第16話 東への旅路
◇◇◇◇
朝食を終えると、俺たちは旅支度を始めた。
次なる目的地は、東の魔王ベルフォードの領地。アメリアによれば、馬を急がせて、片道五日の旅路だという。
もちろん馬じゃなくて、サラだが。サラの走力なら、もう少し早く着くだろう。
そして――もう一人、新しい仲間が加わる。
「お待たせした」
元・北の魔王アルテミス。黒いベールを脱ぎ捨てた彼は、改めて見ると、思いのほか若々しい男だった。年は、たぶん二十代後半。整った顔立ちに、すらりと伸びた長身。額には、半分に折れたツノが痛々しく残っている。
「アルテミスさん、よろしくお願いしますわ!」
アイリーンが、駆け寄って、ぴったりと腕に密着する。
「あ、ああ、こちらこそ」
「アルテミスさん、ローブの下、何も着てないんですか?」
「いや、着てるが」
「あ、そうなんですか、残念」
「……」
アルテミスが、戸惑った顔で俺を見る。俺は、無言で首を横に振った。諦めろ、と。
それを見ていたアメリアが、半目になる。
「……アイリーン様、敵だった男にデレデレしすぎでは?」
「あら、もう敵じゃありませんわよ。アルテミスさんは、悔い改めた、素敵な殿方ですもの」
「敵だった頃に、漆黒の波動で殺されかけたの、忘れたんですか」
「過去のコトですわ!」
アイリーンが、しれっと笑う。
俺は、女神の使いが元魔王にデレる、シュールな展開に苦笑いする。
村人たちが、見送りに集まってくれた。雑貨屋のじいさんが、にこにこと声をかけてくる。
「タクヤ殿、また、戻ってきておくれよ。今度こそ、ちゃんと女子と結婚してな」
「今度こそ、っていつの話ですか!」
「アメリアちゃんを、頼んだぞ」
「い……いや、それは……」
俺がまごまごしてる間に、アメリアは、ぽっと頬を赤らめてそっぽを向く。
「あら、お似合いの二人ですわね~」
アイリーンが、にやにやしている。
「……アイリーン様、それは、私の方が言いたかったセリフですよ!」
アメリアが、即座に反撃。
俺たちは、四人と一羽、そして一卵で、東への旅に出発した。ちょっと人間関係がカオスだが、揉めてるわけでもないので、何とかなるだろう……
◇◇◇◇
サラの背中は、思いのほか広い。
とはいえ、四人乗るのはさすがに無理だ。仕方なく、俺、アメリア、アイリーンの三人だけがサラに乗り、アルテミスは馬で並走する形になった。
アルテミスは、馬に乗る姿がやけにエレガントだ。
「驚いたな。これだけ速く走るダチョウは、見たことがない」
「サラは、特別なんだ」
俺は、サラの首を撫でる。すると、サラは「クワッ」と嬉しそうに鳴く。
道中、アルテミスが、自分の魔王時代の話を、ぽつぽつと聞かせてくれた。
「最初の頃は、苦労したよ。部下集めにな」
「部下集め?」
「ああ。最初は、私一人だった。一人で漆黒の塔を建てたんだ」
「自分で、建てたの!?」
「ローンを組んでな」
「……魔王、ローン組むんだ……」
「黒の建設というドワーフの組合が、便利な分割払いプランをやっていたんだ。月々一万ゴールド、二十年払い」
「……」
なんだろう、急に親近感が湧く。
「で、部下を集めるのに、東奔西走した。最初に来てくれたのは、メフィスだ。あの夢魔の娘」
「ああ、塔で逢ったね、夢魔のメフィス。逃げられたけど」
「あれは……ギルドの掲示板で求人を出したら、応募してきた」
「えええっ!」
「ベルセルカーは、酒場で喧嘩していたところを、スカウトした。腕っぷしは強いんだが、頭が、まあ、その、お察しの通りだ」
「……だろうな」
話を聞けば聞くほど、こいつ、魔王というより、苦労人の中間管理職だ。
アメリア、アイリーンも、ぷっと吹き出している。
「そうそう、漆黒の塔の最上階な。あれ、エレベーターつけるか、最後まで悩んだんだよ」
「魔王にエレベーター!?」
「だが、つけたら、勇者にすぐ最上階まで来られると思って、つけなかった。階段にすれば、勇者が途中で息切れするだろう、と」
「……でも、俺たち、ふつうに最上階まで行ったよ」
「ああ。だから、あれは失敗だったな……」
アルテミスが、ふっと、自嘲気味に笑った。
「……今思えば、私は、魔王に向いてなかったのかもしれん」
「いや、絶対向いてないよ」
アメリアが、即答した。
ひどい。でも、たぶん、合ってる。
そのやり取りを聞いて、ふと思う。この世界では、魔王や女神は神聖で特別な存在……というより、あくまで役割、職業のような位置づけなのかもしれない。その根底にあるのは、人の心であり感情。それが世界を動かしている――そんなコトをぼんやり感じていた。
◇◇◇◇
しばらく街道を走った後――昼を過ぎたあたりから、空気が変わってきた。最初は、道の脇の木々が、心なしか葉を落としている、というくらいの変化だった。しかし、進むにつれて、それは確かなものになっていく。
木々の幹が、灰色に枯れていく。
草が、消えていく。
鳥のさえずりが、聞こえなくなる。
空の青さが、徐々に、灰色に淀んでいく。
サラと馬の足音だけが、不気味なほど大きく響く。
「……ここは、まずいな」
並走していたアルテミスが、表情を曇らせ、足を止めた。
「アルテミスさん、どうしたの?」
アイリーンが、心配そうに尋ねる。
「……私も、東には近寄ったことがない。北の魔王と、東の魔王は、互いに干渉しない、という不文律があった。だが、聞いていた話よりも、ずっと――」
アルテミスが、ぐっと唇を噛む。
「ずっと、空気が重い」
ふと、サラが、不安そうに「クワッ……」と鳴いた。背中の上の卵が、ぴくりとも動かなくなっている。
俺は、思わず、卵の上に手を置いた。
「……皆、覚悟を決めろ」
アメリアが、剣の柄に手を添える。
「ここから先は、私たちが今まで戦ったことのない、何かが待っている」
灰色の霧が、行く手に、薄く立ち込め始めていた。
俺たちは、覚悟を決めて、その霧の中へと、足を踏み入れた。




