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第43話 夜の野営、アメリアの傷


 ラビスを倒した翌日、街道をさらに西へ進む。

 次の関門、青薔薇のシエルがいる薔薇園の門前までは、もう一日かかる。途中に村はない。仕方なく、街道脇の開けた場所で野営することになった。


 夕方、アルテミスがたき火用の薪を集めてくる。サラダはアイリーンの抱っこ紐の中で、ぴーぴーと甘い声を出している。

「おなかへりましたわ〜」

「タクヤ、何作るの?」

 アメリアが、剣を磨きながら聞いてきた。

「シチュー。地元で買った野菜と、サラが山菜を取ってきてくれたから」

「クワッ!」

 サラが、得意げに胸を張る。確かに、サラのくちばしは、可食の山菜を見分ける天才らしい。村のじいさんに「これ、毒?」と聞いたら「ダチョウは案外、鼻が利くんじゃよ」と笑っていた。


 大鍋を火にかける。塩を一つまみ、ハーブを少し。じっくり煮込む。

 その匂いだけで、皆の胃袋が、ぐぅっと鳴った。

「タクヤ殿、これは、また、よい匂いだ」

 アルテミスが、薪を抱えたまま、しみじみと言う。

「アルテミスさん、漆黒の塔でも、自炊してたんでしたよね」

「ああ。グレッグと交代で作っていたよ。彼にも休みが必要なのでね」

 元魔王、職場はホワイトだった……


◇◇◇◇


 夜になった。

 たき火を囲んで、シチューを取り分ける。アメリアは、案の定、三段でかきこむ。

「もぐもぐ、もぐもぐ、もぐもぐ。んー、おいしい」

 アイリーンも、両手で器を抱えて、頬をふくふくさせている。サラダにも、すり潰した野菜をスプーンでひとすくい与えると――「ぴーっ」と喜んだ。


 星空が、頭上で瞬いていた。

 風が時々、たき火をふっと揺らす。


「……これは、いいな」

 アルテミスが、器を膝に置いて空を見上げた。

「ん?」

「グレッグがよく作ってくれた、シチューに似ている」

 彼は、目を細めた。

「冬の夜、漆黒の塔の塔主室で――グレッグが、銀のお盆に乗せて運んできてくれた。そして、たわいもない、夜の話を沢山したものだ……」

「……」

「あの時は、それを当たり前だと思っていた。今思えば――それが私の生涯で一番、温かい時間だった」


 しん、となる。

 誰も、何も言わなかった。

 ただ、たき火がぱちっと爆ぜる音だけが響いた。


 普段、魔王がどんな暮らしをしてるかなんて、想像もしなかったけど……案外普通なんだな。こういうふとしたコトも、小説の糧になる気がする。


「アルテミスさん」

 ぽつりと、アイリーンが言った。

「今、私たちとご飯食べてるの、温かいですか?」

 アルテミスがふっと笑った。

「ああ。ここにいる時間も、私の生涯で、一番温かい時間のひとつだ」


◇◇◇◇


 ふと、俺は思い出話を始めた。

「そういえば、転ポテの第三部にな」

「ん?」

「主人公のポテト太郎が、敵の魔王の城を制圧した後、その城のキッチンに入って、料理を作るシーンがあるんだ」

 アメリアが、スプーンを止めた。

「あんた、その話、よくするわよね。倒した相手の城で、料理?」

「魔王軍だって、毎日メシ食ってるわけだろ。立派なキッチンと、新鮮な食材がたんまり残ってる。捨てる方がもったいない」

「リアルね」

「ポテト太郎は、その食材を全部使って、捕虜にした敵兵にも、味方にも振る舞うんだ。同じ釜の飯を食う、っていう、和解の場面」

「ふぅん」

 アイリーンが、目を輝かせた。

「いい話ですわぁ。私、その小説、もっと読みたいですわよ」

「俺も、もっと書きたい」

「タクヤさん、書く時間、ちゃんと取れてますの?」

「夜、皆が寝た後に、ちょっとずつ。ベルフォードさんの話、けっこう進んだよ」

 アメリアが、ふっと頬を緩めた。

「ちゃんと、約束守ってるのね」

「うん」

 俺は頷いた。

 たき火の炎が、皆の頬をほのかに染めていた。


◇◇◇◇


 食事の後、それぞれ片付けに散る。

 アメリアが「ちょっと、川で汗を流してくる」と立ち上がった。

「あ、俺も、川で服とか装備品、洗っておかなきゃ」

「離れたところで、お願いね」

「了解」


 俺は、たき火から少し離れた、小川の上流に向かった。

 月明かりが、水面に、銀色に揺れている。

 俺は、川で服をじゃぶじゃぶと揉みほぐし、汚れを落としていく。


 その時、ふと、下流の方を見てしまった。

 十メートルほど離れた岩陰で、アメリアが、剣帯を解いていた。月光の下、白い肩がちらりと見える。


 俺は、すぐに目を逸らした――逸らした、つもりだったが、その幻想的な光景に目を奪われる。その瞬間――彼女の背中に、何かが見えた。


 肩甲骨の下から、腰のあたりまで、一筋の大きな古い傷跡が――月光に薄く、白く浮かび上がっていた。


 俺は、息を呑んだ。

 あんな傷、見たことがない。

 いや、見てはいけなかった。

 俺は、慌ててたき火の方へ戻った。


 戻る道すがら、心臓がばくばくと鳴っていた。胸の中に、ざわざわと何かが残った。

 

 ただの好奇心じゃない。彼女が今まで歩んでた道のり。どんな気持ちで、あの傷を背負っているのか。


 もっと知りたい、と強く思った。




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