第20話 女神じゃない女神
翌朝。
小屋の中央に、小さな囲炉裏がある。俺が、夜の間にちまちまと火を起こしていた。
薄い陽光が、屋根の隙間から差し込んでいる。
四人と一羽が、囲炉裏を囲んで座っていた。卵は、サラの翼の下で、ちゃんと暖かそうにしている。
「……あの、皆さん」
アイリーンが、ぽつりと口を開いた。
その表情は、いつもの陽気な明るい笑みではなかった。穏やかな――けれど、どこか覚悟を決めた顔。
「昨夜、アメリアちゃんに話したんですけど――。私、本当は女神ではないんです」
俺と、アルテミスは無言で頷いた。アメリアは目を伏せている。
「私の本当の話を、聞いてもらえますか」
アイリーンは、両手で湯気の立つカップを包み込みながら、ゆっくりと語り始めた。
――私は、もともと、北の貧しい村に捨てられた孤児でした。名前もない、両親も知らない、誰も振り向かない、小さな子供。寒い冬の朝、ゴミ捨て場の隣で震えていて……通りすがる大人たちは、私を見ても何もしてくれなかった。むしろ、「縁起が悪い」と石を投げる人もいました。
俺の、湯飲みを持つ手は震えていた。
――ある日、雪の中で、もう……動けなくなって。
私、ああ、私、もう死ぬんだなぁって、思いました。
誰にも必要とされない私が、こうして、誰にも看取られずに消えていくんだなぁって。
そのとき。雪の中で、空がぱあっと開けたの。
淡い光が、私を包んで――降りてきてくれたのが、本物の、女神様でした。
アイリーンの瞳に、涙が滲んだ。
――女神様は、私の凍えた頬を撫でて、こうおっしゃってくださいました。
「あなたは、私の娘にななるのよ」って。
俺は、ぐっと奥歯を噛みしめた。
――女神様は、私を「アイリーン」と名付けてくれました。「虹のたなびく道」という意味なんですって。そして、知恵の泉へ、連れて行ってくれました。そこで、何百年もかけて、女神のお使いの作法を、教えてくれました。
でも――私、覚えるのが本当に遅くて。ミスばっかり。送る勇者の世界を間違えたり、スキルの名前を間違えたり。
アイリーンが、照れたようにふっと笑った。
俺は、笑い返せなかった。
――女神様は、いつも、私をお叱りになる。でも、最後には必ず頭を撫でて、こうおっしゃってくださいました。
「次は、頑張りなさい」って。
今回――タクヤを勇者としてお迎えするときも、私、すごく緊張して、雑になって女神様に怒られました。知恵の泉から追い出されたのも、これで、三度目です。
アルテミスがぽつりと呟いた。
「……女神に、怒られて追い出される。それは、罰なのか?」
「いいえ」
アイリーンが、首を横に振った。
「修行なんですわ。下界で、人間とちゃんと関わってみなさいって。次に泉に戻ってきたとき、もっと、まともなお使いになれるように」
囲炉裏の火が、ぱちっと爆ぜた。
アイリーンは、ゆっくりと目を上げて俺を見た。
「だから、私ね、タクヤ」
「……」
「本当は、女神じゃないんですよ。ただの、お使いをしてるポンコツの孤児」
アイリーンが、ふっと笑う。いつもの、無邪気な笑顔。でも、その瞳の奥にずっと抱えてきた、何かが見えた。
「――でも、女神様は、私を見捨てなかった。だから、私も女神様の役に立ちたい。タクヤを勇者として、ちゃんと育てたい。世界を救うお手伝いを、最後まで成し遂げたい!」
その瞬間、俺は頬を伝うものを感じた。慌てて、それを手の甲で拭った。
アメリアが無言で立ち上がり、アイリーンの背後に回り、肩にそっと手を置いた。
アルテミスは、目を閉じて瞼を震わせていた。
ふと――。
「クワッ」
サラが、立ち上がって、とことこ、とアイリーンに近づいた。そして、すりすりと頭をアイリーンの膝に押し付ける。
アイリーンが、ふっと笑って――その時、涙がぽろりと落ちた。
「サラちゃんも、お母さん、いないものね」
「クワッ」
「私たち、同じ……かも、ね」
俺は思った。
ああ、なんだろう。
いつもの、軽いノリの――ラノベの世界じゃない。ここには、ちゃんと痛みを抱えた、人たちがいる。ちゃんと、それを背負って、それでも笑ってる仲間たちがいる。
俺は――。
俺は、これまで軽い気持ちで、勇者のまねごとをやってた気がする。
でも、それじゃダメな気がした。
俺は、座り直して皆を見渡す。
「……みんな」
「タクヤ?」
「俺、ちゃんと覚悟を決める。この世界を、必ず救う。みんなと一緒に」
アメリアが、ふっと笑った。
「……あら、勇者っぽいセリフが出てきたじゃない」
「茶化すな」
「いいえ、本気で嬉しいの」
アイリーンが、頷いた。
「私も、頑張りますわ。次はちゃんとお使い、しますわよ」
アルテミスも、ふっと笑った。
「私ももう過去の魔王ではない。この仲間の一員として、戦う!」
囲炉裏の火が、ぱちっと明るく爆ぜた。




