誘拐は計画的に。
時は少し遡る――
「だから、ダメだって!」
もっとも声を荒げているのはその中の一人だけだったが。
〈そうは言っても、これは確実じゃぞ?〉
無表情で白いシャツに黒いパンツの女は口を動かさない。――だが、彼らには直接届く。精霊言語で語っているからだ。
「だけど、万が一空間の先に異物があったら、それに挟まれて大けがなんでしょ?!」
〈そうじゃな。
肉体が持たない可能性が高いからの。
挟まった部位は吹き飛ぶであろうな。胸だろうと、腹だろうと、頭だろうと。〉
「なら、だめでしょ!」
〈大丈夫じゃ。我らが目指すのは危機に陥っている者の救出。
ヒトがいられる空間のすぐ近くなら、おそらく周りにもなにもないじゃろ。〉
「いやいやいや!洞窟とか、森の奥とか!
割と色々ある場所でのピンチって多いよ?!」
茶色の髪の華奢な旅人が吠える。まあ、自分の命がかかっているのだから、当然といえば当然である。
「だから、転移による移動は絶対禁止!恋が成就したのに死にたくない!」
(※最近やっと長年の片思いが成就した)
〈だが、歩いているだけでは、なかなか救える危機に出会うことはほぼないのではないか?
この国も含め、最近は割と安定しているしの。〉
彼女の言い分はもっともであった。ダンジョンや竜の聖域などの特殊なところを除けば、少なくともこの国も、周りの諸国も平和なのだ。
魔物も町の近辺では、騎士団や冒険者ギルドにより、B級程度の魔物は見つけ次第殲滅している。一般人が普通に生活できているエリアにそう頻繁に命の危険になるような場面には出くわさない。もっとも、出くわしたら、基本的に即終了であるが。
つまり、無計画に歩き回ってもピンチな人に遭遇する確率は、落下してきた流れ星が歩いている幼女のポケットにふんわりと入るくらいの確率なのである。
〈まあ、仕方ないの。
なら、時間はかかるが、別の手段で集めるしかないかの。〉
「別の手段?どんなのよ?」
〈うむ。
魔力集め、もとい、魔物を狩る分には気配を追えばよいし、ダンジョンに潜ってもよいし、方法は多々あろうよ。
問題は、感情を集めるほうよの。
――価値ある感情でないと、意味なぞないからの。〉
そう言うと、白黒女はすらりと剣を抜き、虚空を切りつけた。すると、黒く裂けたような空間が生じた。
残りの二人が身構える間もなく、女が片手を突っ込み……何かを引きずり出した。
その手には、やけに身なりのいい、軽く涙目の男の子がぶら下がっていた。
〈ほれ。助けたぞ。
これで感謝の感情は稼いでいくかの〉
「違う、そうじゃないよ。あー、サナ、どうすんのよ、
この子。帰す、にしてもどうしよう。
元の場所から逃した結果がこれなんだよね?」
そうして、先ほどの物語へと合流していく。
▽ ▽ ▽
ラウドは、白黒女の幸せ、という言葉に反応し、少しだけ、落ち着きを取り戻す。
「ま、待て。あの……」
「ん?どうしたの?」
「こ、ここは、どこなのだ?」
「ここは、ダグラス湖畔。私達は次は、やっぱり商都アバルトがいいと思うの。やっぱり流行のチェックはしないとね。流行といえば、最近話題のあの本もやっぱり手にしたいわ。内容はわかるけど、やっぱり本物がいいのよ。本物と言えば」
「……王都には行かないのだ?」
「んー、その内に行くつもりだけど、やっぱりラウドくんは王都に行きたいの?」
「あの、早く王都に帰りたいのだ。それで、あのおばさ「お姉さん」
「え?」
「サナお姉さんはね、やっぱり素直な子が好きだな。ラウドくんはトマト好きかな?今日はトマト祭りかな?」
凄みのある笑顔を向けられて、ラウドはタジタジになる。
「と、トマトはまだいいのだ。サナねえさま」
「……まあ、その見た目は、若いからいいと思うけどね」
茶髪の男が苦笑いをしながら野営の準備を進めている。
どうやら石をくみ上げ簡易竈を作っているようだ。さっき雉がどうのと言っていたし、丸焼きでもつくるのであろうか。サナと二人で手際よく料理を進めている。
ラウドは幼年とはいえ、父の影響もあり既にケイトに連れられ何度も狩りには出ている。野営も経験済みではあったが、それでも普段は豪奢な天幕でのこと。大勢の護衛に囲まれていたのが常だった。それが、ここにはラウドは入れても四人しかいない。
「ところで、そろそろ太陽が沈むのだ。寝床はどうするのだ?」
「ここで寝るんだよ。男の子とはいえ、お貴族様にはきついかな?
あー……お名前はなんていうの?」
そういった茶髪男の目線の先には焚火を中心に平らな地面が見えている。
「む!バカにするな!ラウドは立派な男子だぞ!一人で寝るのもぜんぜん寂しくないのだ!」
「ラウドくんって言うのね。
……やばい。思ったより箱入りだ。
はぁ、どうするのよ、マジで」
「あらあら。やっぱり、元気なのが一番ね。やっぱり料理頑張らないとね。ユーナ、これの味見をしてくれないかしら?」
サナが茶髪男にユーナと呼び掛け、スープの味見をお願いしている。
「お前はユーナというのか。
女みたいな名前だな。足もほそいし。弱そうだな」
「……は?今、なんていった?誰に向かっていったの?」
胡乱げな目でラウドは睨まれた。
「お前はユーナという名前じゃないのか?今サナおば……サナねえさまが呼ん――」
「よーし、わかった。いや、わからせる。いい?私は女の子。花も恥じらう17歳の乙女よ?」
「なんだ、女だったのか。ドレスを着ていないからわからなかったのだ。そういえばケイトも狩りの時はそんな格好だったかもな」
「うん、まあ、わかればいいの。私は思いっきり平民だし、髪の毛もこんなになっちゃっているしね。
言葉使いとか服装とか、お貴族様とは色々違うと思うけど、とりあえず仲良くしてくれるとうれしいな」
再び優しげな表情のユーナにラウドはホッとする。
「もちろんなのだ。ユーナは女子なのに強そうだな。
その右腕もかっこいいぞ!
料理もさっきからいい匂いなのだ!」
……怒らせてはいけない、という最重要ポイントは、ラウドはわざわざ口にしないのだ。
「あぁ、これはね、実はトーマっていう精霊が住んでいるのよ」
そういってユーナはガントレットを撫でる。すると、ほのかに赤く光りだし、柔らかな温かさが周囲に広がった。
「凄いのだ!精霊使いは、ケイト以外で初めて見たのだ!ユーナは凄いのだな!よく見れば、顔もきれいなのだ!」
ユーナが上機嫌になったことも手伝いラウドは少し余裕が出てきたので改めて周りを観察する。
ここは湖のほとりだ。それなりに開けてはいる。少し離れたところに小さな滝があるようで、水音がしている。街道沿いではあるようで簡単な馬車なら通れそうな道が見える。
だが、やはり周りには町の気配はない。魔物の気配なんかはラウドにはわからないが、とりあえず安全なように思われた。そしてまわりにいるのはラウド以外にユーナとサナの二人……ではなく、三人。
どうしても、あと一人を忘れてしまう。
ラウドはそう感じて、改めて三人を観察した。
まずサナねえさま。
いまは手際よくパンを温めながら、スープに色々なスパイスを入れている。おかげであたりにはいい匂いが漂っている。
服装は黒いパンツに白いシャツ。赤い腰巻き。首からは、鮮やかな赤い紐で、黒く小さく艶々な石板のようなモノをさげている。
おっぱい大きい。
背はケイトよりも低いが顔も整っており、黒いきれいな髪が後ろで一つに縛られて揺れている。最初に見たときは無表情に見えたが、今はとても和やかな表情をして、ユーナに話しかけている。料理中にもかかわらず、当たり前のように黒い剣を腰に付けている。それ以外は、防具の籠手すらつけておらず、見慣れた騎士団と比べて非常に軽装に思える。
軽装といえば、奥で地面に落書きをしている男もほとんど防具をつけていない。服装は緑のパンツに地味なカーキ色のシャツ。青みのある黒髪の短髪だ。腰にポーチをつけ、手に持った杖でゴリゴリと地面に何かを書いている。指輪と腕輪もつけているが、それが何らかの魔道具なのか時々何かをとりだしている。
落書きだろうか。それなりに整った図形のようでもある。あれほど器用なら野営を手伝えばいいのに。
暇なのだろうか。
妙に存在感の薄いそいつは、顔はよく見えないが、近衛騎士団でも見劣りしない程度に締まったいい体躯をしている。
だが、その動きは、どこか鈍くさく、力任せにも見える。もっとも、ラウドにはそこまでは推し量ることはできない。
そしてさっきから上機嫌で鍋をかき回したり、竈の火加減を見たりしているユーナ。
旅用の軽装とはいえ、要所だけを守る実戦的な装備だ。しっかりとしたつくりの赤いブーツ。すらりと細い足にフィットしている白いパンツ。かなり短めに揃えられた茶色い髪の毛に、小さな頭。少女と知ってみると、確かに女の子にしか見えない風貌。シャツは旅に合う茶色系もので、緑のベルトと合わせて、ラウドからみても好感の持てる服装だ。
ただ、そのユーナの右腕はいささかゴツい造りのガントレットをつけている。黒と緑と銀で出来たそれは飾り気がなく、だが、複雑な文様が描かれていた。
そして、靴に合わせた赤い皮製の胸当て。
ラウドはそこでやっとさっきから引っかかっていた違和感に気が付いた。
「ユーナはお胸がぺたんこなのだな!」
「あ゛ぁ?」
空気が凍りつく。
ラウドは特大の地雷を踏みぬいてしまったことに、まだ気づいていない。
読んでいただきありがとうございます
次回嘘予告
王国で大募集中
「急募:地雷処理職人」
そこのあなた!才能ありそうですよ?




