【 Ep.3-016 二頭の獣 】
今年も残りあと僅か。
可能な限り投稿したいもののPC新調しないと割とまずい環境に……。
「みんな心配しすぎだろ。確かに今はセラが攻めあぐねているけどそろそろ気付いているはずだって。あいつ戦いながらも頭動かして次の手を何通りも考えてただろ?それに簡単にくたばらねえ姿はこれまで何度だって見てきただろ」
修練場の二人を見ながらケントは事も無げに言う。そのケントの言葉に他の天兎メンバーも過去の光景を其々思い浮かべた。
――確かにケントの言うようにラインアーク時代の戦場でセラが簡単に死んだ事など片手で数える程度しかなかった。その僅かな例外を除けばセラの死に際は力尽きて倒れる最後の瞬間まで敵に食らい付き、一人でも多く道連れにしようとする執念を嫌でも感じたし、敵の城塞の防御を崩すために矢をしこたま撃ち込まれて全身ハリネズミの様になっても城門を破壊し続けて倒れたり、指揮を執る自分自身までを囮として陽動の為に複数パーティを引き付けて討ち死にしたりとそのどれもが意味や意義のある死に方だった。
そんなセラの性格と執念深さをケントによって思い出した一行は目の前の二人のやり取りを落ち着きをもって観戦する事にした。
(確かにコイツの一撃は重い。だけどその分防御面はそこまでしっかりはしていない……。コイツを騎兵として運用しているのは実に上手い采配だな。ここまでのやり取りで大体癖は把握したし、後はボク自身の覚悟の問題だね……)
セラと対峙しているエステラは相手の空気が変わった事を感じ取った。背筋がゾクリとする何とも言えない感覚にその身を震わせる。――恐怖ではない。むしろその逆、歓喜である。
この目の前に立つ自身とそう変わらない年齢であろう相手がどんな行動を取ってくるのか、どんな攻め方をしてくるのか、どんな表情でどんな感情を見せてくれるのか……。自分の中の闘争本能の炎がより大きく燃えるのだ。
フゥーと静かに息を吐いて深く吸い込んで一拍、セラの目の色が変わったかと思うと初手で見せた速さよりも速くエステラに接近し、それまでの丁寧な技からは想像もできない荒々しい技を次々とエステラへ叩き込み始めた。連撃とは言えてもお世辞にも綺麗な流れとは言えない。
流石にエステラも初手で見せた合わせは間に合わず、自身の得物の柄を主体にセラの攻撃を捌いていくがスイッチの入ったセラの猛攻の前に捌き切れなかった傷がその体に刻まれていく。だがエステラもこの状況をそのまま甘受するつもりは毛頭ない。自身の身体に傷が付いて行こうともその口元は嗤っていた。
(部屋に入ってくる前から……いや、空の上から竜車の中に感じた強者の匂い。あたしの勘はやっぱり間違いじゃなかった!大人しい顔してこんなとんでもない猛獣を中に飼ってやがったのか!!)
防御は苦手であるエステラであったがセラの攻撃を凌ぎつつも反攻の機会を伺う。だが、残り2分を切った試合時間をセラはそのまま攻め続ける選択を決めている。一切を防御に回させるという硬い意志での連撃にその隙は与えられる事などない。――敏感にそれを感じ取ったエステラもいよいよ覚悟を決めた。
ブォンと横薙ぎに迫ったセラの得物を自身のアックスブレードの横腹で受けるもその威力は殺しきれず、自身の側頭部に自分の得物が衝突し軽く脳が揺さぶられ口からは血がプッと飛び出る。が、エステラはアックスブレード部をそのまま自身の側頭部にくっつけたまま石突の方をセラへ蹴り上げた。
肉を切らせて骨を断つを地で行くエステラの反撃を受け、セラはやむなく連続攻撃の手を止め下から迫る石突を回避しすぐさま攻撃を再開する。だがエステラも再び連撃の嵐をそのまま受けるつもりは一切ない。振り上げた石突に近い柄を掴むとそのまま穂先を斜めに切り上げてセラの攻撃へと合わす。無理に合わせている為本来の威力は出せてはいないが、それでも直撃ダメージをもらうより全然マシである。
「――楽しいな。なァ、楽しいなァッ!!!?」
「…くッ!!」
精彩を欠きながらも連撃で押し切ろうとするセラと、威力が半減しようがダメージを受けようが我武者羅にセラに合わせて打ち合うエステラの得物同士がガン、ガゴンッと鈍く重い音を奏でながら一合二合とぶつかり合う。
そこに居るのは最早二頭の猛獣であると言えた。理性など吹き飛ばし、己が本能でそれぞれが持つ力を互いにぶつけ合う獰猛な戦士が二人。手合わせだというのにこの試合内容はふざけているとも言えた。
本来の威力を出しきれないにせよ、エステラの攻撃はセラの持つ得物へと着実にダメージを蓄積し、セラの攻撃も又エステラの持つ得物へと連続して打ち込まれる攻撃によりガタを生じさせていた。
武器越しに食らうダメージは<不屈>で無視する事でセラは連撃を繋げ、目の前のエステラの傍若無人な振る舞いと事あるごとに手合わせをせざるを得なかった旅路のフラストレーションやその他のストレスや感情もごちゃまぜにして相手へぶつけていく。
エステラもエステラで<不屈>を発動していて痛みなどとうに感じていない上、初めて出会った相手の想定以上の力量からくる猛攻に歓喜しながら戦闘を楽しんでいた。
(ほう……。ワシとのダンジョン攻略やレンブラント候との手合わせでさえ見せなかった顔をしておる。普段は冷静と言うよりかは無表情に近い人形のような面をしておるのに、中々どうして今は生き生きしておるではないか。内包する獣性を解き放ったか?いや、それでも尚理性でそれをギリギリ制御しておる。エステラはこれでも騎士団の中でも中位以上には位置する実力はある。ワシが稽古をつけずしてのこの力量――やはり面白い奴だ……だがここまでの変貌、あの夜聞いた話が恐らく奥底で燻り続けているのじゃろうな)
二人の激しいぶつかり合いを見ながらペインゴッズは着実にセラの中に眠る資質を見定めていた。地上に降り立った騎兵とは言えエステラの元来の力量は並以上であるのは変わりなく、また自身が鍛えたという点を踏まえてもここまでいい勝負に持っていかれるとは予想はしていなかったのだ。身内贔屓と言われれば聞こえは悪いが、それでも手ずから鍛えた弟子に対しての自負はあるのだ。新たに弟子となるこの少女の中に眠る可能性に対し、期待以上のモノを見つけた事を彼は嬉しく思った。それと同時にセラの奥底に存在する深く昏く淀んで渦巻く何もかもを焼き尽くそうとする何かをも感じ取った。
残る試合時間も20秒を切っている。二人の手合わせを見ている全ての人間もどちらが勝ちを手にするのか分からない。得ている称号や位、実績の量で判断すれば当然エステラに分があるのではあるが、ゲーム経験とは言えセラの歩んできた道も並々ならぬ経験を積ませてきているのだ。
――残り10秒。知ってか知らずかそろそろ頃合いだろうと互いに更に力を入れて相手へとぶつける。
「ハァァァアアアーーーッ!!!」
「ドァルァァァアアアーーーッッッ!!!」
二人の咆哮と共にそれぞれの渾身の一撃を込めた得物同士がぶつかり合った瞬間、ついに限界を超えたそれぞれの得物はアックスブレード部からヒビが全体に走ったあとバラバラと脆くも砕け散った。だがその程度で今更この二人の手合わせは止まるはずもない。互いが拳を握りしめ、砕け散ったお互いの得物の破片が飛び交う中相手の顔面を打ち抜こうと拳を打ち出す。自身の頬の横を拳が差し掛かった瞬間――
「それまで!!」
残り3秒にしてアルフレッドの声がかかり二人はピタリと急停止した。
二人とも肩で大きく息をしており、それまでのぶつかり合いで生じた乳酸からくる疲労や<不屈>で無視していた痛みがどっと押し寄せており、立っているのもようやくといった様だ。
「この手合わせ、引き分けでございます」
アルフレッドの言葉を受けて形式的ではあるが互いに一礼を交わし手合わせは終了となる。
(ハァ……ようやく終わった……。反撃も織り込み済みではあったけど、あそこまで押し込んでもあの威力とかコイツいったいどんな馬鹿力してんだよ……。ハハッ、今頃になって手が震えてくるし感覚が殆どないや)
ガランと穂先を失ったポールを手から落とすと自身の手の感覚が殆どない事にセラは気付いた。感覚はないものの手は小刻みに震えており、エステラとの打ち合いが如何に激しかったかを物語っている。
一方のエステラもその手に握っていたポールがするりとすっぽ抜けて足下に転がしたところを見ると、双方共にかなりの無茶をして手合わせをしていたという事になるだろう。ただその顔は息を切らして疲弊した表情のセラとは対照的に笑みが零れている。
「っはーーーーー楽しかったーー!!さ、風呂行こう風呂!アルフさん準備できてるよね?」
「はい、勿論でございます。上がった後はどうなされますか?」
「ん。明日も朝から哨戒入っているから宿舎に帰る!」
「承知いたしました」
「よし、行くぞセラ!」
「んェッ?!」
なんか話してるなぁと横目に呼吸を整えていたらエステラに襟首を捕まれて担がれ、そのまま屋敷の中から風呂場へと連れていかれた。こいつまだまだ余裕あるじゃん……。
「なんか話しかける暇もなく担がれていったな、セラ」
「手合わせが終わってから大した時間も経っていないのにかなり体力があるみたいですね彼女」
「久しぶりに少しムキになってるセラが見れたね」
5分と短い時間の手合わせではあったが、内容はかなりの濃さであった事は嫌でもわかる。最近はあまり見る事のなかったセラの姿にはそれぞれ思う所はあるようだ。
「……帰るか」
「そうだね」「だな」「いいもん見れたな」「っすね」
「あたしも後でお風呂はいろっと」「その時声かけてなぁ?シオン」
何とも言えない空気の中、ベネの一言でゾロゾロと天兎メンバーは屋敷へと戻っていく。そんな天兎一同を見てペインゴッズとアルフリックは短いながらも言葉を交わす。
「賑やかになりそうですね、旦那様」
「ああ。思っていたよりも、な。……さてワシらも戻ろう、明日から楽しみじゃのう」
朗らかにほほ笑む二人の目には、彼らの進む先に何を見たのか。
――二つの月が照らす夜空だけがそれを知っているのかもしれない。
*****
ザバァとボクに湯を浴びせた後自身もザバァとお湯を被ったエステラに放り投げられる形で湯舟へと突き落とされた。力は大分戻ってきているけど自分で何かをしようとするとその悉くをエステラに止められて人形のように扱われる。そんなやり取りを何度か経て最早抵抗する気もなくしていたらコノザマだ。
「流石に今のは乱暴すぎだと思う」
「頭から投げ込んでないんだからいいだろー?よっと――」
ゆっくり湯船に入ろうとしないエステラが飛び込んだせいで、更に湯船の外へと心地よい温度になった湯が流れ出ていく。
「ハァ~~やっぱ手合わせの後の風呂は最ッ高だなぁ~!」
「ねぇ、ボクに用があったのは手合わせしたかったからだけなのになんで風呂まで一緒に入ってるの?」
風呂に浸かりながら一息つけたので何故二人で一緒に風呂に入っているのかエステラに尋ねる。
「なんでって……同じ弟子同士なら普通じゃないのか?!」
「いや知らないけどそんなこと。え、もしかしてそんな思い込みが原因で今こんな状況になってんの?」
「だってあたしの兄弟子達はみんな一緒に入ってたぞ?何故かあたしだけ女だからって除け者にされてたけど」
「普通はそうじゃないの。常識的な兄弟子だと思うよ、それ」
「えぇ~?!なんでだよー!同じ弟子同士なんだから一緒に入るもんじゃないのか?!」
「仲が良ければそういうこともあるだろうけど、ボク達一応今日が初対面だよね?」
「むぅ~~……。せーっかくあたしも同じ様に楽しくできるって思ってたのに……」
膨れっ面でそんな事を言い出したエステラ。もしかしてこいつ弟子時代に一人だけ女の子だから配慮されてたのを除け者にされてるって勘違いしたままで、その当時できなかった事をボクという新しい弟子が出来たことで穴埋めしようとしてるのか?それはまたなんとも……
「――なァ」
エステラの呼び声の方向へと顔を向けると、そこには先程までとはまるで違う真面目な顔をしたエステラが居た。
「あたしはさ、ガキん時に辺境伯様…親父さんに拾ってもらってさ……それまで生きるために必死で周りに信じられるやつも誰も居なくて、多分あのままいたら捕まって牢獄送りかフクロにされて死んでたと思う。今だからこそ親父さんに感謝してるけど、当時は言い尽くせないくらい迷惑かけちまってさ……。てめえが言えた義理じゃないってわかってんだけどさ。セラ、ペインゴッズの親父さんの事よろしく頼むな。あたしはもう城勤めだから毎日顔出せるわけじゃないし…な」
脳筋だと思ってたエステラの口から思いがけない言葉が紡がれボクはなんとも言えない顔をしてたと思う。ぶっきらぼうでガサツだけど、こいつはこいつなりに感謝をしてて師でもあり親でもあったペインゴッズのおっさんの事が大切なんだという気持ちが染み込むように伝わってくる。
「――大丈夫、伝わってるよ」
「そっか。……じゃ、あたしは先に上がって帰るわ。――親父さんの修行、優しそうに見えて結構きっついから頑張れよ」
脱衣場へと戻る際にさりげなく応援してくれたあたり根の部分でも優しい奴なんだろう。
一人残された風呂に浸かりながら明日からの事を考える。王城へ上がるにしても日程もまだ決まっていない。明日一日は王都を見て回る予定だけど、そこからはこの都から通える位置にあるダンジョン”ガラテア大迷宮”と”ゲルクト大墳墓”の攻略もしていきたい。どちらも三大ダンジョンの一つに数えられるだけあって規模も得られる経験も期待していいだろう。
おっさんとの修行も含め、今後も続く長い冒険の為にもボク達はここで力を付けておかないといけない。旅路としてはそれなりの期間停滞する事にはなるだろうけど、基礎と地力が無ければ先が無いのは目に見えている。偶然結ばれたこの絶好の縁を活かさない手はないんだから――
自分自身に言い聞かせる様に頭の中で思案して今後について様々な予想や次善策を考える。元いた世界でもそうだったけど、リラックスしながらの思考は程よく頭が回転してくれるっぽくて捗る。ある程度の想定と対策を練った後風呂から上がり、いつの間にか用意されていた寝間着を有難く着させてもらいそのまま与えられた自室へと戻って慣れない大きなベッドで寝た。
エステラのペインゴッズのおっさんへの愛称は親父さん。
引き取られて以降血の繋がり等無関係に時に厳しく、時に優しく自身を指導し見守ってくれた辺境伯の事は顔も名も知らない実の両親よりもよっぽど父親であった。
他の兄弟子達は王国騎士団入隊後は規律の事もあり辺境伯様呼びであるが、エステラだけは他人行儀な呼び方が嫌で公ではない場所や部外者が居ない場では親父さんと呼んでいる。ペインゴッズもTPOを踏まえているのであれば特にそれを咎める事はしていません。




