抹茶の苦み・誘いの苦み
「もしかして、石上さんはそれで茶道部は合わないと思った?」
俺は文化祭では、日本の総合芸術としての茶道を押し出していた。でも、石上は多くのことに手を出さなければいけないと負担に感じていたのかもしれない。俺の質問に石上は目を見開いて固まった。しばらくして石上はようやく口を開いた。
「そうですね。それは理由です。私ではどれも中途半端になるでしょう」
「そっか…。それじゃあ説明の仕方が悪かったな。茶道をすれば色々な日本文化をできるけど、だからといって全部する必要があるわけじゃない。たとえば茶会は一番正式になると懐石料理が付くけれど、実際に出せるレベルできちんと懐石料理を作れる人なんて極少数だよ。ほとんどの人は抹茶を点てる点前と、客として抹茶をいただく作法くらいじゃないかな」
「確かに、最小範囲ならば華道と比べても自明に多いとは言えなさそうですね」
石上は明るい顔で頷いて見せる。文化祭の頃の関係では、ここまでの話はできなかったと思う。席替えからまだ一ヶ月もたっていないが、多少は心を開いてくれたらしい。
「それに…抹茶の味も私にはあまり美味しく感じられませんでした」
海外だと抹茶に牛乳や砂糖を入れたりすると聞く。以前試してみたときは甘さがくどくて飲み切るのがやっとだったが、紅茶文化ならそれくらい甘くしないと飲めないのだろうか。
「……味は文化の違いも好みの問題もあるから難しいな。慣れれば普通に飲めるんだけど、どちらかと言えば抹茶は苦めに作られてるし」
「永海、お前たしか甘みが強い抹茶を持ってるって言ってなかったか?」
抹茶でも産地によって多少の傾向がある。古都のものと比べて三河地域の抹茶は甘い傾向にある。ただ、抹茶の中で甘いだけで、砂糖や牛乳を入れた紅茶と比べると苦いと思う。思案する俺を見かねてか、日下部は俺に顔を寄せてささやいた
「一度試してみればいいんじゃないか?抹茶を点てるくらいならすぐだろ?」
……簡単そうに言うな、無理に決まってるだろ。
茶を点てて飲む場所も問題だし、そもそも学校外で石上に会う約束を取り付けないといけないしでハードルが高い。
「茶道具があって、2人がいても変じゃない所か…。そうだ楓月さんの家は?彼女の家なら茶道具とか色々あるんじゃ?」
日下部に押されて俺は仕方なく楓月に連絡を送った。
楓月からはすぐにメッセージが返ってきた。
「私の家でもできなくはないわ。けれど、貴方にその度胸があるかしら?」
「ないです」
「どこでするにしても一応私を呼びなさい。波音にも伝えておくわ」
日下部にも画面を見せると露骨に呆れた顔でため息を吐いてくる。
「もう少し粘れよ」
「こっちは乗り気じゃなかったのに、逃げ道がなくなっているんだが」
「他に候補地はないのか?」
「公民館のような貸し和室や貸し茶室なら安くはないができはする。他にもあるけど……」
日下部に返事しながら、俺は別の相手に連絡を入れる。
「先輩、寮の部屋って友達とか入れていいんですか?」
「なぜ11月になってからそれを聞く?他人を入れてはいけないというルールはない。ただ、不純異性交遊は流石に駄目だ。以前それで怒られた」
俺と石上以外に、寮には3年生が2人住んでいる。上下階なのをいいことに連れ込んだことがあるらしい。先輩の突然の暴露に呆れたが、とにかく場所は確保できてしまった。
諦めて隣の席に座る石上にメッセージを送ると、意外と乗り気な返信が返ってきた。
「いいですよ。私も多少は日本食に慣れてきました。今ならもっと美味しく頂けると思います。」
「わかった。急だけど、明日はどう?」
幸い4人とも明日は予定がないということで、急ながら石上、楓月、日下部を招くという文化祭と同じ組み合わせの茶会を再び開くことが決まった。




