第22話 決戦前夜、それぞれの一夜
決戦を、翌日に控えた夜。
小屋の中は静かだった。囲炉裏の火がぱちっ、ぱちっと時折爆ぜる。外では、虫の声が控えめに響いていた。
俺は寝床の上で寝転がっていた。もちろん、眠れない。明日のことを、頭の中で何度もシミュレートしている。ベルフォードの、あの杖の一振り。あの黒い波動。あれをどうかわすか。どう間合いを詰めるか。いや、間合いを詰めても勝てる気がしない。
やはり、煎餅か。あの「懐かしい」と呟いた瞬間。そこに勝機がある気がする――。
すす――と。俺の寝床に、誰かが近づいてくる気配がした。
顔を向けると、月明かりの中でアメリアが立っていた。寝間着のまま。長い金髪が、肩に流れている。頬がほんのりと赤い。
「……アメリア?」
「……起きてた?」
「ああ、まあ」
「……隣、いい?」
俺が答える前に、彼女はすとんと俺の寝床の隣に座り込んだ。
慌ててて起き上がろうとした俺を、彼女がふっと、目で制した。
しばらく、二人で囲炉裏の消えかけた火を見ていた。やがて、アメリアがぽつりと口を開く。
「……あのね、タクヤ」
「……」
「もし、明日――私が死んだら」
「……」
「両親に、伝えてほしいの。"娘は、ちゃんと、誇りを持って戦いました"、って」
俺は彼女の横顔を見た。月明かりに照らされたその横顔は、いつもの勇ましい剣士の顔じゃなくて――。ただ一人の、まだ若い女の子の顔だった。
「……アメリア」
「うん?」
「……死なせない」
俺は思わず、彼女の手をぎゅっと握った。
彼女の手は、剣を握り続けた――硬いけれど、暖かい手だった。
「俺が絶対に死なせない。だから――そんなコト、言うな」
彼女が目を、見開いた。じっと俺を見ている。月明かりに、彼女の瞳が潤んで光っていた。
「……タクヤ」
「ああ」
「……」
彼女がぐっと、顔を、近づけてきた。
吐息が頬にかかる。
彼女の唇が、ゆっくりと――。
「クワーーーーーッ!!!!」
部屋の隅で、サラが、突然絶叫した。
「うわぁッ!?」
アメリアが跳ね起きる。
「ど、どうしたッ!?」
俺も跳ね起きる。
アルテミスとアイリーンも、慌てて目を覚ます。
サラの足元では。
ぽてりっ。
……二個目の卵が、転がっていた。
ご丁寧に、湯気まで立てている。
「……」
「……」
「……」
全員が、無言で卵を、見つめた。
「……サラちゃん」
アイリーンが、半目でサラを、見る。
「……あなた、絶対に空気、読めてないわよね?」
「クワッ!」
サラは、誇らしげに、胸を張った。
そして、ふと見ると――。
新しい卵が、ぴくりと動いた。
最初の卵に呼応するように。
アメリアが、ふっと肩の力を、抜いて、笑った。
「……サラに、邪魔されちゃったわね」
「ああ……だな」
俺も、ふっと笑った。
なんだか、緊張が、すうっと抜けていく。
「……まあ、明日絶対、無事に帰ってきましょう」
アメリアが、ぼそりと、言った。
「ああ。約束する」
「うん。約束ね」
彼女が立ち上がる。寝床に戻る前に、振り返ってぽつり。
「……タクヤ」
「ん?」
「……ありがとう」
「ああ」
彼女はすっと、自分の寝床へ戻っていった。
◇◇◇◇
その夜、俺がもう一度目を覚ますと――。
アイリーンが、外の縁側に座っていた。
夜空を見上げて、両手を組んでいた。
月明かりの中で、その横顔が白く光って見えた。
俺はしばらく声をかけずに、そっと見ていた。
彼女はぽつりと、呟いた。
「……女神様」
夜空に向かって語りかけていた。
「私……今度こそ、ちゃんとお仕事しますわ」
「だから……どうか」
「……みんなを、守ってくださいませ」
彼女の声は震えていた。
でも、その背中にはちゃんと、覚悟があった。
俺は声をかけずに、寝床に戻った。
◇◇◇◇
夜が、明ける少し前。
俺が、最後に目を覚ますと。
今度は、アルテミスが囲炉裏の前で、自分の折れた、ツノを撫でていた。
彼は、俺に気づくとふっと苦笑いした。
「……眠れんのだ」
「だな」
「私は……魔王だった頃の私なら、たぶんベルフォードに勝てなかった」
「……」
「ヤツのあの一振り。あれは、私の一番強かった頃でも防げなかっただろう」
俺は彼の隣に、座った。
囲炉裏の消えかけた火が、ぱちっと最後にはぜる。
「でも――」
アルテミスがふっと笑った。
「今の私には、仲間がいる」
「……」
「絶対に、勝つ。お前と、アメリアと、アイリーンと、サラと卵。みんな一緒に」
「……ああ」
「不思議だな。魔王だった頃は、信用できる仲間がいなかった。なのに今は――」
「敵だった俺たちが、仲間か」
「ふっ、皮肉だな」
俺たちは無言で、消えゆく火を見ていた。
やがて、空が白み始めた。
決戦を、翌日に控えた夜。
小屋の中は静かだった。囲炉裏の火がぱちっ、ぱちっと時折爆ぜる。外では、虫の声が控えめに響いていた。
俺は寝床の上で寝転がっていた。もちろん、眠れない。明日のことを、頭の中で何度もシミュレートしている。ベルフォードの、あの杖の一振り。あの黒い波動。あれをどうかわすか。どう間合いを詰めるか。いや、間合いを詰めても勝てる気がしない。
やはり、煎餅か。あの「懐かしい」と呟いた瞬間。そこに勝機がある気がする――。
すす――と。俺の寝床に、誰かが近づいてくる気配がした。
顔を向けると、月明かりの中でアメリアが立っていた。寝間着のまま。長い金髪が、肩に流れている。頬がほんのりと赤い。
「……アメリア?」
「……起きてた?」
「ああ、まあ」
「……隣、いい?」
俺が答える前に、彼女はすとんと俺の寝床の隣に座り込んだ。
慌ててて起き上がろうとした俺を、彼女がふっと、目で制した。
しばらく、二人で囲炉裏の消えかけた火を見ていた。やがて、アメリアがぽつりと口を開く。
「……あのね、タクヤ」
「……」
「もし、明日――私が死んだら」
「……」
「両親に、伝えてほしいの。"娘は、ちゃんと、誇りを持って戦いました"、って」
俺は彼女の横顔を見た。月明かりに照らされたその横顔は、いつもの勇ましい剣士の顔じゃなくて――。ただ一人の、まだ若い女の子の顔だった。
「……アメリア」
「うん?」
「……死なせない」
俺は思わず、彼女の手をぎゅっと握った。
彼女の手は、剣を握り続けた――硬いけれど、暖かい手だった。
「俺が絶対に死なせない。だから――そんなコト、言うな」
彼女が目を、見開いた。じっと俺を見ている。月明かりに、彼女の瞳が潤んで光っていた。
「……タクヤ」
「ああ」
「……」
彼女がぐっと、顔を、近づけてきた。
吐息が頬にかかる。
彼女の唇が、ゆっくりと――。
「クワーーーーーッ!!!!」
部屋の隅で、サラが、突然絶叫した。
「うわぁッ!?」
アメリアが跳ね起きる。
「ど、どうしたッ!?」
俺も跳ね起きる。
アルテミスとアイリーンも、慌てて目を覚ます。
サラの足元では。
ぽてりっ。
……二個目の卵が、転がっていた。
ご丁寧に、湯気まで立てている。
「……」
「……」
「……」
全員が、無言で卵を、見つめた。
「……サラちゃん」
アイリーンが、半目でサラを、見る。
「……あなた、絶対に空気、読めてないわよね?」
「クワッ!」
サラは、誇らしげに、胸を張った。
そして、ふと見ると――。
新しい卵が、ぴくりと動いた。
最初の卵に呼応するように。
アメリアが、ふっと肩の力を、抜いて、笑った。
「……サラに、邪魔されちゃったわね」
「ああ……だな」
俺も、ふっと笑った。
なんだか、緊張が、すうっと抜けていく。
「……まあ、明日絶対、無事に帰ってきましょう」
アメリアが、ぼそりと、言った。
「ああ。約束する」
「うん。約束ね」
彼女が立ち上がる。寝床に戻る前に、振り返ってぽつり。
「……タクヤ」
「ん?」
「……ありがとう」
「ああ」
彼女はすっと、自分の寝床へ戻っていった。
◇◇◇◇
その夜、俺がもう一度目を覚ますと――。
アイリーンが、外の縁側に座っていた。
夜空を見上げて、両手を組んでいた。
月明かりの中で、その横顔が白く光って見えた。
俺はしばらく声をかけずに、そっと見ていた。
彼女はぽつりと、呟いた。
「……女神様」
夜空に向かって語りかけていた。
「私……今度こそ、ちゃんとお仕事しますわ」
「だから……どうか」
「……みんなを、守ってくださいませ」
彼女の声は震えていた。
でも、その背中にはちゃんと、覚悟があった。
俺は声をかけずに、寝床に戻った。
◇◇◇◇
夜が、明ける少し前。
俺が、最後に目を覚ますと。
今度は、アルテミスが囲炉裏の前で、自分の折れた、ツノを撫でていた。
彼は、俺に気づくとふっと苦笑いした。
「……眠れんのだ」
「だな」
「私は……魔王だった頃の私なら、たぶんベルフォードに勝てなかった」
「……」
「ヤツのあの一振り。あれは、私の一番強かった頃でも防げなかっただろう」
俺は彼の隣に、座った。
囲炉裏の消えかけた火が、ぱちっと最後にはぜる。
「でも――」
アルテミスがふっと笑った。
「今の私には、仲間がいる」
「……」
「絶対に、勝つ。お前と、アメリアと、アイリーンと、サラと卵。みんな一緒に」
「……ああ」
「不思議だな。魔王だった頃は、信用できる仲間がいなかった。なのに今は――」
「敵だった俺たちが、仲間か」
「ふっ、皮肉だな」
俺たちは無言で、消えゆく火を見ていた。
やがて、空が白み始めた。




