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ナマクラ魔剣とポンコツ知恵袋、ガチャな俺  〜世界が俺にキャラを押し付けてくるんだが?!  作者: まお
斬れない剣と、目覚める厄災

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戦って、喰らって、生きる

〈無駄じゃよ。

 それは……草薙の剣は名付けの対価として、クリトの強く気高い意思を求めた。今のそいつは、精神なき抜け殻のごときモノよ。

 名乗らせてもらおう。我はムネモシュネ。その暴食の龍を眷属とする者。

 迷惑をかけたことに対して、せめてもの誠意をしめそう〉


 途端に、チエは体の中から何かが生まれるような、何か熱いものを飲み込んだような感覚に陥る。

 ギリギリだと感じていた危機感が不意に解消され、チエは自分が違うステージの存在になったことを自覚する。


〈あたしのことなんざ、今更どうでもいいし、あんたらのことはあんたらがケジメをつけな〉


 クリトの”熱”は、まだギリギリ燻っている。それを庇うかのように、チエはムネモシュネを睨み上げる。


〈で?クリトはどうしたら助かるんだい?

 全にして一なるものよ〉


 伝説の終焉と始まりに臨む万能の魔女は、今、この時であっても強く、気高く、神とも言える存在に堂々と相対した。


〈さて、クリト。あたしの声がわかるかい?〉


 その声をきっかけにクリトは、目を開いた。

 寝過ぎたのか、まだ頭に霞がかかったかのようにぼーっとし、身体も気怠い。とりあえず起きるか、と思ってみたら既に立っていた。

 明らかに、何かがおかしい、ありえないと思うも、何故か警戒心が起こらない。そのまま、周りを見渡すと、徐々に戦闘の最中だった事を思い出す。

 いつの間に手放したのか、相棒は無く空手だった。先程声が聞こえたチエも目視出来る範囲に居ない。大蛇もおらず、その残骸も、神剣もなかった。

 ただ、暗く何も無い空間に、ただクリトだけが居た。


〈反応がやっとあったね。

クリト。あんたは一度ほとんど吹き飛んだ。だから、寄せ集めた〉


 チエの声が聞こえる。

 何を言っているか、わからない。

 辺りを見回してもやっぱり誰も、何もない。

 知識としては、今、自分は非常に不安定だと、非常に危険な状態だと理解出来る。だが、感情は微塵も揺らがない。


〈仕方ないね。やはり、力を借りるしか無いか。

 ……クリト、済まないね。あたしは、やっぱりアンタを諦め切れない。――可能性がゼロで無いなら、また、そこにかけちまうのさ。

……クリト、どうか、生きておくれ〉


 朗々とチエの声が響きわたる。


〈『宣誓:クラトス、パナケイア、デメテル、エルピス、カリス、カオス、ムネモシュネ。

 我は万象(ばんしょう)を編む者――万能の魔女。その名に於いて、其等七惺(しちせい)との約を刻む――』〉


 言葉に、意味以上の意思を重ね、想いを形に纏わせる。


 憤怒に染まるも独歩たれと、紅い灯がともる。

 色欲に溺れるも静謐を保てと、蒼い灯が流れる。

 強欲に貪るも克己せよと、緑の灯が走る。

 怠惰に腐るも勇気を抱けと、黄の灯が刺す。

 嫉妬に狂うも孤高であれと、橙の灯が軋む。

 傲慢に盲いるも誠実を宿せと、藍の灯が広がる。

 暴食に耽るも涵養たれと、紫の灯が満たす。


 これらを受け、チエが全てを繋ぐべく、最後のピースを綴りあげる。


〈『――定義:此処に盟約は成る。

 我が名に於いて与える――汝に過去と未来を。

 執行:盟約は既に成り――果たされよ』〉


 白い光が、灯された光の欠片を結ぶ。

 それらは複雑に絡み合い、蠢く。クリトを中心に巡るそれは、究極的に情報の込められた魔法陣であった。

 加速していく動きはやがて溶け合い、一つの球になる。拳程に圧縮された情報はゆっくりとクリトに近づき、胸の中に沈んで行く。

 それを無表情で見つめていたクリトは、球を受け入れると顔を上げた。


「ばあちゃん……?」


 少しだけ、身体が動く。すると決壊したかの様に感情が身体を這い上がる。


「……っく、がぁっ、……っつ。ふう。はぁ、……す、はぁ」


 唐突に起きた感情は身体を隅々まで行き渡ると、当たり前の様にそのまま馴染んだ。荒くなった呼吸を治めつつ、クリトは身体を確認する。


 動く事は動く。

 痛みもなければ、稼働範囲も変わらない。だが、イメージ通りの動きはしない。拳の握り一つとっても、歩くという基本的な動作ですら、儘ならない。

 思考を巡らす。

 昨日食べたもの、昔の住処、相棒と始めて狩った魔物。ばあちゃんが作ってくれたシチュー、酌器、大蛇と神剣。記憶に齟齬はなさそうだ。

――だが、シチューを食べておいしかった記憶、味の記憶はあるが、その感動はうっすらとしか思い出せない。


〈さて、どうやら動けるようだね。記憶はあるかい?〉


「……あぁ。記憶は ある」


〈やっぱり身体と記憶だけじゃ成り立たないようだねぇ。精神、意思、感情などと呼ばれるそれが、為人(ひととなり)の要でもあったわけか。

 さて、じゃあ次はこれさね〉


 再び、極彩色の魔法陣が廻る。


〈『宣誓:万象を織り込む者、その権能を掛けてこれを成す。

定義:血と智と値を以て以降の刻を刻め。

 その流転、既に覆らず。

執行:汝は喰らい、――汝を得よ』〉


 クリトの周りにキラキラとした何かが舞い、それがゆっくりとクリトに吸い込まれていく。暫くすると、クリトの中で軽く弾けた。


「えっと、なんだろう、これ。あれ?あ、ちゃんと動く?けど、あれ?なんか、凄い腹が空いてきた?」


 クリトが目を白黒させながら、身体の具合を再度確かめる。


「成功しちまったみたいだね。クリト、おまえは今から旅に出てもらう。

 おまえは、厳密にはクリトでは無い。まだ未完成なのさ」


 万能の魔女は、ふわりと姿を現し、今のクリトの状態を伝えていく。

 精神が欠けていた事。

 それを回復させるために七惺の概念体と盟約を交わした事。

 その内容について。

 そして、最後に――万能の魔女について。


「あたしはチエとしては死んだよ。

 残っているのは、チエとして生きた記憶と万能の魔女という概念。既にヒトとしての理から外れている。

 だから、今アンタに見えてるのも、ただの幻。幻覚みたいなものさね」


 あの二つ名がこんなとこで役に立つとはと、薄く透けた姿で自嘲しながら、語っていく。


「……ばあちゃんを俺は守れなかったのか?」


「いや、アンタはチエとしての矜持と生き様と、本心からの願いを守ったさ。

 あたしは、そんなお前を生かすことに誇りをかけただけさね」


「……ばあちゃんのシチュー、また食べたかったな……。

 それと、もうばあちゃんを救う手は無いのか?」


「おい、あたしの心配よりも食い意地たぁ、ずいぶんじゃ無いかい?

 まぁいいよ。そうだね。あたしは肉体も精神も無くなったからねぇ。

 今会話が成り立っているのは、チエとしての記憶と万能の魔女はヒトという存在だという概念が残っているのと。この概念と実態が同居出来る特殊な空間だから。

 ……まぁ、偶然の奇跡って訳さね。

 直にあたしの記憶も膨大な概念情報に飲まれる。――少なくとも既にヒトとしての道徳は怪しくなってきているねぇ……。

 チエだったら、クリトの生身で実験をすることに少しは躊躇ったね。

 だから、おそらく話せるの今が最後さね」


「そっか……。

 なら、唐揚げのレシピ教えて?

 それと、ばあちゃんの矜持を守れたのか。少しは俺も恩返しできたのかな。

 こんな仕事してたら、まともな別れは諦めていたし、今、会話も出来てレシピも教えてもらえるからだろうけど……。

なんかまだ実感が無いな……。

 あ、エビのアヒージョのコツも知りたかったな」


「……そう言う事か。

 精神が歪んでるとそうなるのか……」


「どうした?ばあちゃん。牛丼のアレンジレシピでも思いついたのか?」


「クリト、さっきから異常に食べる事に拘ってる自覚はあるかい?」


「は?」


「クリト……残念だけど、アンタの精神は歪んでる。まぁ、歪みが出るのは想定内だけど……。

 まさか、為人がこう言う形で歪むのか……。どうやらアンタの意思は食べ物に異常に傾いている。

 このままなら、おまえはクリトでさえなくなる」


「……マジか」


「あぁ、すんごい。すんごい勢いで食べ物に絡んでる。

 まぁ、食い意地が張るとかじゃなくて、こう意思の根源的なところがバグってくる感じか。

 ふつうはまぁ、いや、変なところが、ありえない繋がりになっている、か……?」


 チエは、改めてクリトの内側をのぞき込むように目を細める。


「魔力を集めて行けば精神が再構築されていくから、マシになって行くとは思うけど、多分、構築式の都合上一定量の魔力を集めたらガラッと精神構造が変わるみたいだね」


「うそやん……」


「仕方ないだろ?あたしが概念体として強く司る力は継承と変異。

 魔力を消費したり回復するたびに人格が変わっていたら、それこそ社会的に生きていけないじゃないか」


「普通の定食屋で頼む四杯目の大盛りライスみたいなものか……」


「言い回しが独特すぎて、しんどいねぇ。

 まぁ、下手に沁みったれた雰囲気にならずに送り出せるのは、チエとしても望む事さね。

 それと、忘れない内に伝えておくよ。

 さっきも言ったが、今のアンタはクリトの記憶を持った何かだ。――魔力を集めろ。感情を集めろ。経験を積め。

そうすれば、人間に近づく。

 それが誰なのかは、あたしはもう知ったこっちゃ無いがね」


 カラカラと笑うチエは、傍目には楽しそうに見えていた。


「ここにいても、朽ちるだけさね。

外で、戦って、食って、生きろ」


 チエは一瞬だけ、師匠としての顔を見せ、再び悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「さて、と。

 旅立つ可愛いクリトに餞別をやらないとねぇ」


 そう言うとクリトの右隣に光が集まり、チエの娘、もとい、先日に話を聞いていたホムンクルスが現れた。


 ――なんとなく、良く知っている気配を感じる。


「お前は、相棒?なのか?

――いや、寿司を食べる時に紅生姜が出てきた様な違和感が……」


〈是でもあり、否でもある。

 私はお前の相棒であり、伝説の神剣の草薙の剣であり、お前の一部でも、八岐大蛇でさえあった。

 まぁ、その全てが混ざったモノで、このホムンクルスの身体を司っている。

 控えめに言って全てを斬る最強にして優雅なる神剣士の爆誕だ!刮目相待せよ!〉


 基本精霊であるためか、声を出さずに精霊言語でクリトに話しかける。

 声は確かに相棒に似ているが、どちらかといえば幼なげであった面影はなく、自信に満ち溢れているようだ。

 そして顔は全くの無表情で、身体も所謂自然体のままドヤるという器用な真似をしている。

 それに対するクリトは、胡乱げな眼差しをむけながら腰の皮袋を漁って一枚の銅貨を取り出し、山なりに草薙に放った。


 表情を動かさず〈にやり〉とあえて声に出した草薙は腰の刀を抜くと迷いなく振り抜き、銅貨を斬りつけた。


 そして、キンという硬い音と共に銅貨は遥か彼方に飛んで行った。


「だよなぁ。

 その太刀の構築式、おかしいと思ったんだよ。

 お前、それじゃ魔術しか切れないぞ。

 動きにしても多分俺の動きをトレースしたんだろうが、その身体と俺じゃ間合いも筋力も関節の可動域も何もかも違うだろう?

 まるで、肉抜き、玉ねぎ抜きの生姜焼きみたいに何もかもが足りないな。

 なにより、」


 クリトの指が一切の光を吸い込むかの様な漆黒の刀身を指す。


「刃がないぞ?それ」


 冷えたというよりもパサついた空気が、流れる。


「東の国の武具は詳しく無いが、刀身の厚みから見ると確かに刺すよりは断つ様に作られてそうだな。

 だけど、これは刃が潰れた訳じゃなくて、刃をそもそも付けて打たれてないな。

 つまりお前は魔力は切れて、体捌きはそこそこの剣士風な棒術士だな。

 魔術切りなんていうレアな技能がある分、うっかり焦がした本格カレー並に残念な感じだな」


 副音声精霊言語すらOFFの完全無表情の娘(?)を見てチエは嘆息しながらクリトに話しかける。


「相変わらず、デリカシーが無いと言うか、遠慮が無いと言うか……。

 半分くらい義理の妹みたいなもんじゃないのかい?少しは優しくしてやりなよ」


 彼女は体育座りをしてどんよりした空気でこちらに背を向けている。おそらく、無表情のままで。


「妹にはサトウキビのはちみつ漬けみたいな扱いだな。

 ばあちゃんが餞別っていうんだから、これからの旅の道連れだろ?

 “師匠”には、相手の実力の把握と自分の身の程の把握は必要だろうって耳にタコ焼きができてそろそろイカも食べたいなと思う程にはくどく言われたぜ?」


 やれやれとクリトが応じれば、チエは器用に片眉だけ上げて視線をクリトと合わせる。


「相変わらず、かわいくないねぇ。

 まぁいいさね。だがこいつが、おまえの刃だ。おまえは今はまともに剣は振れないだろう?魔術構築はもともとバカ魔力量に任せたごり押しだし。

 魔力を集めるために魔物を刈るには草薙の力が必要だろうに。

 それと、魔道具もそこそこ作れて器用に使えるおまえなら役に立つだろうから、これも持っていきな」


 そういって、チエは幾何学的に四角く均一に薄平たいが光沢のある石板のような物を懐からとりだし、クリトに渡した。


「これは、ばあちゃんの情報端末じゃないかよ。

俺には使えなかったと思うけど?」


「概念体にまで昇華した万能の魔女を舐めるんじゃないよ。

 あんたにもある程度は使えるようにしてある。

 もっとも完全な機能の再現は出来ないから、あたしのように音楽や画像、動画なんかは検索できないけど、代わりに外部演算は一部インストールしてある。

 もっとも、入力と応答は音声のみだけどね。

 だから、オマケはしておいたよ」


 クリトが魔導具を受け取ると急に声が聞こえ始めた。


 〈やっぱり、最初の印象って大事だと思うのよね。びしっと出来る女の印象をしっかりと持ってもらうのって大事だし。だってクリトくんでしょ?チエと出会った頃はちょっと生意気だったけど、やっぱりなかなか可愛くてトマトが苦手だったとことか弟的ポイント高いわよね。あと最初は手負いの狼みたいにガルガルしてたのに、チエに絆された後は、律儀に料理とかしてくれたし。チエが寝込んだ時の粥とか、どんだけ健気かよって感じだし。

そりゃ、あたしは人工精霊みたいなもんだから、じっさいには味わえないし、そもそも食べるための肉体はないけど、やっぱり食べてみたいわよね。

食べたいといえば、やっぱりクーパーさんのところの紫目雉の煮込みよね。“めちゃくちゃ美味しい”“明日も食べたい”“おっさんの手によるおふくろの味”“俺特選最後の晩餐ベスト10殿堂入り”。その他もろもろ絶賛だっていう評判の情報がもっさりだもの。あとは、やっぱりチェイルさんところの地獄炒め。超激辛料理で人類の限界に挑戦って言っているけど、どうなのかしら。“三日は尻が痛い”とか、“匂いだけでも目にしみる”とか。気になるわよね。

気になるといえば、やっぱりセーナとユーナとトーヤの三角関係ね。トーヤくんが朴念仁過ぎだし、セーナは自分をごまかしてるし。ユーナちゃんの空回りもかわいいのよね。

あーそれと、やっぱりラムレス殿下シリーズの3冊目も気になるのよね。あの絶望のあとの邂逅はムネアツよね。さすが、王都随一の貴腐人の作品よね。だって、まさかあそこで抱――〉


 半眼になったクリトは無言でチエに魔導具を返す。

 チエも無表情で受取り、それをコンコンとノックし、再度クリトに渡そうとする。

 まるで牛乳を拭いて洗い忘れた雑巾を見るような目でそれを見つめ、イヤイヤながら手にとる。


 〈お初にお目にかかりますわ。クリトくん。私はチエと共にこの世界に来た携帯型高機能端末に付喪神式人工精霊体のプロトタイプを宿した貴方の姉のような存在でしてよ。以降、お見知りおきを。

 遠慮なく、おねえちゃんって呼んでいいわよ〉


「ばあちゃん、あの――」

「おまけとして、語り口調と検索結果の優先提示にあたしの妹の人格をトレースさせた。反省はしているが後悔はしていない。

そいつが――」

「いらないかな、こんなポンコツ」


 バッサリ切るクリトに魔導具は焦りをみせる。


〈ちょ!ちょっとまちなさいクリト!

 ほら、憧れのお姉ちゃんよ?!〉


「いや、そんなんいらんし」


〈前の町で、八百屋のチナキちゃんみたいなお姉ちゃんがいたらって言っていたじゃない?〉


「よし、壊そう。おい、出番だ」


 呼ばれた彼女は座ったままグリンと首をこちらに向ける。


〈待って!待って!やっぱり待って!!

 あの……ね?〉


「年上の女性ならなんでもいい訳あるか!普段はこっちから甘えながらも、偶にあっちから甘えてくるくらいで、ちょっといい匂いにドキドキしつつ、まるで眼中に無いダークホースポジがいいんじゃないか!ただでさえ、包容力のある身体がないうえに、幼少期の氷菓子のような淡い思い出のチナキねぇちゃんを汚したモノには三回目の出汁をとった小魚の尻尾ほどの価値もないっ!」


「……このタイミングでクリトの趣味を知るとは思わなかったよ。

 それにしても悪乗りして作ったのは謝るよ、クリト。

 だから、そんな冷たい目で見るのはやめなさいな。

 まぁ、我が妹がポンコツなのはわかっていたけど、改めて接すると酷いもんだねぇ。

 だけど、持っていきな。

 こいつがアンタの目だ。それに、……いずれ必要になる。

 口調は悪ノリだったが、ほんとのおまけとして、あんたの奥の手となるような魔術の構築式をそいつに仕込んである。

 そもそも、いろいろな情報を引き出せるのは大事なことさね」


「でも、なぁ……」


〈ちなみに、クーパーさんのところの紫目雉のレシピもチェイル亭の地獄炒めのレシピもわかるわよ〉


 ピクっとクリトが反応する。


〈もちろんチエの特製レシピも〉


「不束者ですが、なにとぞよろしくお願い申し上げます。お姉様」


 こうしてクリトはナマクラ魔剣とポンコツ知恵袋と共に旅に出ることになった。


 概念空間から屋敷に戻ったクリトはそのまま領主であるグリーラム侯爵家の衛兵に連行された。


 万能の魔女というアンタッチャブルな屋敷が突然の大崩壊。町から離れた山の上とは言え、その重要度から各地からのいわゆる”暗部の連中”による監視はされていたのだ。

 万能の魔女の実験が失敗したのか、それとも暗殺が行われたのか。憶測が飛び交う中で慎重な捜査がされていた。

 8回目の太陽も高く登り、何もわからない事がわかったと報告をまとめようかとしているその最中に、なにもない空中からポンとはじき出されたかのように現れた二人組。枯草色のローブを被った割としっかりした体躯の男と町娘のような恰好であるが変わった形の剣を持つ女。

 衛兵に囲まれ槍を突きつけれても少しも動揺をみせない。そして、領主ザムザへの目通りを望み、攻撃さえしなければ反撃はしないとの言を吐き、――チエの縁者を名乗った。


 商会への繋ぎがとれて、容疑が晴れるまでの10日ほど公爵家での拘束……と言うより食客扱いを経て、クリトは再びチエの屋敷に戻って来ていた。

 

 もう領軍も引き上げている。


 チエには法的に家族はいない。なので財産の相続人は居ない。クリトも法律的には他人のままだ。

 目録にあるモノは商会への譲渡となり、一部希少なモノはグリーラム家や王家へ寄進されたことになるらしい。

 なので、そこには瓦礫しか残されていなかった。

 極々一部だけ。万能の魔女と行動を共にしていたクリトの、明らかな私物や共有していたと言い張れるモノのみクリトの手元に帰ってきていた。


「わかってたけど、寂しいもんだな。

 ばあちゃんとの思い出の品もほとんど無くなった。

――極大化されたドーナツの穴みたいに、なんか……」


 少しだけ、涼しくなった風がふく。

 覚悟も納得もしていた。

 だけど、それでもクリトが唯一家族と言える時間を過ごしたこの場所は、――少し感傷的にした。


「シチュー……美味かったよな」


 チエの手作りシチューは、もう味わえない。

 いや、レシピは手元に残った。

香りも、熱さも覚えている。だけれども、何を喋ったのか、笑顔でさえも曖昧なままだ。


 それから、玄関のあったあたりに座り、暫くの間、空を見上げていた。


 夕日が傾いてきた頃、やっとクリトが立ち上がりサナに顔を向ける。


「悪い、待たせた。もう、大丈夫だ。サナ、チセ、行こうか」


 チエからクリトへの最後の課題。

 それは、ホムンクルス(ナマクラ魔剣)情報端末(ポンコツ知恵袋)に名前をつける事だった。


 草薙の剣にしろ、情報端末にしろ、それは異世界の既存概念。

 その名前のままだと、存在の固定化をしてしまうらしい。なので、代わりの名前を二人に与えた。


〈うむ。クリトは強い。そして我はまだ未熟だな。

 落ち込んでいた貴様の感情を斬る事はまだ出来ぬわ〉


 ホムンクルスには”サナ”と名をつけた。


〈私も、なんて言えばいいのかしら。やっぱりわからないわ。

 調べたり、分析したりとかには、少し自信あるけど。

 チエみたいな年の功もないし、考えるのは少し苦手なのよ。けど、やっぱり少しでもクリトの力になりたくて。実は色々調べていたのよ?〉


 情報端末には”チセ”と名をつけた。


〈うむ。チエ曰く、我ら三人の望みを叶えるには魔力と感情の収集に尽きる〉


〈つまり、凶悪な魔物に襲われている、美少年を助けるの!ヒーローみたいに!!〉


〈そうじゃの。

 まぁ美少年で無くともいいと思うがの。

 強き魔物を両断し、魔力を得る。これじゃの〉


〈だから、行きましょう?ヒーローみたいに!〉


 やれやれとクリトは肩をすくめて、そうだなと首肯する。半端者同士。三人でやっと一人分だ。


〈でしょ?やっぱりそうよね!ヒーローみたいに登場よね?〉


〈うむ!〉


 そう言ってサナは唐突に刀を抜き、何も無いはずの所に振り下ろす。するとそこに八岐大蛇へとつながった時のような裂け目が浮いていた。


「はぁ?!え?サナは何をしてる!? あ、え?」


 サナはあっけに取られていたクリトをポイっと裂け目に放り込む。


〈さあて!ヒーローの登場よ!〉

〈ここからが我らの伝説の始まりじゃな!〉


 そう言ってサナも裂け目に飛び込んでいった。

 静かな風が吹き、裂け目も何事もなかったかの様に閉じていく。


 こうして、万能の魔女は舞台から去っていった。

 残った三人(?)はこの先どうなるのやら。少なくとも、少しだけ世界を賑やかになりそうです。

 ですがここから先はまた別のお話。

読んでいただきありがとうございます


これにて一章完結です。

次回嘘予告

とりあえず、先立つモノを

「グリーラム侯爵家の宝物庫」

空間移動出来るなら、狙うよね

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