ユーナという少女
最近は虫の声も少し秋めいてきたものに変わってきた。日差しの鋭さも丸くなり、実りの秋がすぐそこまで来ている。
「ではでは!行ってきます!
いっぱい釣ってくるから!」
ちょっと過保護なトーマが何かを言いかけている。でも、ユーナは笑顔で手を振り扉を閉めた。
快活に髪を揺らし、肩に釣り道具を下げる。腰には愛剣。もっともそれは、見かけ倒しだけど。
けど、トーマと並ぶための、必要なことの一つ。おしゃれに次いで疎かにはできない。
空を見上げる。今朝も朝日が気持ちいい。
うーん、と伸びをしながら、坂道を降りていく。
今日も気分をアゲてくれているお気に入りの髪留めは、トーマが贈ってくれたもの。それ以来、もっと似合うように髪も伸ばしている。
川辺へ向かい、慣れた道を弾む足取りで進む。
この時期の狙いは産卵をしに川を上ってくる黄鮭。干物にして冬に備えるのもよし。卵や肉も街まで出ればすぐに売れる。涼しくなり始めたこのタイミングでがっつり捕まえるのが、最近の彼女のミッションである。
トーマと住んでいる山小屋からちょっと下った先に広い河原が広がっている。そこには干し台も置いてあるし、雨風をしのげる四阿もある。
夏場はそこで町の住人も水浴びをしたりもしていた。この山の浅いところは比較的弱い魔物しかいないが、それでもいなくはない。
そんな魔物がたまに河原に来たりもするが、万が一接近されても気が付きやすい。Eランク冒険者のユーナは安全と安定を求めているのだ。
なので比較的安全なこの河原での釣りに、ユーナは安心して取り組んでいた。
――同じ頃、森の奥では静かにソレは歩みを進めていた。
「そろそろ、コートも擦り切れてきたし、雷鏃も買わないとな~」
垂らした釣り針に、今朝は運が無いのか今のところ反応無し。運がいい日なら、そろそろ二匹目がかかる事もあるのに。
だが、今日は午前のうちに後五匹は釣りたい。来週にはトーマと近くの街のトリスへ行くため、それまでにある程度の売り物の確保が必要なのだ。トーマへのプレゼントは、ぜひ行商のマルクさんがいる間に!なんとしても!
トーマと違い、ユーナでは冬の仕事は町まで下りての雪下ろしか薪拾い程度しかできない。ユーナでも狩れる唯一の魔物の木人も冬場は冬眠してしまう。
それでも紫目雉なら冬場でも狩れるし、魔物でもないので食べてもおいしい。ただ、比較的得意な細剣では狩れず、ちょっと苦手な弓でしか狩れない。弓が苦手なユーナは多少外れても衝撃で痺れさせることのできる雷鏃は必需品ではあるが消耗品でもある。ある程度は確保しておきたいのだ。
料理が苦手なトーマの胃袋はすでに掴んでいるとはいえ、材料がなければ意味がない。
「雪で籠ることが多くなる冬……今年こそ既成事実を――!」
風の音のみが舞う中で、ユーナは気合いを入れる。
可愛がってはもらっているが、どうにもこうにもトーマはユーナに親愛しか向けてくれない。でもユーナも十七歳。街では子供がいてもおかしくはない年なのだ。
ユーナの恋心は、八歳の時に決定的になった。住んでいた村が魔物に襲われて壊滅したあの日、師匠が一緒に連れて逃げてくれたのだ。
その時、ユーナも必死だったからか、足をくじいてしまっていた。
そして、初めてのお姫様抱っこ。燃え盛る火炎の中、トーマは身を挺して庇ってくれた。場違いにもかっこよすぎて見惚れてしまった。
前々から目をつけていたし、知っていたけど再確認。
やっぱりかっこいい。
好き。
彼女はその時にはっきりと恋心を自覚した。
結局みんなバラバラになっていく中、ユーナはトーマについていった。
いつかはトーマと並べることを願って、彼を師匠と呼び。少しでも力になれるように彼女もトーマと共に努力を重ねていった。
今では師匠はこの街の近辺で出会うような魔物なら楽に狩れるし、魔札の作成もお手の物。
つまり、甲斐性もばっちり。
もっとも、それが常に鍛錬を重ねた、努力の結果であることはユーナが誰よりも知っている。だから、街ではちょっと人気な師匠を誰にも渡すつもりはない。
「村の襲撃の時に死んじゃったお父さん、お母さん、私、師匠と幸せになります!」
ちょびっと大きな声の独り言を呟き、今日もユーナは、寒い冬に向け密かに熱く燃えていた。
その声は、招かれざる者にまで届いているとは思わずに。




