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第33話 物語を紡ぐ掲示板

 翌朝。

 俺は、宿の食堂で朝食を取りながら、一人考え込んでいた。


 昨夜、アメリアに、自分の前世のことを話した。物語を書く人。夢。誰かに読んでもらいたい、ということ。

 その時、アメリアの目が、ちょっとだけ輝いた。「私も、読んでみたい」と言ってくれた。

 その瞬間が、ずっと……頭の中に残っていた。


 俺は、転生してから、何度もイマジナリースキルを使ってきた。前世の『転ポテ』の世界観を、頭の中で思い浮かべて、何かを召喚する。

 でも、考えてみれば……俺はこの世界で、まだ一文字も物語を書いていない。

 書くべきじゃないか?

 アメリアにも、ベルフォードにも約束した。物語を書くって。


 紙とペン、そしてインクがある。でも——小説投稿サイトはもちろんない。じゃあ、どこに書くか――。


 その時、宿の主人が、新聞のような紙束をテーブルに置きに来た。

「お客さん、いつもの一杯です。あとこちら、町のお知らせですよ」

「ありがとうございます」

 俺は、何気なくその紙束を眺めた。


 町の掲示物の写しが、いくつも貼り合わせてあるらしい。「ギルドの依頼募集」「迷子の犬」「結婚相手募集」「リーフベル特産トマトの収穫祭」――。

 その中に、こんな貼り紙があった。


 『冒険者ギルド 掲示板開放のお知らせ。冒険の記録、噂、依頼事項など自由にお書き込みください。紙は支給、自由閲覧』


 俺は、ピンと来た。

 ギルドの掲示板! 誰でも書けて、誰でも読める! これは、前世の投稿サイトみたいなもんじゃね?


「アメリア!」

 俺は、隣のテーブルでパンをかじっていたアメリアを呼んだ。

「な、なに? 大きな声で」

「この町に、冒険者ギルドあるよな?」

「あるけど」

「そこの掲示板に、何か書いてもいいって書いてある!」

「……それが?」

「俺、物語を……書こうと思う。ベルフォードの話を」


 アメリアが、ぱちぱちと瞬きをした。

 そして、ふっと嬉しそうに笑った。

「やっと、書く気になったのね」

「ああ。お前のおかげかも」

「私の?」

「ゆうべ、お前が『読んでみたい』って言ってくれたから」

 アメリアの頬が、また、ぼっと染まる。

「ば、ばか。そんなことで、いちいち真に受けないでよ」

「真に受けるよ」

「……ふん」


◇◇◇◇


 俺たちは、リーフベルの冒険者ギルドに足を運んだ。


 石造りの建物、中はそれなりに広い。受付の脇には、巨大な掲示板が置いてある。依頼書がたくさん貼られている板の隣に、別の壁があり——そこには「自由書き込みコーナー」の札があった。すでに、何枚か紙が貼られている。

 

 覗いてみると、こんな書き込みがあった。


『先週、東の森でゴブリンの巣を見つけた。注意せよ。三体ほどいた』

『ハーブが必要な治療師、いませんか? 譲ります』

『近隣で、最強の魔法剣士の噂を聞いた者、情報求む。本当か知りたい』

 

 ……うん、確かに、なんでもありの掲示板だ。


 受付のお姉さんに、声をかけた。

「すみません、書き込みしたいんですが」

「はい、紙はお渡しします。何枚必要ですか? 依頼物ですか、それとも自由書き込みですか?」

「自由書き込みです。あの、物語……なんですけど。長くなりそうなので、複数枚いいですか?」

「物語ですか」

 お姉さんが、ちょっと首を傾げた。

「掲示板に物語、というのは、珍しいですけど、ルール上は問題ありません。何枚でもどうぞ。各枚に通し番号を振っておいてくださいね」


「ありがとうございます」


 俺は、二十枚ほど紙を貰った。インクとペンも借りた。そして、ギルドの机に陣取って、一心不乱に書き始めた。


『東の魔王の、最後の煎餅』


 第一話。

 三百年前、銀霧の里に、一人の魔導士がいた。彼の名はベルフォード。妻のリーラ、娘のミリアと平和に暮らしていた――。


 筆が、止まらなかった。

 ベルフォードと一緒に過ごした、あの森、あの黒霧、あの煎餅、あの最期の表情。すべてが、頭の中ではっきりと鮮明に残っていた。


 二時間ほどで、十枚ほど書いた。

 書きながら、何度か目頭が熱くなる。


 書き終えて、受付のお姉さんに渡すと、彼女は丁寧に各枚を糊で繋ぎ、掲示板の一角に貼ってくれた。

 タイトルは『東の魔王の、最後の煎餅』。

 作者名は、迷ったが、こう書いた。

 『東タクヤ』


 俺は、貼られた自分の文字を、しばらく、眺めていた。

 PVは、もちろん、まだ0だ。誰も読んでない。

 でも、不思議と、前世のカクマルに投稿した時より、ずっと嬉しかった。


「タクヤ、書けた?」

 アメリアが、後ろから覗き込んできた。

「うん」

「私、読んでいい?」

「……どうぞ」


 アメリアは、掲示板の前に立って、一枚目から、ゆっくりと読み始めた。最初は普通の顔。次に、眉が、ふっと寄せられる。途中で、口元に手が当てられる。

 最後の方で――。

 アメリアの目から、ぽたりと涙がこぼれた。


「……」

 彼女は、しばらく、何も言わなかった。

 最後の一枚まで、読み終えると——ふっと振り返って、にっこり笑った。

「いい話ね」

「……ありがとう」

「ベルフォードさんの分まで、ちゃんと書いてあげなさい。これから……ずっと」

「ああ」


 俺たちは、ギルドを出た。

 その時、ふと、後ろから若い女の冒険者が、掲示板に近づいて、俺の貼った紙を読み始めるのが見えた。

 

 俺は、思わずふっと笑った。

 PV、2。

 この世界での、作家としての第一歩だ。


◇◇◇◇


 昼を過ぎて、俺たちはリーフベルを出発した。

 次の関門、黒薔薇のヴィオラがいる——深い森を目指して。


 俺の中で、何かが変わっていた。

 ベルフォードに約束した「あんたの物語、必ず書く」――その約束を、ようやくちゃんと果たし始めた、という感覚。そして、それを最初に読んでくれた人が、アメリアだったという確信。


 そして、何よりも――初めて、人の心を動かす物語が書けたという充実感。「イマジナリー」が俺にもたらしたのは、作家としての進化かもしれない!

 ——まだ、全然使いこなせてないけどね。


 馬で並走しているアルテミスが、ふっと声をかけてきた。

「タクヤ殿、なんだか、顔つきが変わったな」

「そうかな?」

「ああ。背筋が、ピッとしている」

「……気のせいかもしれないよ」

 でも、アルテミスは、ふっと笑って、首を横に振った。

「いや、勇者の顔だ」


 俺は、ちょっとだけ、頬が緩んだ。



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