表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/72

第31話 偽りの欲望

 その時、強烈な平手打ちが、俺の頬に飛んできた。


 パッチィイインッ!


「いだぁッ!」

 俺は、現実に引き戻された。

 目の前には、アメリアのものすごい形相。

「あんたっ! いつまでぼーっとしてるのよ!」

「あ、あれ……俺、契約書、サインしようとしてた……」

「契約書って何よ! 夢でしょ、それ!」


 俺はようやく状況を理解した。

 ぼたりと、握っていた何かが地面に落ちる。よく見ると、それは契約書でも何でもない、ただの薔薇の花びらだった。

「……」

「あんたねえ、しょせきか、あにめか、とかぶつぶついいながら、即落ちしてんじゃないわよ!」

「いや、書籍化、アニメ化は――俺の人生の夢だから!」

「意味わかんないわよ、もう!」


 アメリアの後ろで、まだアルテミスが、虚空に向かって、グレッグ、グレッグ、と呟いている。

「アルテミスさん、しっかりして!」

 アイリーンが、必死で揺さぶるが、全く効かない。思わず振り返って、リリアを睨みつける。

「あなたねぇ、これは酷いですわ」

「あらん? 今度は、アイリーンさんの番ですわよ♪」


 リリアの視線が、アイリーンに向く。

 

 次の瞬間、アイリーンの目の前に、誰かが現れた。

 俺たちには見えない。が、アイリーンの瞳が、見開かれ、潤んだ。

「お、女神様ぁ……!」

 ああ、女神様か。

「アイリーン、よく頑張りましたね。さあ、知恵の泉に戻りなさい」

「は、はい、女神様……すぐに、戻ります……!」

 アイリーンの体が、ふらりと前に倒れる。


「アイリーン、これは偽物だ!」

 俺は叫んだ。

「分かってますわよ!」

 アイリーンが、振り向きざまに答えた。

「えっ、分かってんの!?」

「分かってますわ、けど、偽物でも、女神様に会えるなら、一回ぎゅってしたいんですわ! あと一秒、お待ちなさい!」

「……うーん、仕方ないな……」


 アイリーンが、虚空の女神様に、両手を広げて飛びつこうとする。が、しっかり俺が後ろから羽交い締めにする。

「離してくださいませ、タクヤ! ちょっとだけ、ちょっとだけ!」

「ダメだ! 戻ってこい!」

「うわぁぁぁ、女神様ぁぁぁ!」


 その騒ぎの間、アメリアが冷静に、剣を構えていた。

「タクヤ、私がリリアを抑えるから、アイリーンとアルテミスをなんとかして」

「了、了解!」


「あら、アメリアさん。あなたは……幻にかからないんですの?」

 リリアが、不思議そうに首を傾げた。

「かかったわよ、最初に。両親の幻がね。でも、もう目を逸らしたから」

「……まあ、強い方ですわね」

「あなたも、強そうね」


 アメリアが、地を蹴った。

「一段ッ!」

「あらん、お元気ですこと♪」

 リリアが、ふわりと舞い上がる。背中の白い翼が広がっていた。空中で、紫の煙を放つ。

「眠りの薔薇♪」


 煙がアメリアを包む。アメリアの動きが、わずかに鈍る。

「くっ……」

「危ない!」

 俺は思わず叫んだ。


 集中しなければ。

 今、必要なのは、リリアの魔法を、無効化する――何か。幻と眠りの、両方を断ち切る――何か。

 俺は、ぐっと拳を握った。

 頭の中で、強くイメージする。すべての偽物を見破る、真実の――。


「イマジナリースキル! いでよ、真実を映す、鏡ッ!」


 ぼん、と空中に何かが現れた。

 ずっしりと地面に落下したのは――でかい、姿見だった。

 全身が映る、立派なフレーム付き。鏡の表面には、なぜか「真実」と書かれた札が貼ってある。

 ……いや、これ、ただの鏡じゃないか? いや、でも。


「リリア、これ、見ろ!」

 俺は、鏡をリリアの方に向けた。

 鏡が、リリアの周囲の魔法効果を反射する。


 その瞬間、リリアが空中で、はっとした顔をした。

「……あら?」

 鏡の中に映っているのは、リリアの幻のはずだった、はず。ところが、鏡に映ったその幻が、勝手に動き出した。


「おやおや……こんな顔、でしたか?」

 虚空の老執事の幻、グレッグが、鏡の中で、自分の顔を触っている。

「もっと、男前だったはずなんですけどね」

 次に、編集者の五十嵐さんの幻が映る。

「あれ、ぼくの眼鏡、こんなに分厚かったっけ?」

 最後に、女神様の幻。

「あらやだ、私、ちょっと、髪型がおかしくない?」

 

 幻たちが、勝手に、自意識を持ち始めて、それぞれ自分の見た目を気にし始める。

「もう、こんな姿で、出たくはありませんな」

「ぼくも」

「私もよ」

 幻が、自主的に消えていく。


「あ、あらぁぁぁっ!?」

 リリアが、目を丸くする。

「何ですの、その、謎の鏡!」

「効けばいいんだよ!」

……

 アメリアの動きが戻った。

「今だ、アメリア!」

「了解!」

 アメリアが、地を蹴る。

「一段ッ!」

「ぐぅっ!」

「二段ッ!」

「あぁっ!」

「三段斬りィッ!」

 三撃目が、リリアを捉えた。


 リリアが、空中で、ふらりと墜ちる。

 白い羽根が、ぱらぱらと舞い散った。


 地面に降り立った時、リリアは、もう戦う気力を失っていた。

「……負けました、ですわ」

 彼女は、薄く微笑む。

「お見事です。あなたたち、本当に、強いのですね」


 その瞬間、ようやくアルテミスが、夢から覚めた。

「……あれ、ここは……」

「アルテミスさん、戻ったか」

「グレッグは……」

「悪いな、それは幻だ」

「……そうか」

 アルテミスは、ゆっくりと立ち上がった。目尻に、わずかに涙が残っていた。

「いや、もう、十分だ。グレッグの言葉を……もう一度聞けた。それで十分」


 アイリーンも、ようやく落ち着いて、頬を膨らませている。

「あぁもう、女神様、もうちょっとで、ぎゅぅぅぅってできましたのに」

「おいおい、未練がましすぎだろ」


 リリアが、紫の煙に、ゆっくりと変わり始めていた。

 俺の方に、視線を向ける。

「勇者さん」

「ん?」

「あなたたち……愛し合って、いるのね」

「……」

「本物の愛は……私たちには、壊せないのね……」

 彼女は、最後に、ふっと、優しく微笑んだ。

「心の魔法、イルミナージュは……偽りの欲望に取りつく魔法。あなたたちは、真実を知ってそれを克服したのよ。この先も、がんばってね」

 

 リリアの体が、紫の煙となって、空に消えていった。残されたのは、橋と、白い大理石と、舞い散った白い羽根——そして、真実を写す鏡——というか、ただの大きな鏡。

 

 アメリアが、ぽつりと呟いた。

「……この愛が……真実、というコトなのね」

 俺は首を傾げた。

「……?」

 ふと、街道の先を、見つめる。ようやく一人。しかし、まだ三人いる。俺たちはさらに気を引き締めた。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ