表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/77

第21話 もう一度、森へ

 その日の夜、皆が眠りについた頃。


 俺は、こっそりと小屋を抜け出した。

 月明かりが薄く、森を照らしている。霧はまだ少しだけ残っていたが、夜のせいか、それとも何か変化があったのか――不思議と進むことができた。


 俺はベルフォードに、会いに行こうと思っていた。

 なぜか分からない。ただ、会わなければならない気がしていた。

 彼が呟いたあの言葉。

 「懐かしいな、これは」――。


 森の中の開けた場所。月光の落ちる小さな空き地に、俺は辿り着いた。そして、思わず息を呑んだ。そこにベルフォードが立っていたのだ。俺を待っていたかのように。


「……来たか」


 ベルフォードがぽつりと言った。

 彼の表情は、昼間とはわずかに違っていた。

 戦う気はまったく感じられない。

 ただ月光に照らされて、静かにたたずんでいる。


「……あんたが、待ってる気がしたんだ」

 俺は答えた。

「ふっ」

 ベルフォードが、初めてほんの少しだけ笑った気がした。


 しばらく沈黙が流れる――

 森の奥で、フクロウがほうほうと鳴いていた。


 やがて、ベルフォードがぽつりと口を開いた。


「……あの煎餅、懐かしかった」

「……」

「昔――私の娘がよく作ってくれた」


 俺の心臓が跳ねた。


「娘、さん?」

「ああ。もう、三百年も前のことだ」

「……」

「彼女は……その煎餅を持って、村の祭りに行っていた」


 月の光が、ベルフォードの皺の刻まれた頬を銀色に照らしていた。俺は思わず、ポケットからあの手紙を取り出す。


「……これ」

 俺は震える手で、それを差し出した。

「ミストムーアのとある家に、残されていた手紙だ」


 ベルフォードは、月光の下で手紙を受け取った。

 長い、長い沈黙。

 彼は文字を追っていた。

 時間がゆっくりと、流れていく。


 やがて、ベルフォードが、手紙をぎゅっと握りしめた。その指先は震えている。


「……」

 言葉はなかった。彼は空を見上げた。

 俺は何も言えなかった。

 ただ、その横で同じように空を見上げていた。


 長い、長い時間が過ぎる。


 やがて、ベルフォードがぽつりと言った。


「……勇者よ」

「……」

「私を、倒しに来るのなら――明日の昼。塔の前に立つがいい。今度こそ、私はお前たちを――本気で殺すかもしれぬが」

「……」

「もしくは――もう、私のことなど、忘れて去るがいい。どちらでも、お前たちの好きにせよ」


 俺はベルフォードを、まっすぐ見た。

「……行く。明日、塔の前に立つ」

「……ふむ」

「あんたに、聞きたいコトがある。だから――行く」


 ベルフォードは、しばらく俺を見つめていた。

 そして、ふっと目を伏せた。

「……分かった。待っていよう」


 彼は手紙をそっと、俺に返した。

「……これは、お前が持っていろ」

「……」

「お前なら、これをちゃんと扱える気がする」


 ベルフォードは踵を返し、灰色の霧の中へと消えていった。


◇◇◇◇


 小屋に戻ると、皆まだ眠っていた。

 俺は起こさないように、入り口にしゃがみ込んで、静かに空を見た。


 が、すぐに後ろで声がした。

「……どこ行ってたの」

 アメリアだった。

 全員、起きていた。心配で眠れなかったのだろう。

「ベルフォードに会ってきた」

「ええっ!?」

「明日の昼、塔の前で戦う。約束した」


 全員が、息を呑んだ。でも、誰も止めなかった。


 アメリアが長剣を、傍らから引き寄せ――そして、丁寧に布で磨き始めた。

「……分かったわ。私も行く」

「アメリア……」

「両親に顔向けできないもの。逃げるのはね」

「私も行きますわ」

 アイリーンが頷いた。

「女神様にもね。それに、これは私たちの戦いですもの」

「私も、行くぞ」

 アルテミスが、自分の折れたツノを撫でた。

「私はもう、過去の魔王じゃない。仲間として戦う」

「クワッ!」

 サラも力強く鳴いた。


 俺は深く息を吸い込み、そしてゆっくりと吐いた。明日の昼。俺たちは四人と一羽で、東の魔王に挑む。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ