届かない左手と、偽物の笑顔
翌朝、剣をクリトに渡しているため、ユーナは弓で鳥を狩りに出た。
川での釣りは、あの日を思い出してどうしても気が向かない。
もっとも、居候が食材を街から大量に買い込んできているし、そもそもサナが山で色々獣や魔獣を狩ってくるので、食料的には成果ゼロでも問題ないのだが。
それでもじっとしていられなくて獲物を求め見渡せば、山の中には、トーマとの痕跡があちらこちらに残っている。
感傷に浸りながら目を反対側に逸らすと、すぐ後ろにサナが立っていた。
「うわ!いつからいたのよ。びっくりするじゃない。
――あんた気配なさすぎよ」
「斬れる?」
サナは相変わらず、無表情で、不愛想。
「何を斬るっていっても今剣持ってないし」
「トーマの」
瞬間、一気に頭に血が上る。
「トーマは私が守る。トーマを殺すつもりなら、あんたの大事なクリトを絶対に殺す。――絶対にこれ以上トーマを傷つけさせない」
「守る」
「そりゃ、私より、アンタは強いでしょうよ。
――けど、私は、手段なんか選んであげない」
「トーマに。次はあなたの」
「……話にならない」
ユーナはサナを置いて一人で森を進んでいった。
戸惑ったようにユーナへと伸ばされたサナの左手は、どこにも向かえなかった。
太陽も真上に来た頃、ユーナは泉に来ていた。
水面に映る自分を見て、ふと、昔を思い出す。
三年くらい前だったか、水浴びをしていたら、トーマに見られて。けど、トーマは全然慌てずに「タオルここに置きますよ」って微笑まれて、乙女の尊厳を二重の意味でボロボロにされた思い出の場所だ。
今でも鮮明に覚えているが、今のユーナは腹も立たないし、懐かしくも、なんとも感じなかった。
「あれからだな、師匠って呼び始めたの。
娘あつかいされるのが嫌で、ぜったいに惚れさせてやるって決めたの」
水に手を浸す。
しばらくすると、ガサガサと音を立てて何かが近づいてきた。
矢をつがえたユーナの前に現れたのは、
「あらあら、やっぱりこっちのほうで合ってたのね。
やっと見つけたわ。
ちょっとお邪魔していいかしら」
朗らかに微笑む、サナの姿をした”何か”だった。




