【 Ep.3-025 登城 】
王城へと謁見にあがる日程が決まり、その日までは全員でダンジョンへ行ったり、休日にはそれぞれ修練を積んだり買い物をしたりと過ごしたり、なんだかんだで王城へ上がる日がやってきました。
――ボク達は王城へと上がる日まで、ガラテア大迷宮や王都周辺の依頼を受けては遂行して順調に経験を積み重ね、休みの日にはボクはおっさんに修行を付けてもらったり、他のメンバーもそれぞれ自身の目的に沿った行動をとって充実した日々を過ごした。
チグサはアルフさんに教えを請いつつも庭師の様な事にも手を出してみたり、モーリィは工房街に出掛けては幾つかの工房で鍛冶の腕を試したり、シキとセトは二人で休日でも簡単な依頼を受けたりなどしていたみたいだ。ケントは意外にもおっさんに頼んで打ち込みをしてもらってそれを防ぐというかなり実戦的な稽古を付けて貰う様になり、偶にボクも型の確認も兼ねてケント相手に打ち込みをするという事もするようになった。流石にシオンとリツが新しい魔法を覚えたから協力してといわれ、その結果吐いたりした時はとんでもなく焦ったけど今は少し落ち着いた状況で魔法が使えるようになったらしい。
そんな日々を過ごしているとあっという間に登城する日の前日になった。
アレフさんからは主に城での礼儀作法、特に謁見の間での動きについてレクチャーされた。"面を上げよ"の声が掛かるまでは片膝をついて頭を下げる事や言葉遣い。ペインゴッズのおっさんからは謁見の前における各種注意事項を。別段服装については普段の装備でも問題はないみたい。
曰く、城内でも帯剣は認められてはいるが不用意に抜く事はしないようにと言う点や、謁見の間には玉座のすぐ傍に宰相ゲルトハルト公爵と王国騎士団総団長"剣聖アルマスギリ"が控え、更には近衛騎士団の選りすぐりの十名の騎士が列席しているという。王自身は賢王と称されてはいるが大らかでかつ気さくな人柄であるらしく、ゲルトハルト公爵も別段ハイエルフだからといって選民的思想があるわけでもなくどちらかと言えば物腰の柔らかい人物であるそうだ。
が、アルマスギリをはじめとした近衛騎士達は一挙手一投足その一切合切に睨みを利かせるので想像以上の威圧感を感じるだろうが耐えろとの事だった。間違っても得物を持とうなどとは思うなと、その瞬間に首が飛ぶぞと真顔で言われ、流石にそこまでの剣幕で言われると背筋に冷たいものが流れた。
諸注意の後は謁見の間での大まかな流れを説明され、基本的にやり取りはおっさんが主導してやってくれるとの事なのでその辺りの不安は解消された。コンシューマーゲームなどで王様との謁見イベントとかは定番中の定番だけど、いざ生身でそれをするとなると緊張感は比較にもならない状態になるだろうしね。そんな心理状態もあってみんなで明日の謁見の間での予行練習をしてこの日は解散となった。
***
――翌日。
屋敷の正門前にやや大型の馬車が横付けされている。馬車とは言っても牽いている馬はボク達の知っている馬とはひと味どころかふた味も違っていた。
まずはその大きさだ。競馬などでよく目にするサラブレッド種と比較しても1.8倍はあろうかという純白の巨躯は、肉付きの良さからしてその膂力は並々ならぬものがあると容易に想像できる。
そしてその巨躯から生えている脚は合計で八本も生えており、通常であれば複数頭曳きをするような馬車本体を一頭だけで牽引しているのも頷ける納得の馬力をその見た目だけで説明していた。
おっさん曰く王家所有のスレイプニール種という名の特別な品種であるらしく、ツヴァイクベルト伯爵家が品種改良を重ねた結果生み出された希少種であるとの事。品種改良で体躯が大きくなるとかは分からなくもないけど、脚が八本に増えるとかはどう考えても品種改良の域を超えてる気がするんだけど以前聞いた話からしてかの伯爵家のやる事だったらこういう事もあり得るんだろうなと妙に得心した。
そしてそんな馬が曳いている馬車は窓が大きく取られていて天井も透明に近いビニールの様な薄い膜で覆われていて外の景色が結構よく見える構造になっている。王城への送迎用なので乗客の安全性を考えた堅牢な造りではなく、中に誰が乗っているかを判別できるようにしているのだろう。
貴族街を抜け王城区のあるハルカニス湖の島へと渡されている唯一の王城への道である水上橋の手前で一度手続きを踏むために馬車は停止した。馬車の入り口が開けられ衛兵であろう兵士がペインゴッズのおっさんと一言二言言葉を交わした程度で確認は大丈夫だったらしく、兵士はこちらにも軽く会釈をしたのち扉を閉め馬車は再度進み始めた。
王城区はハルカニス湖のやや北方にある島にあり、島は基礎としてあるだけでその殆どが王城区として堅牢な城塞として築かれており水上橋以外からのアクセスができないよう湖面からは断崖絶壁になっている。ハルカニス湖での漁は認可された商会の者にしか許されておらず、船も厳しく管理されている為湖から王城へ潜入する事はまず無理らしい。
加えてこのハルカニス湖には年に一度開催される武技大会の為のコロッセウムが設置されているらしく、その時期になると湖面に浮上してそこで大会が執り行われるそうだ。ボクは魔法の力って凄いなぁと唸るしかなかったけども、モーリィとベネの二人はどういう仕組みなのかとかどんな造りしてるのだとか興味が尽きない様子だった。
この王城へつながる水上橋は王都に暮らす民達からは陽の光を受けて白く輝き城へまっすぐ延びる様から"光線橋"と王家への憧れと親しみ、そして畏敬の念を持たれて呼ばれている。
その光線橋は馬車二台が余裕をもってすれ違える程の幅を有し、橋の両側のやや高い位置に沿う様に並行して王城から空中歩廊が突き出ており、戦時においてはあそこから弓矢や魔法で防衛するのだろうなと思った。現に大きく間隔を開けて歩哨が立っていてこちらに目を配っている姿が見られる。普通であれば歩廊の下側に柱が突き出て歩廊を支えてしかるべきなのだけど、おそらくこれも魔法の力だろうかそういった柱状の構造物はない。
王城へ近づくにつれ王都の空を覆う防護結界魔法「白亜守護結界」の根幹部分の紋様が夜でもないのに薄っすらとではあるが視認できるようになってきた。王城地区の外から見た時には気付かなかったけど、メインの紋様の周りを小さな魔法文字が縁取っていてボクらが思っている以上に複雑な魔法術式で構成されている事が理解できた。
王城までの長い距離を繋ぐ光線橋の終着点である王城区への正門へ到着するとそこでもまた再度衛兵によるチェックが入った。その際正門の造りをみていたのだけど正門の門扉は外開きで、城門を閉めた際に下ろす巨大な鉄柵が外側と内側に設けられているようだ。物理的な防衛構造だけでも相当なものだけど、白亜守護結界の発生源であるこの城の防衛機能がそれだけであるはずはないだろう。恐らくは強固な防御魔法が城門だけでなく城壁にもかけられているに違いない。その証拠にこの白く輝く白亜の城の城壁には汚れた部分が一切見当たらない。
正門でのチェックが終わって内部へ入ると、簡単には内部へと通さないがために作られた馬出の様なエリアを数回抜けてようやく王城の本体が見える大きな中庭へと到着した。
馬車を降りたボク達は一度応接間へと通されそこで謁見まで時間を潰す事となった。通された応接間はゆったりと広めの部屋で、調度品も決して煌びやかではないものの質の良さが光る逸品ばかりだ。
応接間専用の給仕の人に淹れてもらった紅茶らしき飲み物はピーチティーに似た程よく香りがして、その少し甘めの匂いが鼻から抜けると気持ちが落ち着く効能があるとのこと。王城で使用される物だけあって上等な葉を使っているのはなんとなくだけどわかる。横目でチグサを見てみれば物凄く真剣な顔をして味の分析をしていた。
ペインゴッズのおっさんは先に済ませておく事があると告げて応接間にはいないものの、皆流石に元々いい歳なのもあってはしゃいだりとかはしていない。所謂TPOを弁えていなければ従者扱いのボク達を連れているおっさんに恥をかかせてしまうことになる。そういうところは言わなくても大丈夫なのはマスターとしては気が楽だ。
「少しいいでしょうか?」
「はい。如何なされましたか?」
「此方の茶、とても良いものだと香りや味からも十分理解できるのですが、一体どちらで作られたものなのでしょう?」
「お気に召されましたか?此方は南部ファランヘロイツェ領の特産品であるファラールシネンシスの茶葉を使って淹れております。他の茶木とは違って橙色の葉をつけるので収穫前の茶畑は"ファラールの夕焼け"などと呼ばれて各地方から観光に来る方もいるほどなんですよ」
「それは是非とも一度目にしてみたいですね。態々ご教授いただきありがとうございます」
「いえ。この部屋でお過ごしの間は皆様が快適に過ごされるようにするのが私共の務めでございますので」
はしゃぎはしないもののチグサはこの茶について給仕さんに尋ねていた。彼女が教えてくれた夕焼けみたいな光景の茶畑っていうのはボクも一度見てみたい気はする。そんな光景に思いを馳せていると応接間の扉が開きペインゴッズのおっさんが入ってきた。
「待たせたかの?とりあえずこの後の流れの確認をしてきたからお主らしっかりと聞くように」
どっかりとソファに腰かけたおっさんはボク達に真剣な眼差しを向けて口を開いた。
「まずこの後じゃが、使いの者が来て謁見の間へと通される。屋敷でも言ったと思うが謁見の間には国王陛下の他に宰相のゲルトハルト公爵閣下、王国最強の男"剣聖アルマスギリ"殿が壇上に居る事じゃろう。加えて両脇に王家直属の近衛騎士団からの選りすぐりの騎士が数名と恐らく今日は第二と第六騎士団の団長か副団長クラスが同席しているはずじゃ。謁見の間でも帯剣は許可されてはいるが間違っても抜こうなどと思わぬようにな?彼等は相応の圧を放ってくるとは思うがそれも少しの間の辛抱じゃ。それとセラ、アルティア湖の魔造ダンジョンで手に入れたダンジョンコアは持っておるか?」
「ちゃんとインベントリ内で保管しているよ」
「そうか。ひとまずそれをこの場でワシに預けてはくれんか?謁見の間でインベントリからそれを出す行為はあまり褒められた行動ではないからの」
「あ、うん。じゃあコレ」
そういってボクはインベントリから取り出したダンジョンコアをおっさんへと手渡した。いまだ禍々しさを醸し出すアルティア湖のダンジョンボスにされたギュンターが残したその宝玉は微かに脈動しているように見える。
「うむ。改めて見てもまだこのダンジョンコアは死んではおらぬようじゃな。軽い封印術を施して一度ワシが預かろう。陛下達とのやり取り如何によってはしばらく王国預かりになるかもしれんがその点は大丈夫かの?」
「大丈夫。まだ使い道も使い方もわかってない代物を調べてもらえるんだよね?ボク達が持っているよりかは国が調べてくれるのは逆にありがたいと思うよ」
おっさんは右手で持ったダンジョンコアに視線をやるとフッという掛け声と共に右腕全体に軽い雷撃が走った。その雷撃はダンジョンコアの表面をバチバチと覆うと薄い膜の様なものを張って消えた。多分それがおっさんのいう軽い封印術なんだろうけど仕組みまではわからない。流れるような手つきで封印を施したコアをおっさんは自身のインベントリへと仕舞いながら話を続けた。
「そうかそうか。とりあえずこのダンジョンコアについては以上じゃな。謁見の間での礼儀作法はアルフが教えた通りにしていれば問題はないじゃろうて。なぁに、多少粗相があっても陛下はその程度の事でお怒りはしないし、他の者も一々目くじらは立てぬから緊張する事はない」
「と言われてもボクたち一国の王様と対面するとか初めてだし、緊張するなって言う方が無理があるよ」
「む?確かにそうじゃな。まぁなんじゃ、流石にお主らの中にエステラの様に剣聖殿に向かって飛びかかるような無茶をする奴はおらんじゃろ?」
「なにそれ?!アイツそんなことやらかしたの?」
「野生の闘争本能とか言い訳をしてたが、あれには流石のワシも肝が冷えたのう……」
エステラ……恐ろしい子ッ!!
「それやのに、よく無事で生きとるね~あの子」
「国王陛下ではなく剣聖殿の方に飛びかかったからのう……。一瞬のうちに一撃で伸されたが。そのおかげかその後からエステラも少しは丸くなったというか、一応軍紀には素直に従うくらいには素直になってはくれたが……」
「それにしてもよくお咎めなしで済みましたね?」
「一応エステラが素手だったことと、飛びかかった相手の剣聖殿が自分の近くにいた虫に反応してのことと庇ってくれたおかげでな。それらの理由で陛下に大らかな心で不問にして頂いたのじゃよ。あのまま庇いだてがなければ今頃ワシは自刃して首を献上していたじゃろうて」
話を聞けば聞くほどあの姉弟子のぶっ飛びっぷりに顔が引き攣ってしまう。と同時に初対面の際の行動にもなんとなく合点がいってしまった。そんな話を交わしていると部屋のドアをノックされ、外から謁見の準備が整った旨の伝達を受けた。
改めてボクの出立を部屋の姿見で確認しておく。髪は既にクロさんから入念に梳いてもらって艶も十分。合わせて尻尾もすべすべもふもふの艶まである。ドレスコードは特に指定されてなかったものの、ボク達は一応おっさんの従者ではあるけれども冒険者でもある為それとわかる格好であれば問題ないとの事なので、昨日の夜綺麗にしておいた白黒の聖乙女に武装もそのままでも大丈夫だからと背中に森羅晩鐘を懸架してるいつものスタイルだ。
手入れをしたおかげで割とかっこかわいい姿になっていると自画自賛する。
応接間を出て案内役の兵士の二人に前後を挟まれ、おっさんを先頭に謁見の間へと向かいながらふと横のシオンの顔を見上げると何か必死に堪えてる表情をしていた。一体なんだろうと後ろを振り返ってみるとそこには脚をぷるぷるさせたセトをシキが支えながら歩いている姿が見られた。
極度の人見知りであるセトには今から向かう権力者との謁見は確かにハードルが高いのだろうなと少し気の毒に思ったが、シオンの表情の原因は彼ではない。他に何がとよくよく目を凝らしてみるとボクもそれに気付いて急いで前を向いて必死に笑いを堪える事になった。
緊張で脚を震わせながらも歩いているセトを支えてるいるシキ。表情はセトを心配していて大丈夫だと言い聞かせている仲間想いの彼だが……
『ちょっ、尻尾www股の間から前に出てるwwww』
表情は普段通りを装ってはいるが、感情が尻尾に反映されやすいアニールの特徴が見事に出ていた。あれは間違いなく恐怖や緊張の感情を抱いている。……いや冷静に状況説明してるけど思い出し笑いしそうでもう限界が近い。
「ぷふッw」
「んふwww」
我慢できなくて漏れ出た笑いに釣られてシオンも我慢の限界を突破したようで釣られ笑いし始めた。
「ちょ、なんで二人とも笑ってn……アハハハハハwwwちょっwwwシキあんたwwwな、なんやのその尻尾www」
「んくくくくw」
「えっ?!あ、いや、これは!!?」
ボク達の笑いに気付いたマリーがどういう事かと後ろを振り返ってしまい彼女もまたシキの餌食になってしまった。二人して笑いを堪えるもマリーはツボに入ったらしく腹を抱えてしゃがみ込み、そんなマリーにつられてシオンまでどツボに入ってしまったみたい。
マリーから指摘を受けたシキが改めて自分の身に何が起きているかを把握した時には既に全員事態を認識してしまって、今度は羞恥心で尻尾がヘタってしまったのを見てマリーとシオンの二人はヒーヒー言いながら笑い転げてしまった。
呆気にとられたペインゴッズのおっさんとベネとモーリィがシキの肩に手をあて気にするな、誰でも緊張して当然の状況だとフォローを入れた事でシキも緊張感がほくれたのか落ち着きを取り戻して尻尾も通常状態へと戻った。
流石に無作法に笑いすぎたのでボクとシオン、マリーはシキに笑った事を謝罪した。
「いえ、とんでもないっす。逆に笑われた事で自分の状況も認識できましたし、何よりピリピリした空気も幾分か和らいで緊張もマシになったので良かったっすよ」
と頭を掻きながら照れ臭そうに笑ったシキの尻尾は左右にゆっくり揺れていた。いつの間にか隣のセトの足の震えも落ち着いたみたいで今は普通に立てている。場内で騒いだことをおっさんと案内役の兵士の方に謝り謁見の間へと向かおうとしたところ今まで黙っていたケントが口を開いた。
「すまん、ちょっとトイレ」
「あ、はい。では自分が案内しますのでこちらへ着いて来て下さい。他の皆様は申し訳ありませんがここで少々お待ち下さい」
案内役の一人がケントを連れてトイレがあるであろう方向へ歩いていく。
「あいつ、このタイミングで言い出すとか逆にすげぇな」
「緊張してると行きたくなる気持ちはわかります」
「まぁケントさんっすし」
「「「だなぁ……」」」
――廊下の奥へと小さくなっていくケントの姿を見ながら、相変わらず変なところでマイペースなあいつが一番大物とかいうか肝が据わってるんじゃないだろうかとボクは思わざるを得なかった。
獣人族は種にもよりますが割と尻尾に感情が出やすい種族です。
話ではシキの尻尾がフューチャーされていますが、実のところ姿見で自身の姿を確認していた時のセラも尻尾がルンルンに揺れていたのを他のメンバーは目にしていたりします。心の癒し。
ペインゴッズが施した封印術は一時的なものなのでそこまで長く持ちません(いいところ三日が限度)
作中ではケントがマイペースだなんて言われていますが、顔に出さないだけで実際かなり緊張していた結果直前にトイレに行くという行動になっています。
案内の兵士も職業柄こうした光景を何度も目にしているので苦笑しながらも丁寧に務めを果たしています。時間的にも余裕をもって案内しているからこそできる行動です。
――次回、いよいよ謁見
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