第28話 美熟女の誘惑
町長から、もう一人、紹介したい人物がいると言われた。
「カミラに対抗する女性連合の首領、マダム・セレス殿だ。彼女に会えば、もっと詳しい話が聞ける」
俺たちは町外れの邸宅へと向かう。そこは、蔦に覆われた、しかし手入れの行き届いた立派な屋敷だった。庭には真っ赤な薔薇が咲き乱れている。本人が扉を開けて、家に招き入れてくれた。
「あらまあ、新しいお客さん? 随分若いハンサムね♪」
俺は思わず息を呑んだ。
四十代後半くらいの美熟女。ふくよかな体つきに、深紅のドレスがぴったりと吸い付いている。胸元の谷間は、もはや峡谷。首にはルビーの首飾り。化粧は派手だが、嫌味がない。目尻に薄っすらと刻まれた皺が、むしろ色っぽい。
「マダム・セレスよ♪ よろしくね♪」
「ど、どうも、東タクヤ、です……」
応接間に通され、マダムが紅茶を淹れてくれる。アメリア、アイリーン、アルテミスは別室で町長の部下から街道の情報を聞いている。なぜか、俺だけが「勇者さんに、内々に伝えたい話があるのよ♪」と引き離されてしまった。
マダムは、紅茶を俺の前に置くと、すうっと隣に腰を下ろした。
膝が触れ合う距離。
「ねえ、勇者さん。もっと近くで、お話しましょうよ♪」
マダムが、すっと俺の腕を取る。胸の谷間が、二の腕にむぎゅっと押し当てられた。
「うぐっ」
「あらん、緊張してる? 可愛いわぁ♪」
マダムの吐息が、耳元にかかる。甘い香水の匂い。柔らかい体温。
「あたしね、ずっと、寡婦で寂しいの。今夜……あたしと、もっと深いお話しない? ふふ、お部屋、用意してあるのよ♪」
俺の心拍数が、ぐっと上がった。
なんだろう。マダムの色気は、さっきのサキュバスとは違う、もっと深い、なんていうか……ベテランの、こう、染み入ってくる感じ。男なら誰でも、頭の中が、ちょっと――しゅわっとなる。
でも――。
俺は、ふと、頭の中で、別の顔を思い浮かべていた。
今朝、馬上から後ろを振り返って、サラダを羨ましそうに見ていた、アメリアの顔。「な、何でもないわよ!」と頬を染めて、目を逸らした、あの顔。
……あの顔を、裏切るコトなんてできない!
俺は、ぎゅっと、奥歯を噛んだ。
「マダム」
「ん?♪」
「お気持ちは、嬉しいです。でも――」
俺ははっきりと、彼女の腕から自分の腕を引いた。
「俺には、もう、好きな人がいるんです。だから、ごめんなさい」
マダムが、ぴたりと動きを止めた。
数秒、無言。
次の瞬間。
マダムが、ぱっと俺から離れて、ふっと笑った。
さっきまでの、艶っぽい雰囲気が、嘘のように消えていた。
目が、女戦士の目に、変わっている。
「……合格よ、勇者さん」
「えっ?」
「ごめんなさいね、試させてもらったの」
マダムは、姿勢を正して、紅茶を一口飲んだ。
「あたしね、こう見えても、王宮の女騎士だったのよ。 今でも、人を見る目は、それなりにあるつもり」
「は、はい」
「もし、薔薇園まで辿り着いて、男のあんたが、カミラの誘惑にすぐ転んじゃうようなら――この旅は、そこで終わり。仲間の女の子たちまで、危ない目に遭わせるだけ」
「……」
「だから、町を救ってもらう前に、確かめておきたかったの。あんたが、本物の勇者かどうかをね」
「テスト、だったんですか」
「そう。腹が立った?」
「いや……」
俺は、ふっと笑った。
「むしろ、ホッとしました。マダムが、本気でくどいてきたら——俺、対応に困ってましたから」
「あらん♪ 失礼ねぇ♪ でも、もしあたしが本気で誘ってたら、あんた、どうしてた?」
「……正直、五分くらい、迷ったと思います」
「ふふ、正直ね♪ その正直さも、勇者の素質よ」
マダムは、楽しそうに肩を揺らした。
ふと、応接間の扉が、ばたんと開いた。
「タクヤ! ご無事ですの!?」
アイリーンが、転がるように飛び込んでくる。アメリアと、アルテミスもその後ろに続く。
「マダム、彼に何か変なコトしてませんでしょうね!?」
「いいえ、何もしてないわよ。ただのテストよ♪」
マダム、しれっと答える。
アメリアが、俺の前まで来て、じっと顔を見つめた。
「……顔、赤くない?」
「いや、まあ、ちょっと、その」
「ふん」
アメリアの目つきが、半目になる。
マダムが、苦笑いした。
「アメリアちゃん、安心なさい。あんたの勇者さんは、ちゃんと、断ってくれたわよ」
「……えっ」
アメリアが、目を見開いた。
「最後の質問で『好きな人がいる』って、はっきり言ってくれたわ。あんたのことね♪」
アメリアの顔が、ボッと、真っ赤に染まる。
「ま、マダム、それは、それは秘密にしておいてくださいよっ!」
「あらん、もう言っちゃったわぁ♪」
俺も顔が熱くなった。アメリアと目が合った瞬間、お互い、ぱっと逸らした。
「ま、マダムさんが、本人に確認してくれたんだから、もういいですわよね」
アイリーンが、嬉しそうに、にこにこしている。
「タクヤ殿、アメリア殿、おめでとう」
アルテミスが、しみじみとした顔で頷いた。
なんだろう、この、関係者全員に見守られている感じ。
「さて」
マダムが、ぱんっと手を叩いて、空気を切り替えた。
「テストは終わり。本題に入りましょう」




