【 Ep.3-024 マリーの修練とベネデクトの願望 】
マリーの修練編の続きです。
魔法学院の学院長マルドゥクに紹介されたニコラス。
彼の実力を目の当たりにしたマリーは改めて彼に師事する事を決め修練へと入る。
が、その内容はあまりにも――
魔法修練場でニコラスの圧倒的な実力を目の当たりにしたマリーは彼に連れられ修練場に隣接する別の一室へと案内されていた。先ほどの魔法修練場とは違いせいぜい十畳ほどのこじんまりとした部屋で、窓はなく明かりも天井からつるされた魔法灯だけで壁面に刻まれた魔法陣がアクセントになってるだけの何とも言えない空間だ。
一見しただけの感想で言えばマリーはどこか漫画などで見た独居房のような印象を受けた。部屋自体薄暗い事も関係しているのだろうが、この一室に入った時からどこか圧迫感のような息苦しさを感じる。
「魔法の修練いうからさっきのとこでするんやと思ってたんやけど、なんでこんな部屋に連れてきたん?あとなんかこの部屋空気が重いっちゅーか、息苦しいんやけど」
「それは今からしてもらう修練の内容に関係している。あの空間では流石にできない内容でね、強力な魔法を使う必要もないし広い空間も必要ないんだ。ここの空気が重く感じるのはこの部屋は魔素濃度が高いからだよ。魔法そのものに耐性のない者がここに留まれば5分と経たずに倒れる程度には濃度を高くしている。今は息苦しく感じるだろうけど、君であればある程度経てば順応できるはずさ」
気怠さを覚えながら発したマリーの質問にニコラスはそう答えると、自身のインベントリから奇妙な形をしたランタンを取り出した。
「君に今からやってもらう修練はこのランタンに一定の魔力を注ぎ込み、灯を維持してもらうという内容だ。意外そうな顔をしているが君が思っているように簡単ではないよ。このランタンは"理力の灯火"と言ってこの下にある魔石に向けて一定の魔力を注がないと灯は点かず、また一定幅の魔力を維持し続けないと灯は簡単に消える。要はずっと灯を維持するには繊細な魔力操作能力が求められるわけだ」
そういってニコラスはランタンに灯りをつけ、魔法灯の下に延びるフックへと吊るすと説明を続ける。
「これに直接手を触れてはいけないよ?ロッドの様に魔導回路が仕込まれている武具を介するのもだめだ。自身の手のひらから魔石へ向けて魔力を送り込むんだ。道具を介さない事で自分の中に流れる魔力の流れをよりハッキリと認知できるようになるし魔力操作の技術も今以上に改善されるだろう。次にこの部屋の仕掛けも説明しておこう。先ほど言ったようにこの部屋の魔素濃度は高く設定されている。が、それは一定の濃度ではない。ある種のランダム性をもって濃度は常に変化して君の感覚を惑わすことになる。そして壁に刻まれている魔法陣には<乱風>の魔法が仕込まれていてこの理力の灯火の灯を大いに揺らすだろう。これらの仕掛けが発動している中で明かりを維持するのが私が与える君へのカリキュラムだ」
一言でいえば地味。地味ではあるものの説明された内容は繊細な魔力操作が要求される事は嫌でもわかる。同時に思っているよりも簡単に出来ることでは無い事もマリーは理解していた。今も平然とした顔でニコラスは灯りを維持しているが、刻々と変化する部屋の中の魔素の影響をまるで感じさせないのだからこの男の底知れなさに畏敬の念を抱かずにはいられない。
「私もこう見えて付きっきりで指導に当たるわけにもいかない身でね、先にこの部屋の鍵と学生証代わりの外套を渡しておこう。その鍵にはこの部屋までの経路を案内する機能が備わっているから迷うことはないだろう。部屋の仕掛けを作動の切り替えは入口脇のここに魔力を流し込めばいい――」
マリーに他の学院生たちと同じ質の良い生地で仕立てられた外套を手渡しながらニコラスは部屋の仕掛けについて説明し、その他使用にあたっての注意事項などを述べていった。
「――修練は一日二日で簡単に出来る様なものではない。それに君は冒険者である事だし空いた時間に好きに来て思うままに修練するといい。少しずつ着実に維持時間を伸ばしていけばそれに伴って実力が伸びていると考えていい。ある程度自身が成長したと思った時にまた私を訪ねてきてくれ」
そう言って部屋を出て行こうとするニコラスに向けてマリーは声をかけ引きとどめた。
「なぁ、うちもアンタみたいになれると思う?」
「私と同じにはなれないが世界でも有数の使い手になれる素質と素養はあるとは言っておこう。ただ、それも君の努力次第ではあるけどね……。では、頑張りたまえよ」
今度こそ部屋を出ていきニコラスの姿が消えた一室でマリーは部屋の中央に吊るされたランタンを見つめながらニコラスの放った魔法を思い起こしていた。それぞれが独立した魔法ではなく、まるで魔法そのものが生きているかのようにその姿を変える光景はこれまでプレイしてきたどのゲーム世界にも存在していなかった。リキャストタイムと魔法の発動モーション等の組み合わせで隙をほぼなくした連続魔法は自身で作り上げた事はあったがニコラスが実演して見せた変化させていく魔法は初めて見たのだ。通常の凡人であればあんな事ができるのだろうか?などと逡巡するところではあるが、ランタンを見つめるマリーは既にあの魔法を自身のモノにしてやると決意と覚悟を決めていた。
多少胡散臭さはあるがニコラスの実力は本物であり、そんな彼から自身の素質と素養を認めてもらえているのだ。あの技術を会得できればその魔法の汎用性は計り知れないものとなるだろう。それほどまでに火に魅せられたマリーの行動は早かった。早速部屋の仕掛けを作動させ、理力の灯火へ手をかざして魔力を注いでいく。ポっと優しく灯りが点るがその灯りはすぐに<乱風>の魔法によって乱され、立て直そうとしたマリーの行動もむなしく呆気なく消えた。
「これ……簡単そうに見えるけど見た目の何十倍もしんどいやん。部屋の魔素濃度の変化に合わせて魔力を調整するのに加えて<乱風>への対応にも気を配らんとすぐに灯りが消えよる。規則性もなし、<乱風>の強弱も毎回変わる。魔力をこうして何も介さずに伝播させるってのがここまでしんどいとか今まで知らんかったなあ……」
何度も点けては消え、点けては消えを繰り返しながらマリーはこの修練の大変さを噛みしめる。ただでさえ魔法はロッドやワンド、スラッフ等の魔力を効率よく発現させる為に魔導回路を組み込んであるアイテムを使わなければ非常に燃費の悪い魔力消費をしてしまう。
この辺りは電気の性質と非常によく似ており、いくら空間中に電子があるといってもそのままでは通電しないように空間中に魔素があったとしても、ましてや濃度が濃くなっても自然に魔法は発生しえない。
電気が電線を使用して様々な施設に送電される様に、魔力もまた基本的に魔導回路を経由させる事で安定してエネルギーの供給がしやすくなるのだ。魔法職が杖系の武器を持つ理由が正にそれであり、装飾だと思われている宝石に見えるそれの多くは魔力をブーストしたり属性を付与したりする為のギミックなのである。
兎も角素手の状態で手を触れずに魔力を送って明かりを灯すこの修練は見た目以上にレベルの高い難易度であったのだ。
その様な状況下でようやく理力の灯火に灯りを点すことが出来ても、今度は不安定な魔素濃度が安定化を妨害し、更に<乱風>の魔法が灯りを消さんと部屋の空気を乱雑に攪拌するのだからこの修練の内容の鬼畜さたるや学院の優等生達が泣いて逃げ出したレベルである。
そんな修練をマリーは仄暗い部屋の中、何度も只管点けては消え、点けては消えを繰り返した。常人であれば一刻も持たない様な状況だ。
「――あかん、今日はもう限界や……。少しだけなんか分かったような気がするけどこれ以上は流石に魔力的にも精神的にももたんわ……」
画してマリーはこの修練を休憩を挟みつつ何度も何度も挑戦しこの日は二分間維持する事が出来たところで魔力的にも精神的にも限界がきて部屋から退出する事にした。
あまり目立たない様に学院生の証でもある外套を羽織ってフードを被り、くたびれた体でトボトボと正門を出たところで聴き慣れた声がマリーを呼び止めた。
「マリー?その様子だと随分本気でのめり込んでたみたいだな」
「あっ……ゴメン、夢中になり過ぎてあんたの事すっかり忘れてたわ。っていうかあんた用の学院生外套なんてよーあったなぁ」
「おいおい……旦那相手にそりゃねぇぜ。これはまぁマルドゥクさんのリサイズって魔法で合わせてもらったからな、俺には似合わんとは思うが……。――まぁ兎も角だ、そんだけ根詰めてやった後なら腹減ってるだろ?早く帰って飯食って、ゆっくり風呂入って寝るのが一番の薬だ」
「せやね。っは〜〜……久しぶりに無我夢中に集中した気がするなぁ。ま、帰りすがらそっちはどんな事やったんか教えてや」
「ああ。おれもマリーがどんな修練する事になったか気になってるしな」
東区のメインストリートから都市循環乗合竜車に乗り込んでペインゴッズ邸のある貴族街の停留所まで二人はそれぞれの修練内容を報告しあった。
ベネデクトはあの後マルドゥクに連れられドワーフ族の風水士であるゴルデバに面通しされ、そこで地属性魔法についての講義と地属性魔法をより深く会得する為大地の精霊であるノームと契約することを勧められたという。元より魔法に対する素養が低いほうであるベネデクトには自身の魔力を鍛えても伸びしろはそこまでないとの事で、それならば外的要因で補強すればある程度のモノにはなるという理論だ。
多くのドワーフは基本的に魔法に対する素質は多種族に比べて高くなく、素質がある者もその大半が火属性と地属性適正の資質発露である。そのため数少ない魔法資質を強く発露した者は風水士や自然祭祀になる事が多い。それでもエルフやドーンエルフ、魔族には遠く及ばない為、少しでもその差を補おうとドワーフとは相性の良い精霊であるノームと契約を交わすのだそうだ。
「へぇ〜、まぁドワーフって魔法職のイメージないしどっちかって言うと製造職やら採集職ってイメージやもんねぇ。ほんで?その精霊と契約でもしたん?」
「いやまだだ。ゴルデバが言うにはノームと契約したいならノームの興味を引くことをしなぇといけねぇらしい。契約するノームによっては伸びる部分に若干差が出るらしくてな、俺の場合地属性魔法の強化が一番の目的だからそれを伸ばしやすいノームの興味を引くにはどうするかってのを話し合ってたんだ」
「なんかええの思いついたん?」
「ああ。ゴルデバから幾つか教わった魔法の中に<粘土生成>って魔法があってな、生活魔法程度のものではあるんだがある程度好きな形を作れるんだ。それでちょっとやってみようかっておもってな。……実際目にしたほうが口で説明するより早いな。――――<粘土生成>!」
ベネデクトが<粘土生成>の魔法を詠唱すると彼の手のひらに粘土で形作られた標準的な煉瓦を生成した。
「これに<固体化>をかけると一般的な煉瓦が出来上がる。作り方が魔法でやってる分なんかぶっ飛んでるけどな。まぁなんだ……こういうのを組み合わせて何か作ってみたら地属性魔法の中でも防御系に使えそうな能力を伸ばせそうなんじゃねぇかなって」
「へぇ~。ええんとちゃう?それで興味持ってくれれば御の字やし、アンタがどういう考えでそこに絞った強化を考えてるかはよーわかったしな!頑張れば<石壁>くらいは使えるようになるんとちゃう?」
「だといいんだがなぁ。まぁなんにしたってやってみるしかねぇな。――ところでマリーはどうだったんだ?」
「うち?うちはなぁ…―――」
***
「よくそんな修練に耐えれるな……。聞いてるだけでどうにかなっちまいそうだぜ」
「まぁ無我夢中で必死こいてやってたからね。それにさ、あん人みたいな魔法が使えるようになると思ったらなんややる気が出てきてな?うちもあんな魔法使えるようになるんやったらこのくらい平気や」
「そ、そうか。まぁ無茶はするなよ?魔力を使い過ぎるとセラみたいにぶっ倒れるみてぇだし」
これまでの戦闘を振り返り二人は今まで痛感していた感情を不器用ながら言葉にして出した。
「あー……うん、気ぃつけるわ。でもな、やれるだけの事はやるつもりやから。年上のうちらがあの子らに無茶させてる現状はよーないしね。セラはクロさんが大分気にかけて面倒みてくれとるけど、それをよしとしてうちらが甘えるのはちゃうし、頼れる姉貴と兄貴でいたいもんな?」
「だな!普段は縁の下で支える感じでいいんだろうが、決めるところはきめねぇとな。あいつらと肩を並べて笑い合う為にもよ」
「お互い頑張ろな」
「ああ!頑張ろうぜ!」
年長者である二人には二人なりの立ち位置というものがある。あくまでみんなを引っ張っていくのはリーダーのセラであるが、マリーとベネデクトは時に生意気で憎らしく、それでいて可愛げもあるセラのことが気に入って天兎に定着したメンバーだ。だからこそセラの助けになる事を自分達で考え行動し、セラの手が回らないメンバーのケアやセラ自身にもアドバイスや相談なども応じていた面倒見の良い保護者的な立ち位置にある。
この世界にきてからもそこは変わらず、皆の頼りとなれるよう二人はお互い励まし支え合い切磋琢磨する事を改めて決意した。
が――
「なんやこれ……」
「何があったっていうんだこれ……」
屋敷に戻った二人が見た光景は、新しい魔法を覚えたシオンとリツが魔法の副作用で吐いているところであり、オロオロするセラ達に状況がわからない二人は先程の決意が少し揺らいだのは仕方がないのかもしれない。
地味な修練内容。余り結果が伴わない現実。それを延々と繰り返す。
実際問題こうした状況にぶち当たると集中力がいくらあっても精神が持ちませんよね……。
とは言えマリーは現状に甘えているのをよしとはしません。
それは信頼を寄せてくれる仲間の為でもあり、自分自身の才能を役立てたい気持ちを強く持っている為です。
マリーとベネはセラの噂に興味をもってそれを理由として加入したメンバーではありますが、
付き合いを重ねるうちにセラがどういう信条の元行動しているかにいち早く気づき、
我儘ながらも不器用で純粋な自分達のリーダーを支える為にラインアークでは色々と立ち回っていました。時にその行動はセラでさえ若干引くレベルの物もあったという……。
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