメリア」
「ん?」
「昨日の夜。川で見えちゃった」
彼女が、ぴたりと動きを止めた。
「……あ」
「ごめん。覗くつもりは、なかったんだ」
「……」
「背中の、あの傷」
彼女は、視線をたき火に戻した。
「……見たのね」
「うん」
「……ふぅん」
彼女は、しばらく、何も言わなかった。
俺は、もう、何を言えばいいか分からなくて、ただ横で待った。
やがて、彼女が、ぽつりと口を開いた。
「十三年前。五歳の時。両親が、先代の魔王エクラインと戦った、その日についたの」
「……」
「あの日、私も戦場の傍にいた。母さんが『絶対、離れないで』って、言ってたから。馬車の後ろに隠れてた」
「うん」
「父さんと母さんが、戦ってる間、私は、ずっとそれを見てた。父さんが、槍で魔物を何十体も、貫いていく姿。母さんが、弓で空の翼竜を撃ち落としていく姿」
「強かったんだな」
「ええ。本当に、伝説の勇者だった」
彼女が、ふっと目を細めた。
火の名残が、彼女の頬にほんのり映っていた。
「でも、エクラインは強かった。父さんと母さんが、二人がかりで……ぎりぎりだった」
「……」
「最後の瞬間。エクラインの放った闇の力がそれて――私の馬車の方に、飛んできた」
「……っ」
「気づいた瞬間……母さんが……私の前に飛び込んできた」
アメリアの声が、わずかに震えた。
「母さんの背中で、闇の力が炸裂した。そして、母さんの背中は、ぐしゃっ、という音と一緒に――裂けた」
「……」
「それでも……母さんは、私を抱きしめてくれた。『大丈夫』って……何度も、何度も、言ってくれた」
「……」
「闇の力は、母さんを貫いて……私の背中まで達した――」
アメリアの瞳に一粒の涙が光る。
「母は最後の魔力を振り絞り、闇の力を寸前で止めて……私を救ったの」
俺は、息を止めて聞き入っていた。
「この傷は、母さんが……最後の最後に、命と引き換えに私を守ってくれた、その証」
「……」
「母さんの背中の傷は、もっと深かった。私の傷の十倍は深かった」
「……」
「そして……父さんは、最期に、エクラインを刺し違えて倒した」
アメリアはそっと涙をぬぐい、ふっと笑った。
悲しい笑顔だった。
「だから、私の背中の傷は、母さんの形見なの」
俺は、何も言えなかった。
言葉が、何ひとつ出てこなかった。
ただ、彼女の手をそっと握った。
彼女の手は、硬くて、そして温かい手だった。
「……ごめん」
「何が?」
「こんなこと、聞いちゃって」
「ばか。タクヤが悪いんじゃないわよ」
彼女が、俺の手をぎゅっと握り返してきた。
「むしろ、私、嬉しかった」
「嬉しい?」
「うん。タクヤにちゃんと話せて」
「……」
「ずっと、誰にも話せなかったの。誰に話しても、可哀想って思われるだけだから」
「……」
「でも、タクヤは、ただ聞いてくれた。それが嬉しい」
彼女が、俺の方にふっともたれかかってきた。俺は、彼女の肩をそっと抱いた。
「ねえ、タクヤ」
「ん?」
「もうすぐ、母さんにいい報告ができるかもしれない」
「報告?」
アメリアは、いたずらっぽい笑顔を向ける。
「……タクヤと、いい関係になってるって」
「……!」
「母さんはね、料理上手の人を褒める癖があったから。タクヤなら、絶対、気に入ってくれる」
俺の頬が、ぼっと熱くなった。
「あ、ああ、そりゃ頑張る」
「ふふ」
彼女が、頭を俺の肩に軽く乗せた。俺は、しばらくその姿勢のまま、空を見上げる。
夜明けが、近かった。
東の空が、紫から淡い橙に染まり始めていた。
星が、ひとつ、またひとつと消えていく。
「綺麗ね」
「ああ」
俺たちは、しばらく――夜明けの美しい光景を二人で眺めていた。




