第29話 フォー・ローゼス
◇◇◇◇
「王宮付きの女騎士を引退したあと――ここで未亡人として、のんびり暮らしてたんだけど」
マダムは紅茶を一口含む。優雅な手つき。
「最近、町に、おかしなことが起き始めたのよ。男たちが、夜中にこっそり家を抜け出して、西の方へ歩いていく。最初は家出かと思った。でも、調べてみたら――」
「カミラの仕業、ですわね」
「そう。あの淫魔がね」
マダムの目が、本気で険しくなった。
「うちの娘の婚約者まで、転んだのよ。あの子、結婚式まで、もう三週間しかなかったのに」
「……」
「あの子は今、毎晩泣いてるわ。あたしは絶対に、カミラを許さない」
部屋の空気が一瞬で重くなった。
が、マダムはすぐに艶っぽい顔に戻る。
「悲しんでばかりじゃ何も変わらないでしょう? だから、町中の女性を集めて、対抗組織を作ったの」
「カミラ対抗、女性連合、ですね」
「そうそう♪ 毎晩、男たちが脱走しないように、見回りもしてるわ」
マダムは、引き出しから一枚の地図を取り出した。
「ここから紅蓮の薔薇園まで、街道沿いに四つの関所があるの。それぞれに、カミラの親衛隊が陣取ってる」
「親衛隊?」
「ええ。"四人の薔薇――フォー・ローゼス"と呼ばれる、四人の高位サキュバスよ。白薔薇のリリア、黒薔薇のヴィオラ、紅薔薇のラビス、青薔薇のシエル。それぞれ違うタイプの誘惑魔法を使う」
「四人……」
「直接、薔薇園に乗り込むのは無理。空からでも地下からでも、フォー・ローゼスのうち、誰かに必ず遭遇するように結界が張られてるって話よ」
「順番に倒すしかない、ということですわね」
アイリーンが頷いた。
「そういうこと。まずは、一番手前の白薔薇のリリアね。距離としては、馬で半日くらいの場所」
マダムは地図に印を付けた。「街道沿いの、白い大理石の橋」だ。
「気をつけてね、勇者さんたち。誘惑魔法には男だけじゃなく、女の子も注意しないとけないわよ」
「え、女性にも効くんですか?」
「カミラ様の親衛隊だもの。タイプによっては、女の子を陥落させる魔法を使うのもいるかもしれない」
「……」
アメリアとアイリーンが、思わず顔を見合わせた。
「あ、それから、勇者さん」
マダムが、俺をまっすぐ見つめる。
「もし薔薇園まで辿り着いたら、男のあんたが、一番危ない。カミラの誘惑は、フォー・ローゼスとは桁が違うからね」
「……了解です」
「でも、あんたなら大丈夫よ。さっきのテスト、ちゃんと合格したんだから」
マダムが、ふっと優しく微笑む。
「迷ったら、アメリアちゃんの顔を、思い出しなさい」
アメリアの顔が、また、ぼっと赤くなる。
「ま、マダム、何度も、それは……」
「あらん、ふふふ。応援してるわよ♪」
マダムは最後にウィンクを残して、お茶のおかわりを淹れた。俺もアメリアも、何も言えず、顔を赤くする。
◇◇◇◇
翌朝。
俺たちは、マダムから貰った地図を頼りに、街道を西へと向かった。俺とアメリアはサラに、アルテミスとアイリーンは馬に。サラダはアイリーンの胸元の抱っこ紐の中で、すやすや揺られている。
半日ほど進むと、地図に記された白い大理石の橋が見えてきた。橋自体は美しい構造物だったが、その向こうに、明らかに異質な気配が漂っていた。
「……いるわね」
アメリアが剣の柄に手を当てる。
橋の中央に、人影が一つ。
純白のドレス。長い銀髪。透き通るような白い肌。年は十六、七歳くらいに見える、清楚な美少女。背中には、白い小さな翼。
白薔薇のリリア、間違いない。
「あらぁ、勇者ご一行ですね♪」
リリアが、にこりと微笑んだ。
その微笑みは、ぞっとするほど無垢で、それゆえに、ぞっとするほど不気味だった。
「私は、カミラ様の親衛隊"フォー・ローゼス"の一番手、白薔薇のリリア。お通しすることは、できませんわ」
「通してもらおうか」
俺は短く答えた。
「あらまあ、強気ですのね♪ じゃあ……まずは、お一人ずつ、私とお話……しませんこと?」
リリアが両手を、ふわりと広げた。
「ふふふ……白薔薇がお届けする、心の魔法、イルミナージュ」
その瞬間、辺りの空気が、ぐにゃりと歪んだ。
「アルテミスさん」
リリアの声が、アルテミスを指名する。
「あなたが、最初ですわ♪」




