表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/72

第34話 第二の薔薇、ヴィオラ

 半日ほど進むと、街道は深い森に入っていった。

 日の光が、葉の隙間から斑模様に落ちる。風の音がぴたりと止んだ気がした。

 

「……来たわね」

 アメリアが、剣の柄に手を当てる。


 森の中、開けた場所。そこに黒い影が一つ立っていた。


 全身は黒革のボンデージ衣装、胸元と腰の周りだけを、ぎりぎり覆っている。長いムチを片手に握り、もう片方の手には黒い扇子。長い黒髪を後ろで一本にまとめ、燃えるような赤い瞳をこちらに向けている。背中からは黒い革の翼がばさりと蠢いている。明らかに、女王様タイプのサキュバスだ。


「ふっ、勇者かしら? 跪きなさい」


 彼女は、扇子で口元を隠しながら——こちらに向かって、ぴしっとムチを地面に叩きつけた。

 パアアンッ。

 乾いた音が森に響く。


「いや、結構です」

 俺は、即座に拒否した。

「あら? じゃあ、そちらの皆さんは?」

 ヴィオラの視線がアメリアとアイリーンに向かう。


「結構ですわよ!」

 アイリーンが両手を腰に当てて、毅然と答える。


「私は、誰にも跪かない主義よ」

 アメリアも剣を抜きながら答えた。


「あら、つまんない。じゃあ、強引にいかせてもらおうかしら」

 ヴィオラが、扇子をぱちっと閉じて、もう一方の手のムチを高く振り上げた。


「服従の鎖!」


 ムチが宙で、しゅるしゅると形を変えた。紫色の細い鎖が、何本にも枝分かれして——俺たち四人に向かって伸びてくる。

 

「危ない!」

 俺は思わず叫んだ。

 が、アメリアもアイリーンも、回避が間に合わなかった。鎖が足首、手首、首にしゅるりと巻きつき、ぐいっと締まる。

「きゃっ!」

「うわっ、なんですの、これっ!」

 アルテミスも捕まった。

「ぐっ、体が勝手に……」

 アイリーンの腕の中にいたサラダも、抱っこ紐ごと鎖に巻かれた。サラは、後ろで樹に繋がれてしまっていた。

「クワーッ!」


 全員、紫の鎖でぐるぐる巻きにされ、その場に膝をつかされた。

 ヴィオラの「跪きなさい」という命令通りに、強制的に体が動かされる。


 ところが――。

 俺だけは、何ともなかった。


「……あら?」

 ヴィオラが、首を傾げた。

「なぜ、あなたには効かないの?」

「いや、こっちが聞きたい」


 俺は、自分の体を見回した。鎖は確かに俺の足首にも巻きついたはずなのに、すでにぽろぽろと崩れて消えていた。

「ねえ、勇者さん」

 ヴィオラが、ちょっと面白がるような顔で、近づいてきた。

「あなた、もしかして、人に従う気が、全然ないタイプ?」

「……は?」

「私の魔法は、ターゲットの服従願望に作用するの。普通の人は、誰だって——心のどこかに『誰かに従いたい』『楽になりたい』って気持ちが、少しはある。私はそれを増幅して、鎖にする」

「……」

「でもあなたには、その種がほとんどない。だから、鎖が、根を張れずに消えるのよ」

「あったりまえだ」

 俺は、ぐっと胸を張った。

「俺は、俺の物語の主人公だからな。誰にも服従なんかしない」

 

 ……俺は、さらに声を張り上げた。


「俺は、勇者である前に、一流のラノベ作家でありたいッ!」


 しーん。


 ヴィオラが、扇子の動きを止めて、ぽかんと口を開けた。

 足元で鎖に縛られたアメリアも、ぽかんと俺を見上げている。

 アイリーンも、首を傾げた。

 アルテミスは、何度か瞬きをしていた。

 

「……」

「……ラノ、ベ?」

 アメリアが、おそるおそる聞いた。

「あんた、昨日、私に説明しなかった? ラノベってなに?」

「ライトな、ノベル! 軽い物語!」

「軽い……?」

「重厚な歴史物じゃなくて、もっと若者向けで、剣と魔法とか、転生物とかエンタメに振り切った――」

「ねえ、勇者さん?」

 ヴィオラが、扇子で口元を隠しながら、ちょっと困った顔で言った。

「あの、私、戦闘の途中なんですけど」


「あ、すみません」


「タクヤぁ、よくわかんない事言ってないで、なんとかしなさいよ!」

 アメリアが、半目で叫んだ。

「アメリア殿、ラノベというのは、なんだ?」

 アルテミスまで質問してくる。

「あとで、ちゃんと説明する!」

「タクヤさん、後で私にも教えてくださいませ!」

「分かった、分かったから、まずヴィオラだ!」


 ヴィオラが、扇子をぱしっと閉じて、肩を竦めた。

「あんた、面白いわね、本当に。でも、私の魔法は――変わらないわよ」

 彼女は、ぴしっとムチを地面に叩く。

「私の言うことを聞かないと、この鎖、もっとキツく締めるわよ」

 

 鎖が、ぎゅっと締まる。

「いっ……たぁ……」

「やめ、やめてくださいませっ!」

 

 くそ。仲間が人質。俺は、ぐっと拳を握った。今必要なのは、鎖を確実に切る何か。単純で絶対に効く、強い、強い、何か――。


 俺は、目をぎゅっと閉じて、強くイメージした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ