力をよこせ、草薙の剣
「クリト、呆けるのは後にしな。
――くそ蛇が、クリトをいじめるんじゃないよ!」
「ばあちゃん……、
なんで、……んで俺なんかを庇った!
ふざけんな!それにその体はどうした?!」
「剣が砕けたくらいで呆ける鼻たれ小僧が吠えるな!
言ったろう!
お前はあたしより先に死ぬのは許さない!
……どうせもうすぐあたしは消える。あたしの意地にかけてあんたは守ってやるよ。」
「消えるって、まさか……、賢者の石の対価にしていたのは、」
「あぁそうさ。
ここでは情報端末が発動しない。ならあとは莫大な情報を持っているのはあたし自身。あたしはあたしであるために、あたしを対価に魔力を練り上げているのさ。
だからせめてあの蛇は蒲焼にして食ってやらなきゃ割に合わないさね。
――だから、クリト、諦めんな!
お前は強いんだろうが!」
クリトは、目を見開き、ずいぶんと昔にチエに放っていた啖呵を思い出す。ぼこぼこになっても、ボロボロになっても、決して止まらなかったクリトがチエに吐いたのは、幼さの残る強がり。
“俺は、弱くない!まだ強くないだけだ!俺はつよいんだ!”
“俺はつよい!つよいから、全部守るんだ!”
“ばぁちゃん、無理すんな。強い俺にまかせろ”
そんなクリトをチエはどんなに揶揄おうと、叱ろうと、決して弱いとは言わなかった。
〈……つよくなるって、やくそく、して?〉
相棒との出会いも契約も、そんなクリトを付喪神が信じたからだった。
「あぁ、そうだな。そうだったな。チエばあちゃんも、相棒も全部ひっくるめて俺が守ってやるよ!」
「……やっと目が覚めたかい。ひよっ子のくせに鍛錬さぼるからだよ。
お前に負けずボロボロな相棒の調子はどうだい?」
〈クリト、ごめん、剣なのに刃がなくなっちゃったよ。また、役立たずだよ。
僕はクリトが、剣って呼んでくれたから、剣でいられたのに、――〉
「何言ってんだよ。砕けてようがなんだろうが、おまえが俺の相棒だ。
ばあちゃん大丈夫。相棒はちゃんとここにいる。」
「そうかい。それじゃ、蒲焼の作り方をちゃちゃっと考えるかね。
おそらく、カギはあの鎖と剣だ。あの鎖はクリトでも切れなかったし、何よりもあの蒲焼を長年封じていたんだ。情報接続さえ使えれば、あの剣を軸に再度封印結界を張るんだが……」
〈剣?剣ってどれ?
――あの棒のこと?あれは剣じゃないような?あれ、剣なのかな?〉
クリトも失念していたが、八岐大蛇を縛っていた鎖は空間に刺さった剣によって留められている。その剣を改めてよく見ると、確かに、柄や鍔のような設はあるが刃がない。片刃の少々の反りがある剣、というより、辺境の武器の太刀のように見えたが、どうやら、剣に似せた何かのようだ。
「確かに切るような作りには見えないな……」
「何?これは剣じゃないのかい?てっきり刀かと思ったよ。
八岐大蛇も居るし、あれが草薙の剣と思ったんだが、違うのかね。……いや、これは、儀礼剣……?」
「儀礼剣?なんだそれ?」
「剣という概念は物体を断つだけでなく、邪を払うにも用いられている。その場合は象徴としての剣だから、刃は不要さね。だから、クリトでもあれでモノを切るのは難しいだろうね。」
「確かに、刃がないなら、ナマクラどころじゃないな」
〈……あの、クリト。この”剣”ね、あの、その、凄いっぽい〉
「はぁ?どうした?」
〈あのね、付喪神な僕なんかより、遥かに高位な神威でね。
それで、その、……怒ってる〉
「俺らが、アレを起こしたからか?」
〈いや、あの、剣じゃないとか、ナマクラ以下とか、棒だとか言ったから〉
「棒って言ったのは相棒じゃないかよ。つまり、そいつは高位の精霊付きの神剣ってことか?」
〈いや、そうじゃなくて、この神剣は、剣というより――〉
ガオンと鈍く金属が爆ぜるような音が轟き、とっさに意識を八岐大蛇に戻す。
そこには、クリトがつけた傷を起点に鎖を引きちぎり、咆哮を上げる大蛇の姿があった。爛々と燃えたような瞳孔でクリト達をにらむその頭は一拍後、大口を開き飛び込んできた。
「あたしらを簡単に食えると思うな!」
そう叫んで突っ込んできた頭を横っ面から殴り飛ばした。その次の瞬間、吹き飛んだ頭の陰に潜んでいた頭に、チエはバクンと丸のみにされた。
「……ばあちゃん?……避けたん、だよな、ちがうよな?
ばあちゃんは食う側だよな、食われるわけないよな、食わせるわけねぇだろ!
吐き出しやがれ!この蒲焼もどきの蛇野郎がぁ!!」
一拍で神剣をつかみ、二拍目で引き抜く。一瞬で極限まで加速されたクリトは三拍目には蛇の眉間に振り下ろしていた。
次の瞬間には巨大な鈍器で頭をつぶされたような蛇が神剣があった台座面に叩きつけられ、遅れて轟音が鈍く広がる。
吐き出されたチエは、もう胸から上しか残っていなかった。賢者の石に存在を食わせ、その魔力も一気に八岐大蛇に吸われた。肉体は既になく、存在の残りかすとしてそこに居る。
辛そうな表情でも強気にクリトに語りかける。
「あぁ、最悪だねぇ。ほんと食われる側は趣味じゃない。
それにしても、やっぱ強いじゃないか、クリト。
――あたしは柄にもなく孤児院なんてものをしていたけど、この魔女を恐れずに懐に入ってきたのはあんただけだったよ。
クリト。あんたはあたしの自慢の息子さね。
あぁ、これであたしも一息つけるねぇ……。」
「……ばぁちゃんボケるには早いぜ。
このくそ蛇には落とし前をつけさせるから。
相棒、すまない、ちょっと浮気するわ。」
〈へ?なに?え?え?〉
「おいこらナマクラ魔剣、俺様が使ってやる。
このくそ蛇をぶった斬る。
剣としてのプライドがあるなら、貴様の力、俺によこせ!」
〈え、ちょっと、クリト、そのちょっと!この方はまずいって!〉
「剣ってのは斬ってこそだ。儀礼剣なら邪を斬れよ!
何も斬らずにただ刺さっていて、遊んでんじゃねぇぞ!」
〈違うの、クリトこの剣はまだ!〉
「ずっと、待っていたんだろ。
剣と銘打たれて、切れなくても、誇りをもってしっかりと封印の役割を担ってきたんだろ。
ずっと役割を背負って、神話の時代から、魂が宿るほどの役割を担ってきたんだろ?
それでもその姿ってことは、貴様は剣として在りたいんだろ?
名前を与えられなくても、貴様は剣でありたいんだろう?!」
〈この空間の核で!だから!〉
「ばあちゃんも言っていたろうが。
貴様は”草薙の剣”だ。俺がそう呼んでやる。
そして今から新しい伝説を作るぞ。この八岐大蛇をぶった斬る。
――魔力だろうが、なんだろうが、勝利も併せてくれてやる。
力をよこせ!伝説の神剣、“草薙の剣”!」
〈まだ定義されてないんだ!〉
神剣が強く光り溶けていく。その光は柄だけになった相棒に集まり、見事に輝く太刀の刃となる。
鎖は解け、八岐大蛇が歓喜の咆哮をあげる。
同時に太刀から魔法陣がクリトの腕に絡みつく。クリトはそれを感情の灯らぬ眼で見つめていると、大蛇の首が真上から噛みついてきた。
しかし、襲いかかる速度そのままにその頭は左右に分かれ、どちゃりと重い音だけを残す。次の瞬間に、音もなく閃く幾筋もの剣線。
わずかに遅れ、飛び散りまき散らされる大蛇の血飛沫。細切れとなり、首が、一つまた、一つと散って行く。
それは無音の花火のように空間を鮮やかに染めていった。
最後の首を散らしたところで、チエの脇に戻り一拍を置き、クリトは無表情で逆鱗を見上げる。舞い散る血飛沫も花火と同じく僅かな余韻と共に消えて行く。
どちゃりという水音も落下音も静まる頃、クリトがおもむろに剣を下段の構えにとる。
すると、切り落とされた首らも含め大蛇の巨体がしゅるんと逆鱗に吸い込まれていく。
〈待たれよ。伝説を紡ぐ強き者よ。儂らの負けじゃ〉
朗々と響くその声は、耳からではなく、直接に聞こえた。クリトは刀を下ろし、佇む。
「よかったねぇ。クリト。なんとかなって。お前は無事…なのかい?
大丈夫かい?どうした!返事をしな!」
クリトの内側の”熱”がどんどんと小さくなるのを、チエは感じ取った。




