草薙の剣
ガギンと、重い金属音が響く。サナは表情も変えずに、執拗な突進を太刀で受け流していた。
黒骨騎馬の攻撃は単調である。だが、その速度は尋常ではない。しかも、番になりかけていたトーマの身体を切り離され、激高した黒骨騎馬は、足に魔力を纏わせ空をも駆けている。
他方、サナは最初の落下で左腕がまともに動かなくなっている。
当初は避けていた攻撃も、四度目の突撃時に黒骨騎馬が鎧の形状を変形させるという不意打ちにより、読み誤り跳ね飛ばされてから後手後手に回ってしまっている。
サナが達人の剣士であったとしてもこの重量差を捌き切ることはできず、少しずつでも確実に毀傷を蓄積させられてきた。
すでに避けるだけの体力はない。受け流すのが唯一できることになってしまっていた。肩で息をし、それでも、眼光の鋭さは変わらない。
右側から来た突進を太刀を盾になんとかやり過ごすも、通り過ぎざまに黒骨騎馬が跳ね上げた拳大の礫がサナの背中を直撃した。不意の一撃により限界近くの身体がふらつき、ついに焦点がぼやけてしまう。
瞬きにも満たないその隙であったが、それを黒骨騎馬は見逃さずに突っ込んでいく。
「サナ!」
珍しく張った声を出したクリトはやや小ぶりな瓶を両手に一本ずつ抱えている。そんなクリトは眼中にないとばかり、黒骨騎馬はサナを跳ね飛ばした。
吹き飛んだサナはそれでも衝突の瞬間にわずかに体をひねることで、直撃を避け、向かう方向にわざと跳ね飛ばされていた。クリトも駆け出し、地面を弾みながら転がるサナに追いつくと、右手の瓶の中身を周囲にばらまき、左手の瓶の中身を一口含んだ。
口の中でその酒に魔力を込め、吹き散らすと詠唱を開始する。
「『満たされるまで 飽きるまで 隔絶されし世界を抱け ――万寿宝來』」
一気に広がった立体魔法陣が弾け、二人を包むかのような丸い球体の薄膜が形成された直後、黒骨騎馬が突っ込んできた。――が、そのまま素通りしていった。
その薄膜の中は、この世に隣接する此処に非ざる世界。
薄膜の中と外は互いに干渉できないという、一つ目の奥の手としてチエが仕込んでいた絶対防御の魔術であった。
黒骨騎馬が何度もアタックを繰り返すも、薄膜の中にはそよ風一つ立っていなかった。
クリトは嘆息しながらサナに向かい合う。
「おいおい、ずいぶんボロボロだな。お子様の食べかけミルフィーユみたいだぞ?
だが、いけるよな? 相棒」
ボロボロの姿で転がっているサナは無表情のまま見上げると、右手に握っていた剣をクルリと回し、クリトに差し出した。
「飲まれるなよ?
チセ、身体のほうよろしくな」
〈クリトこそ、飲まれるでないぞ?〉
黒い片刃剣を受け取った瞬間、サナの目の光が消えた。
そして、首から外した黒い石板の様なものをサナの右手に握らせると、急にサナの表情が変わる。
「大丈夫よ、私にまかせてね。
今回もきっと何とかなるわ」
クリトは魔札と荷物を置き、剣に向き直る。
残っていた酒を太刀にかける。
「『凍れる刻 空虚なる炎熱 混濁たる絶望 ――すべてを屠れ 宣誓:汝は草薙の剣』」
クリトの握る太刀が静かに鳴動する。
……さぁ、飯の時間だ!




