裏側に潜む者
真っ暗な空間に窓のような、鏡のようなモノがいくつか漂っている。
その枠の中には、色々なモノが映っている。
「皆、全て我に従うのだ!」
そんな景色の中で唯一の存在であり、性悪な笑顔で鏡のひとつを覗きながら吼えているのはラウドの姉ティアであった。
「そこは、本来は我が居るべき場所なのだ!
我こそが、全て統べる存在なのだ!
我こそが、称賛され、崇められ、称えられる存在なのだ!」
「ティアお嬢様のお声で、お身体で醜い事を言うな。下種が」
誰も居ない、来られないはずの空間だった。
そこには、誰よりも早く駆けつけた、一人の守護騎士が居た。
「ほう。ククク。
これはこれは。歓迎せねばな」
ティアはニタリと笑いながらその少女に視線を這わせる。
「ようこそいらっしゃい」
そう言って、先ほどとは違い朗らかな笑顔を向ける。
「久々に、あなたの淹れた紅茶が飲みたいわ。
お願いできるかしら?
ライム。」
何度も見た、親しく尊敬をしていた美しい姫の笑顔であった。
――だが、それがライムの逆鱗に触れた
「お嬢様を……ティア様を愚弄するなぁ!!」
ライムはティアの幼少の頃からずっと侍女として傍に控えて居た。ずっと一緒だった。
ライムから見たティアは努力家で、泣き虫で、イチゴが好きで、茄子がちょっと苦手。優しい性格も難となり武術はもちろん、魔術も苦手だったけど、ダンスがとてもお上手だった。政務も積極的になされて、万能の魔女に触発されて、庶民の教育機関の設立を成し遂げられた。
“自分はいずれ聖女として神に捧げられ、このグランタイズ王国の礎の一部になる。”
そう言って少し寂し気な笑顔をしていた。
そんなティアはライムにとって、仕える主であり、誇りであり、ある意味で妹のような存在でもあった。
そのティアは神どころか醜悪な悪魔のようなモノに、グランタイズ王国に害を成すモノに捧げられていた。
これ以上穢れさせない。
意思なき化け物なら、まだよかったかもしれない。だが、こいつはティアに完璧な擬態ができるほど、ヒトを理解している。
こいつだけは許さない。絶対に!
首をこてんと可愛らしく倒し、きょとんとした顔のティアに向けて、ライムは超攻撃的な構築陣を組み上げる。
ライムはそもそも守備隊に属しており、インドア派のティアに付いていたのも、攻撃より弱体化デバフや回復を得意としていたからだ。そして、お側控えという事で、いざという時のために、瞬間的に魔術を強化出来る魔道具を預けられていた。
そんなライムが組む攻撃的な魔術は、弱体化の極意ともいえる衰弱化。魔力だろうが、体力だろうが、生命力だろうが、あらゆる力を希薄化させ動きを奪い死滅へと誘う。眠らせたり、麻痺させたりとは次元が違う、正真正銘の――灰塵の魔術。
「ライム、勘違いしてないかしら?」
ちょこんと指を顎に当てて、構築陣を見上げる。
「この”身体は”本物よ?ちゃあんと”中身”も入っているのよ?
ラウドが魔力を受け入れてくれなかったから、魂とのつながりが切れなくて。なかなか保っているのよね」
ティアの顔が醜悪に歪む。
「まあ、確かにこの小娘に身体を返すつもりなぞ、我には無いがな。
今までの聖女は王子に魔力を与えた時点で、存在が不安定化するのかの?興味などないが、すぐに肉体の崩壊が始まってしまっての」
ティアの表情に合わせて口調や雰囲気にもティアらしく無い何かが混ざり始める。
そして、ティアの言葉に動揺したライムは怒り一色だった目に迷いが生じる。
それを見たティアが、再び見慣れた笑顔をつくる。
「あなたもどうせ壊すつもりなら、いいわよね?」
そう言うと、今度は冷たい笑みを浮かべた。そして鏡へ拳を叩きつける。
鏡は砕け、ティアの繊細な手からも血が滴る。そして、割れた破片を素手で掴み上げ、赤く染まったそれをライムにニヤニヤと見せつける。
「止めなさい!
姫様の身体をそれ以上傷つけないで!」
「あらあら、そんな物騒な魔術を向けているのに?
それを放てば、こんなガラス片なんかで付ける傷なんか誤差みたいなモノよ?」
細い腕に赤い筋が走る。
ティアはもう醜悪さは隠そうともして居ない。
「それに、この身体が壊れても、我はまるで困らないがの。
ここはそもそも、我という存在を固定化させるための場所。久々に手に入ったこの身体はなかなかに丈夫での。珍しくて使ってみてるだけなのじゃ」
ヘラヘラと笑い、ライムへガラス片を見せつける。
「やめて……お願い……」
――それ以外、ライムには何も言えなかった。
霧散した構築式と中途半端に発動したために砕けた魔道具。
ライムは、思わず目を背ける。元々、ティアと共に深窓の令嬢だったこともあり闇雲に傷が入り血を滴らせるティアを直視できるほど強い性格ではなかった。
唯一の強硬策はすでにない。気が付いたときは黒い靄がライムの周りを囲んでいた。
「だから、言ったろ? 荒事はこちらに任せてくれって」
――ビリっと世界が揺れる。写るだけのはずの鏡像が僅かに歪む。
そして、暗闇から一人の男が、当然のように歩いて来た。
右手の白く輝く剣は、異常な存在感と息遣いを感じる。そして、左手にさげた瓶には、チャプチャプと何かの液体が入っている。
その男は、場違いなほど自然に、ライムへ近づいていく。
「……さっきから何者だ?
それに……その覇気。その神器の如き剣。
そもそも、貴様はヒトなのか?」
「どうも。姫さん。
俺はクリト。貴様を狩りに来た――ただのモブさ」
視線も合わせずにそう男が答える。そのまま何気ない感じで剣を振り下ろした。
すると、その軽い一閃でライムに迫っていた靄が一掃される。
「古の七惺の……いや違うな。あいつらの類縁とは思えない。
その剣や服を見るに城の正規兵でもない。
冒険者も傭兵も有名どころはこの城にいるモノどもはすべて把握しているが……。
貴様はただのザコではなさそうだな」
そう呟き、ティアが目を細めると、靄が先鋭化し、矢のようにクリトへ向かっていく。
「『満たされるまで 飽きるまで 隔絶されし世界を抱け 万寿宝來』」
すでに準備をしていた魔法を放ち、空間結界でライムごと囲い込む。
「姫さんの無事は約束できない。
それは、殿下の領分だ」
「いえ、私の覚悟が足りなかっただけですので。
本来ならグランタイズに類する私たちで始末すべきことです。
お手を煩わせてしまい申し訳ありません」
短く言葉を交わすとクリトは結界から出てくる。
「本当に貴様は何者だ?
その術式はおそらく異界への隔離。結界などという緩いモノではない。
貴様のようなモノが出てくるから、ヒトの世界も侮れぬ。
まぁ、国盗りの余興として、我が直々に相手をしてやろう」
それを聞いたクリトはブフっと噴き出して、笑い出した。
「お前、それ三下のセリフだぞ?中途半端に粋がって、物語とかだと間違いなくかませ犬のポジだぜ。
まぁ、“今の俺”の相手になっている以上、貴様は間違いなくその他大勢の一部だな」
「ククク。何を言うかと思えば。
我は歴代の王を影から支配し、数々の聖女を取り込ん っ!」
ティアが悠々と口上を述べて悦に入ろうかという隙に、クリトはすでに地を這うような低姿勢で一気に間合いを詰めてきていた。それに気が付き、瞬間的に移動したティアは忌々し気にクリトを見下ろす。
「ずいぶんと不躾なモノよの。
――品のカケラもない」
そういいながらティアは手指による印で補助をしながら構築陣を作りあげた。
「『宣誓:迸れ』」
そして最後に求める魔術を最短の詠唱で結んだ。
空間に漂う鏡はいつのまにか三十枚以上に増え、そこから一斉にクリトを目指して光線が降り注ぐ。
光線群が逃げ場を奪うかのように襲ってくる。反撃の余地などない。クリトは――ただ走り抜けた。
そこから十分に離れ、見下ろしているティアは、甚振るような視線をクリトに向けている。
「いい加減、うぜぇ」
ぼそりとクリトが呟き、足を不意に止めた。そして迫ってきた光線を真っ向から切りつけた。まるで時雨のように多方面から光線が降り注ぐが、その場で舞うかのように剣線を閃かせると、光線は剣に触れるたびにまるで実態があったかのようにキラキラと砕けていった。
光を斬り裂き、砕き、煌めかせる。
その姿は――
まるで、一枚の絵画のようだった。
読んでいただきありがとうございます
次回嘘予告
煌めきに魅力されていく。
「こっちに目線ください」
君はどっからか沸いたカメラ小僧に戦慄する。




