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ナマクラ魔剣とポンコツ知恵袋、ガチャな俺  〜世界が俺にキャラを押し付けてくるんだが?!  作者: まお
斬れない剣と、目覚める厄災

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2/14

喰らう者と、守ると決めた者

 チエは意図せずに、ソレを定義してしまった。

 空間そのものが軋み上げる。


「……は?」

 クリトは思わず笑いそうになる。

「いや、なんだよ、何が起きたんだよ?!」

「目覚めたんだよ。」

 チエは無表情で答える。

「神話級の化け物だ。いや……」


 わずかに目を細める。

「神の一柱って言った方が正しいね」


 その瞬間、空気が変わる。

 圧。

 ただそこにいるだけで、呼吸が浅くなる。

 そして――認識させられた(・・・・・)


「……縛られてる?」

 クリトは気づく。八つの首も、巨大な胴も、すべてが鎖で繋がれていた。その鎖は、空間に突き刺さった”剣”で固定されている。

 だが、それでもなお、存在感は圧倒的だった。

「封印されている……のか?」

「だろうね」

 チエの声は冷静だった。


「そしてあたしらは――」

 視線が鋭くなる。

「その封印の”中”にいる」


 沈黙が支配し、嫌な理解だけが進む。


〈……クリト〉

 相棒の声が震える。

〈あれ、起きたらダメなやつ〉

「わかってる」

 クリトは短く返す。


 そのときだった。ひとつの頭が――動いた。ゆっくりと、瞼が開く。縦に裂けた瞳孔(どうこう)。それが、こちらを向く。

 視線が、合った。

 瞬間。魔力も気力も抜けた。

「――っ!?」

 息が止まる。胸の奥が、空洞になる感覚。頭の中に、ノイズのような”何か”が流れ込む。


 ――弱い。――なら餌だ。


 誰の声でもない。だが、確かに”認識された”。

 クリトは思わず膝をつく。

「……なん、だよ……」

 自分が、自分でなくなるような感覚。輪郭が揺らぐ。

 自分が一方的に定義される。腰が抜け、涙が溢れる。

「クリトぉ!」

 近くにいるはずのチエの声がやけに遠くに聞こえる。

 チエに呼ばれている。だが、自分の名前が他人事に思えてしまう。


 鎖が鳴る。ガシャン、と重い音が響く。目覚めた首が、身体を起こそうとする。だが、鎖に阻まれる。

 それでも、明らかに何かを目指している。


「……何を、見ている?」

 チエが呟く。八岐大蛇が向いているその先。空間の”端”。そこには、かすかに裂け目が残っていた。

 ――元の世界へ繋がる穴。

 巨体に見合わぬ速さでそこへと首が伸びる。


「っ狙いはそれか!」


 チエが叫ぶ。

 間に合わない。大蛇は裂け目に口を突っ込み――噛み砕いた。

 ごしゃり、と重い音がし、――穴が喰い広げられた。

「……空間を、喰ってるのか…?」


 クリトの声が震える。

 二口目。さらに大きく、食う。と、それに呼応し、二つ目の首がのそりと動き始める。

 三口目。今度は、広がった穴に頭を突っ込む。屋敷がメリメリと崩れる音が響く。

 確信は無い。だが”世界”が削られていく。その音が止む頃には、すべての首が覚醒していた。


「……はは」

 チエが笑った。だが、その目は笑っていない。

「最高に最悪さね」

 低く、言い切る。


「あいつ、魔力や物質どころか、“存在”を食っていやがる」

「今は冗談なんか言うなよ……」

「笑えないねぇ。

だが、おそらく間違いない。あたしも似た様な事してるんでね」

 チエは一歩前に出る。

「クリト」

 その声は鋭い。

「逃げようにも、道は化け物のディナー会場だ。

 なら――やることは一つだ」

 クリトは息を吐く。震える足を、無理やり止める。

「……あぁ」

 剣を握る。相棒の気配を確かめる。だが、さっきの”声”が頭から離れない。それでも。

「相棒、いくぞ」

〈……また、無茶するんだね〉

 聞き慣れた声はいつもより遠くに感じる。だが、確かにそこにいる。


 チエが魔力を纏う。濃密な気配が空間を満たす。

「いいかい。あいつは吸う。だから放つな。纏え。そして――」

 ニヤリと笑う。

「今日の晩飯は蛇の姿焼きだよ」

 

 一つ目の首が、再びこちらへ向いた。長い舌がチロチロと動いている。

 大口が、ゆっくりと開く。


――来る。

 クリトは、踏み出そうとして――動けなかった。理屈じゃない。本能が、拒絶している。


“あれは、戦っていい相手じゃない”


それでも。


「……やるしか、ねぇだろ」


声が震える。

 ガシャン、と鎖が鳴った。

 空間が歪む。

 チエの魔力は、その場に漂い密度を更に上げていく。

 それに釣られるように八組の瞳が、一斉にこちらを見た。

 その瞬間、空気が”潰れた”。


「――っ!」


 クリトの身体が、勝手に後ろへ跳ぶ。思考のはるか手前、本能が逃げろと叫んでいた。しかし、足場の感覚が曖昧だ。重さがない。距離感が狂う。


〈クリト!右!〉

「見えてる!」


 左から来た(あご)を潜り、死角である右側から来た頭をめがけて振り抜く。相棒の刃が、急所である目玉を捉えた――はずだった。


「浅いのか……!」


 刃の軌道だけなら確かに”斬った”。だが、届いていない。


 考える間もなく、別の首が横から薙ぐ。


「くっ!」


 体をひねり、かろうじて避ける。風圧だけで身体が持っていかれそうになる。


 ――重く、速く、そして、おかしい。


〈これ……普通の生き物じゃない!〉

「だろうな!」


 吐き捨てるように言いながら、クリトは一度間合いを取る。

 その背後で、チエが静かに立っていた。


「なるほどねぇ……」


 声は、やけに落ち着いている。


「“喰ってる”ね、あれ」


「見りゃ――」

「違う、クリト」


 チエの声が、わずかに鋭くなる。


「あれは、“喰う”と言う存在だ。」


「……は?」


 その間に、また離れた鎖が鳴る。ガシャン、と。

 八岐大蛇の別の首が、裂け目の残滓に噛みついていた。

 ごしゃり、と耳障りな音を立てる。

 また少し空間が削れた。


「……っ、やっぱりか」


 チエの目が細くなる。


「意味わかんねぇ。ありえないだろう……!」


〈クリト、あれ……食べた首は、他の首より強くなってる〉


「……勘違いにしとけ。」


 確かに、気配が僅かに増している。喰うたびに、肥大する。成長する。

 ――止まらない。


「最高に最悪さね」


 チエが呆れたように小さく笑う。


「赤いのも、青いのも呼べやしない。他の魔道具もほとんど機能しない。――時間をかけたら勝ち目はなくなる。短期決戦だ。」


「簡単に言ってくれる……!」

「簡単さ」


 チエは一歩、前に出た。

 その瞬間、空気が変わる。

 先程よりも更に濃密な魔力が、チエを取り巻き、空間を満たす。


 ――重い。

 敵意を向けられていないクリトですら息を詰めるほどの圧。長い付き合いでも見たことがなかった。


「クリト」


 その声は、静かだった。


「あんたは”斬れ”」


「……また簡単に言ってくれる」


「お前は、頭が悪いんだからごちゃごちゃ考えるな。

シンプルに考えろ。

――“斬る”それだけさね」


 クリトは眉根をよせる。斬っているのに、斬れていない。触れているのに、届いていない。


 ――ズレている。


「この空間ごと、あれは”定まりきっていない”。だからこそ、今なら、割り込めるはずだ。」


 チエの指先から、魔法陣が走る。幾重にも重なり、回転し組み上がる。


「――あたしが”固定する”」

「は?」

「その間に、あんたがぶった斬りな」


 相変わらず、無茶を軽く言ってくれる。だが、チエ側の無茶も見えてきている。


「おい、そんなこと――」

「出来るさね」


 チエは笑った。


「あたしを誰だと思ってるのさ?」


 その笑みは、見慣れたむかつく顔でクリトはストンと安心できた。


「あたしは万能の魔女。

 舐めるのも、……いい加減にしてもらおうか!」


 チエが啖呵を切り、魔力が爆ぜる。

 空間が軋む。


 八岐大蛇の一つ目の首が吠えた。


 音ではない。意味の塊のような咆哮(ほうこう)が、直接頭に叩き込まれる。


「――っ!」


 クリトの意識が揺らぐ。


 ――おまえは弱い。

 ――おまえは餌だ。


 再び、あの声が一方的にクリトを塗りつぶしてくる。


「……違う!」

 クリトが吐き捨てるかの様に吠えるが、その一歩に迷いが出る。


「止まるな!!受け入れるな!あんたが何かは――あんたが決めな!」

 チエの怒声が届く。


 歯を食いしばりブレた焦点を引き締める。相棒を握る手に力を込める。


 ――おまえも、そいつも、ただの餌だ。


「俺は……!」


 その一言だけは許せなかった。


「俺は、守るって決めた者だ!!」


 次の一歩に迷いは無かった。

 同時に、チエの魔法陣が収束する。


「――黙んな、爬虫類風情が。」


 閃光が場を満たし、世界が、一瞬だけ”止まった”。

 八岐大蛇の動きが、鈍る。

 完全ではない。だが、確かに縛った。

 チエ自身が歪に歪む。それでも魔力を高めつづける。

「っは!存外……大した、こと、ないんだねぇ!!」

 チエは、雄叫びを上げる。

 それに呼応するかのように、クリトはソレに、肉薄する。


「うぉぉぉぉ!!」


 クリトが振り抜く。さっきまでの感触とは違う。

 ――“届いた”。


 手応えがある。確かな”存在”を捉えた感覚。首の一つが、斬り裂かれる。

 遅れて、血が――いや、“何か”が飛び散る。


 だが。


「……浅い!」


 斬れはしたが、断ててはいない。

 次の瞬間、固定が軋む。チエの魔法陣に、亀裂が走る。

 更に最悪なことに、裂いたはずの傷がみるみる塞がって行く。


「ちっ……!」

「ばあちゃん!」

「まださね!」


 チエがさらに魔力を絞り出す。その顔に余裕はない。

 それなのに固定化が不意に崩れる。


「こいつ――これまで喰えるのか……!」


 “固定”が、術式と言う”概念”ごと喰われている。さすがにチエも焦りを隠せない。


「クリト!次で決めな!」


 クリトは息を吸う。視界の端で、別の首が動く。

 時間がない。足りない。


 力が――、クリト自身が届いていない。焦りが浮かびそうな、そのとき。


〈……クリト〉

 相棒の声が、静かに響く。


〈やるよ、無茶〉

「は?」


 次の瞬間。

 相棒との繋がりにノイズが混ざる。

 剣の重みが無くなり、纏わせている魔力が変質する。


「おい、何を――」


〈――信じて〉

〈“斬れる”になる〉


 それを最後に、相棒の意思が、理解の外に持って行かれた。

 クリトは、息を呑む。

 そこには一筋の細い、細い未来の太刀筋。それ以外は止まって見える。そして――笑った。いつもの皮肉気な雰囲気で。


「……上等だ」


 何万回と繰り返したように、静かに。踏み込む。そして、いつもの様に相棒と舞う。

 今の自分の全てを乗せて、振り抜く。それは、クリトの中で最高に綺麗な太刀筋だった。


 ――“斬れた”。


 それは肉ではない。

 存在でもない。


 ――斬れたのは”繋がり”だ。


 八岐大蛇の一つの首が、今度は音もなく崩れ落ちた。

 クリトの残心とチエの荒い息遣いだけが響くなか、残りの七つの首が、ゆっくりとこちらを向いた。

 その様は首の一つを落とされてなお、相手を脅威と認めていない。捕食者の傲慢さをありありと見せつけていた。

 そして、その落ちた首は、他の首が食い漁る。直後、ズボっと音がし、最初の首が生えてきた(・・・・・)

 再び揃った八岐大蛇は、より美味そうな魔力を激らせているチエを舐るように見下ろす。

 切り落としても、喰われたら一瞬で再生する。その程度の絶望は、2人にとってはもはや大した意味はなかった。


「ばあちゃん、あと5秒くれ」


 チエは無言で魔力を派手に練り上げる。

 

 チエは自らを囮にすることで、最後の5秒を捻り出すつもりだった。


 クリトは静かに集中をしている。自らの魔力を剣先にかき集め、纏め、束ね、捩じり、尖らす。

 先程の一閃の様に、潜み、気配を薄め、しかし極限の集中を行いながら一瞬の隙を伺う。

 ――俺の剣なら、確実に届く。


 七本の首は思惑通りにチエを睨む。まだまだ満たされていない空腹感は、本能のままに動くことを求めている。

 そして、固定の隙間を、理の緩みを強引に割り込み、複数の意思が我先にとチエを目指す。

 それでもこの埒外の魔女は首から下の自由を許さない。八岐大蛇は、比較的に動かせる頭を相対的に小さすぎる的へと詰めた。すると首と縛る鎖同士が絡み、一瞬八岐大蛇が不快そうに鎖を見下ろす。

 瞬間、クリトが矢のように切り込んでいった。狙うは、首の分かれ目の下のあたりの僅かに光沢の違う、一枚の鱗――“逆鱗”。

 首達も気づくも、自らの巨体が邪魔をして間に合わない。

 あと一足半まで距離を詰めた際、ふいにクリトと逆鱗の間を鈍色が阻む。

 鎖だ、と認識をするも構わずそれごと貫けと一気に踏み込み、相棒を振り抜いた。

 ギンと硬質な音が響き、クリトの周りがキラキラと輝く。その輝きは砕けたクリトの相棒だった。

 神話の化け物を封じる鎖は、軽くひび割れた跡を見せるも堅牢性を誇示するかのようにジャラリと音を出す。呆然と柄を見つめるクリトに八岐大蛇は大木を思わせる尾を振り下ろす。


 存外に軽い衝撃だったな、とぼんやり思いながら跳ね飛ばされるクリトは、傍らで同じく跳ねるチエを見て愕然とする。

 チエに庇われた事も、クリトの代わりに直撃を受けたであろうチエの右側の手は吹き飛び、足もひしゃげている事よりも。

 そんなこともよりも歳の割に美しかった白髪まじりの黒髪も、焼けた肌も、纏っていた衣服も――すべてが色を失い、ぼんやりとした輪郭となっていた。


 弾き転がったクリトよりボロボロのチエは、それでもクリトの前に立ちはだかり睨みをきかせた。

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