届け
「見てきたのよ!ずっと、側で!!」
誰よりもトーマを見てきたからわかる。
鎌鼬は見えなくとも、それをトーマが身につける為の特訓はずっと見てきたのだ。
トーマの鎌鼬は、軌跡を連続では重ねられず、基本的に左へ曲がる。さらに五発を超えて連続で打とうとすると、暴発する場合が多い。……後、二発!
四発目が左手をかすめ、五発目を右に回り込み避けると同時に、亜死導師の左手が砕け散った。
同時に亜死導師の展開していた幾つかの魔法陣も霧散した。魔術のバックファイアは詠唱代わりに印を結んでいた左手に集中し、合わせて構築中の術式が破棄されたのだ。
天才と呼ばれた男の身体に、運動神経がちょっといい一般人でしかないユーナがあと数歩まで詰め寄った。
「これで、終わりだ!」
一気に跳躍し、必殺の意思で剣を突き出し、たしかに亜死導師の眉間を捉えた。
しかし、そのまま剣先がすり抜けていく。ユーナは風に舞うアイスダストに反射した虚像を突いてしまっていた。
僅か半歩隣にいた亜死導師は下卑た笑みを浮かべ砕けた左手から伸びた靄でユーナの右腕を掴んだ。
瞬間、ユーナの右腕から光が漏れ出し、吸われていく。それを見て、ユーナはとっさに右手で、亜死導師の左腕を掴み返した。
「捕まえた、ぞ。……ギラ、マギ、お願いっ!」
全力全量の魔力を込め、左手で握られたその細剣が目指したのは、緑玉の杖を掴む右手の手首。
半身に構えて体の奥で掲げられていたそこは、動けない亜死導師にとってはもはや避けられない位置だった。
剣先が手首に届く直前、悪あがきの黒い靄がそれを阻んだ。対するは、白く輝く剣先。――極小の部位を極限まで加熱した炎が齎す輝き。
黒い靄をギィーっと金属が軋むような高音を立てゆっくりだが確実に蒸発させ、細剣を押し込んでいく。変換効率が悪いとは言え、炎帝をも呼び出せるギラの全力なのだ。それも極点に集中されたその炎獄を阻める力は亜死導師は持ち合わせていなかった。
「届けぇ!」
だが、亜死導師にはユーナを止める手は、まだあった。
ユーナから吸い上げた生命力で再生された左手は再び印を結び、ユーナへ向かう氷の槍を生成した。それがユーナの背中を突き刺す寸前、炎が溢れ氷の槍を弾き溶かした。
その炎は緑玉から噴き上がっていた。
ユーナを守ると、湧き出していた金の輝きは急激に弱まり、緑玉にいく筋かのヒビが走る。それでもまだ、亜死導師は杖を離さない。
「トーマを離せぇ!」
ユーナは右腕が腐り落ちるのも構わず、更に剣を押し込む。もはや剣術もなにもない、ふらつく足を意地で踏ん張り、ただ、強引に押し込んでいく。
まだ届かないのか、あと少しなのに。
早くしないとトーマが消えちゃう。
「悪りぃ、手間取った」
亜死導師を炎が包み込んだ。それと共にうざい男がいつの間にか側に来ていた。
クリトは魔札をばらまくことで、ユーナの魔力と体力を満たし、亜死導師を囲む炎の火力も上げていく。
「ああああああ!!」
獣のように吠えたユーナはついに切っ先を手首に届かせ杖を握った手を焼き切った。
杖がゆっくりと亜死導師から離れ落ちていく。と同時にユーナの剣も溶け落ちる。限界をすでに超えていた体もがっくりと崩れ膝をつき、肩で息をする。
それでも、ユーナは緑玉の杖から目を離さない。
クリトは亜死導師の手から離れた杖が地面に落ちる前にそれを拾い上げ、地面を踏み込み陣を描き出すと、間髪をおかず術を発動させた。
すると、亜死導師に纏わりついていた炎が白く輝く炎に変わり、亜死導師に纏わりつく靄を溶かすかのように一気に燃やして浄化していく。
そして靄を燃やし尽くした白い炎は地面に描かれている構築陣をなぞる様に広がっていく。
「トーマ、トーマ!返事をして!」
緑玉の杖に這いよりながら、必死で声をかけていく。
「まだ緑玉の中に魂は残ってる。
ギリギリだがな。
んで、結界を張ったから、絶対動かすな。
――あとは任せろ」
緑玉からはもう光は漏れていない。あちこちひび割れて、ボロボロになっている。それでも、ほのかに温かいそれからは、確かにトーマを感じられた。
「トーマ……」
緑玉を抱きしめたユーナは、涙を溢れさせながら、意識を手放した。
トーマと離れてから今まで終ぞ流れていなかった涙を受けて、緑玉は静かにユーナによりそっていた。




