第41話 キャンディ・キス、甘い罠
お菓子の家の中は、外見以上に、夢のような光景だった。
壁の棚には、色とりどりのキャンディが、何百個も並んでいた。レインボーカラーの飴玉、宝石のように輝くゼリービーンズ、星の形のチョコレート。
天井の中央に、巨大なチョコファウンテンがあって――そこから絶え間なく、とろりとしたチョコが流れ落ちている。
部屋の中央の長テーブルには、何百種類ものスイーツが所狭しと並んでいる。三段重ねのウェディングケーキ。色とりどりのマカロン。トリュフ。ロールケーキ。バウムクーヘン。フルーツタルト。クッキーのタワー。
そして、そのすべてが、勝手に「食べて、食べて」と歌うように、甘い香りをふわふわと放っている。
「あらん♪ ようこそ、あたしの『お菓子の家』へ♪」
ラビスが、優雅な仕草で、テーブルへと案内する。
「あたしの魔法はね、『キャンディ・キス』っていうの。食べた人みーんな、幸せの絶頂に連れて行ってあげる――甘い、甘い、夢の魔法♪」
……魔法の名前を、堂々と明かす敵。
たぶん、知られても止められない、っていう自信の現れ。
剣に手をかけようとした時……アメリアがテーブルに駆け寄った。
「な、何コレ、ちょっとすごい! これ全部、食べていいの!?」
「もちろん♪ 好きなだけ、どうぞ♪」
「いっただきまーすっ!」
アメリアが、目の前のマカロンに、がぶりとかぶりついた。
「あっ、まっ、待てっ!」
俺は、止めようとするが、遅かった。
アメリアの顔が、ぱあっと輝いた。
「うっそ、何これ、めちゃくちゃ、おいしいぃぃぃっ!」
「アメリアちゃんっ、ずるいですわっ!」
今度はアイリーンが、チョコファウンテンに、両手を突っ込んだ。溶けたチョコを手ですくい、ぺろぺろと舐め始める。
「あうっ、んぁぁぁ、おいしいぃ、これ、もう、たまらないですわぁぁぁっ!」
アルテミスは、テーブルの隅に置かれていた、年代物のワインボトルに気づいた。
「ふむ、これは……ヴィンテージ・ボルドー、180年熟成」
「アルテミスさんっ、それも、ラビスの罠っ!」
「いや、たぶん……これは……本物だ」
アルテミスが、グラスに、なみなみと注いで、ぐびりと一口含む。
「……うむ、本物だな。これは、もう……感動を超えて、芸術だ!」
彼の隣に、トリュフを盛った大皿があった。
「このトリュフも、ペリゴール産だ。間違いない」
さすが元魔王、知識のレベルが半端ない。
「お、お前ら、待てっ、それ、絶対、何か仕込んでるっ!」
俺は、必死に止めようとする。
が、三人は、もう、目が虚ろになり始めていた。
「タクヤぁ、あんたも、食べないと、損だよぉ……あむっ、もぐ、もぐ」
「タクヤさん、これ、すごいですわぁ、トロけますわぁ、もう、ほっぺが、落ちるですわぁ」
「タクヤ殿、このワインは、貴族時代でも、めったに口にできぬ……」
……仲間が、全員、陥落していく。
ラビスが、にっこり笑って俺の傍に来た。
「あらん、勇者さん、ご遠慮なさらないで♪ ほら、一個だけ、味見してみる?」
彼女が、銀のフォークに、小さなチョコを刺して、差し出してきた。
……一個だけなら。
いや、警戒しないと。
でも、俺だけ食べてないと、目立つ。何の真意なのか確かめないと。
俺は、フォークから、そっとそのチョコを口に含んだ。
甘い。
ものすごく、甘い。
濃厚なカカオの香りが、舌の上でふわっと広がる。
でも――。
俺の舌の、奥の方で――わずかにピリッとした刺激を感じた。
その瞬間、頭の中で、何かが警鐘を鳴らした。
……これ、知ってる。
前世で、治験のバイトをしていたコトがある。研究中の薬を飲んで、体調がおかしくならないか、身をもって実験する——なかなか危険な仕事だ。その時に飲んだ薬に近い感覚。――その後、俺は1週間ほど高熱で寝込んで、大変な目にあったのだ。
「覚醒系か……何か、危険な薬物の初期反応だ。舌の奥に、ピリッとした、独特の刺激が出る」
俺は、咄嗟に、口の中のチョコを、ぐっと、飲み込まずに頬の内側に押し込んだ。バレないように。
顔を上げと……
仲間たちは、もう、菓子に夢中だった。
アメリアが、口の周りをクリームまみれにしながら、次から次へとケーキを頬張っている。
アイリーンが、チョコファウンテンに頭から突っ込み始めた!
アルテミスは、ワインボトルを、ラッパ飲みで、一本空にして、二本目に手をかけている。
もう、限界だった。
俺は、ぐっ、と奥歯を噛んで、ラビスに問いただす。
「ラビス」
「ん?」
「あんた、この菓子に何を仕込んだ?」
ラビスがぴたり、と動きを止めた。
彼女の瞳が、深紅から――もっと深い、闇のような色に変わった。
「……あらん、勇者さん、わかっちゃったの?」
「ああ。覚醒系の何かだ。たぶん、満腹中枢を、麻痺させる成分」
「ふぅん。あんた、知識あるのね♪」
ラビスが、艶っぽくふっと笑った。
「あたしの『キャンディ・キス』はね、ただの、誘惑魔法じゃないの。スイーツに人を破壊する成分を、ほんの、ほーんの、少し、混ぜているの。一個食べたら、二個欲しくなる。二個食べたら、三個欲しくなる。そして、もう、止まらない。最後には、何も考えられなくなって、ただ食べ続ける。廃人になるの♪」
俺は、彼女の言葉を聞きながら、振り向く。
アメリアが、ロールケーキを、丸ごと一本抱えて、貪っていた。
アイリーンは、チョコファウンテンの下に、口を開けて、滝のようにチョコを飲み続けている。
アルテミスは、ワインボトル三本目に、突入していた。
……マズい。本当に、マズい。




