第40話 お菓子の森、紅薔薇のラビス
ハニーミルクヴィレッジを出て、街道をさらに西へ進む。地平線の彼方の紅蓮の薔薇園が、もうすぐそこに見える。昼を過ぎたあたりで、ふと気づくと——街道の周りが不思議な森に覆われている。
森の木々が、なんだか、おかしい。葉っぱの色が、薄いピンク色をしている。空気が妙に甘い。風が吹くたびに、ふわふわと何かが落ちてくる。
俺は、手のひらでそれを受け止めた。
……砂糖の、結晶?
「タクヤ、なんですの、これ」
「分からない。……なんか変だ」
その時、森の奥に、巨大なお菓子の家が見え始めた。
屋根は、こんがり焼かれたチョコレート。壁は、サクサクのビスケットを大きな板に組んだもの。窓はカラフルな飴細工のステンドグラス。煙突から、白いマシュマロのような煙が、ふんわりと立ち上っている。
家の前には、ジンジャークッキーで作られた門。庭には、キャンディの花が咲き乱れていた。まるで——童話の世界が、そのまま現実になったような光景。
その家の前で、一人の女性が、にこやかに手を振っていた。
燃えるような赤い髪。深紅の瞳。豊満な体。深紅のドレスは、肩から大胆に肌を晒し、太腿のあたりまでスリットが入っている。
肉感的で、大人の女性、というのが、この人を表す全てだった。
「ようこそ、勇者ご一行♪」
彼女は、両手を広げて、満面の笑みを浮かべた。
「あたしは、紅薔薇のラビス。フォー・ローゼスの三番手」
ラビスは、ジンジャークッキーの門の前で、にこにこと続けた。
「ちょうど、お茶の時間なの。あたしのお家で、休んでいかない?」
「……」
俺は、思わず後ずさった。
明らかに、罠だ。誘い込まれてるに決まってる。
ところが――。
俺の左右で、アメリアとアイリーンが、目をキラキラさせて、お菓子の家を見ていた。
「お菓子の家……」
アメリアが、まるで子供のように、つぶやいた。
「私、こういうの、絵本で見たコトしかないわ……」
「私もですわぁ……知恵の泉では、お菓子なんて出てこなくて……」
「あ、お前らっ!」
俺は慌てる。
女子陣、すでに半分陥落しかけている。
アルテミスは、というと――。
「ふむ、屋根のチョコレート、これは、コートジボワール産の高級カカオを使っているな……」
……元魔王、お菓子にも詳しい。
「アルテミスっ!」
「いや、私は、別に……入ろうとは言っていないが」
言ってないが、その目は屋根のチョコをじっと見ている。
「ねえ、勇者さん♪」
ラビスが、首を傾げて艶っぽく言う。
「あんた一人、入りたくないの? でも、あんたの大事な、おねえちゃんたちは入りたそうにしてるよ? 置いて行くつもり?」
くそ……汚いな、この誘い方。
アメリアが、俺の腕をぎゅっと掴んだ。
「タクヤ、ちょっとだけ、ちょっとだけよ。覗くだけ、ちょっと、ね?」
「い、いや、覗くだけって……絶対ヤバいって!」
「ちょっとだけぇ……」
うう、子供みたいな顔でせがまれる。
「タクヤ殿、大人として、警戒しながら入ってみようではないか」
アルテミスが、ふつうの顔で言う。
お前、絶対、チョコ食いたいだけだろ。
俺は、もう抗えなかった。
頷いて、ジンジャークッキーの門をくぐった。
ラビスが、にっこりと笑顔で出迎える。
「いらっしゃい♪ ふふ、楽しいお茶の時間を過ごしましょうね♪」
俺は、心の中で警戒のレベルを最大に上げた。




