↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
369の世界 〜12冊の魔導書〜  作者: ダーク創造神
第一章 小学校低学年
42/43

第41話 北の大地

ーーーー 北の大地へ ーーーー


――夏休み後半。


フロンティア王国北方。


ミョルニル山脈を越えた先に、

その場所は存在していた。


人の足跡すら、ほとんど残されていない。


一年を通して雪が降り積もり、

白銀の大地が果てしなく広がる――。


人々からは、こう呼ばれている。


『北の大地』。


そのさらに奥。


氷に閉ざされた世界のどこかに、

次なる魔導書が眠る。


――氷の神殿。


タカミザワ一行は、その地を目指していた。


やがて。


ガタン、ゴトン……。


列車がゆっくりと速度を落としていき、

車内にアナウンスが流れた。


『終点~、ミョルニル山脈北方~』

『終点~、ミョルニル山脈北方~』

『手荷物など~、お忘れ物の無いように気をつけてお降りください~』


プシューッ……。


列車の扉が開く。


時刻は朝の九時。


タカミザワたちは、

次々とホームへ降りていった。


「…………」


ホームの先に広がっていたのは――。


雪。

雪。

そして、雪。


視界の果てまで続く白銀の世界。


吹き抜ける冷たい風が、

容赦なく彼らの身体を撫でていく。


「うわぁ……」


ミロクが思わず声を漏らした。


「すごい……」


目の前には、

見慣れた街も、建物も、人の姿もない。


あるのは巨大な雪山と、

果てしなく続く白い大地だけ。


ユンも静かに周囲を見渡す。


「……本当に、誰もいませんね」


「当然だ」


タカミザワは眼鏡を押し上げた。


「ここから先は徒歩になる」


そう言って、雪原の彼方を見る。


「北の大地は、万年雪が降り積もる未開の地だ」


タカミザワの瞳が鋭くなる。


――千里眼。

遠く離れた場所の情報を読み取る力。


その能力によって、

彼はこれから進む道を頭の中で組み立てていた。


「俺の千里眼では……」

「ここから徒歩で、通常十日かかる計算だ」


「…………」


一同が固まった。


「…………十日?」


ミロクが聞き返す。


「徒歩十日!?」


次の瞬間。


「夏休みが終わっちゃうよ!?」


ミロクが頭を抱えた。


「宿題もまだあるのに!!」


「そこかよ」


ケイタロウが呆れたように笑う。

しかし、タカミザワは動じない。


「心配する必要はない」


「え?」


タカミザワが振り返ると、

その視線の先にいるのは――アカヤ。


「今回は、アカヤがいる」


「俺?」


突然名前を呼ばれ、アカヤが眉を上げる。

タカミザワは淡々と説明を始めた。


「アカヤの固有能力――」

「『絶対温度』。」


「周囲の温度を、およそ二十五度に維持する能力だ」


「その力を利用すれば、北の大地の寒さをある程度無視できる」


アカヤは自分の手を見る。


「……俺の能力で?」


「ああ」


タカミザワは頷く。


「もし絶対温度が周囲の雪や環境にまで十分作用するなら――」


雪原を見る。


「雪による移動速度低下を大幅に軽減できる」


そして。


「徒歩二日程度で、氷の神殿まで到達できる可能性がある」


「二日!?」


ミロクの顔が明るくなる。


「十日が二日になるの!?」


「理論上はな」


タカミザワは即答した。

その言葉に、全員が少しだけ沈黙する。


「……理論上?」


ユンが尋ねる。


「ああ」


タカミザワはアカヤを見る。


「問題は、絶対温度がどこまで機能するかだ」


タカミザワの表情が僅かに険しくなる。


「以前、ミロクとアカヤが戦った時――」


その場にいた者たちの脳裏に、

雪の日の戦いが蘇る。


激しい魔法戦。


「アカヤの周囲では、雪や氷がどの程度影響を受けるのか」

「絶対温度によって、雪が溶けるのか」


「能力の範囲はどこまでなのか」

「長時間使用した場合、本人に負担があるのか」


一つ一つ、未知数だった。


「……まだ、分からない」


タカミザワが珍しく断言を避ける。


「つまり――」


スコールが腕を組む。


「実際に行ってみないと分からないってことか」


「その通りだ」


タカミザワは頷いた。


「これは、俺にとっても賭けだ」


その言葉に、アカヤが少し驚いた。

タカミザワが「賭け」と口にする。


それだけ、

この先が未知の領域だということだった。


北の大地。

未踏の雪原。


そして――氷の神殿。


そこに何が待っているのか。

誰にも分からない。


だが。


「……喋ってても足は進まないだろ!」


ケイタロウが突然、大声を上げた。


「とりあえず行ってみようぜ!」


「ケイタロウ……」


ミロクが呆れたように見る。


「細かいことは、やってから考えればいい!」


そう言って、

ケイタロウは雪原へ踏み出した。


ザクッ。


雪に靴が沈む。


「おお……!」


もう一歩。


ザクッ。


「結構深いな!」


ケイタロウは楽しそうに歩いていく。


「待ってよー!」


ミロクも慌てて追いかける。


スコール。

ユン。

ヒヨノ。

ガンツ。


そして、アカヤも続いていく。


最後にタカミザワが、北の大地を見つめた。


その彼方には――。


白銀の山々。

吹き荒れる雪。


そして、

千里眼でも完全には捉えきれない何かがある。


「…………」


タカミザワは目を細めた。


――氷の神殿。


そこに眠る魔導書。


そして、

この北の大地そのものが隠している秘密。


「……面白い」


小さく呟く。


そして彼も、

仲間たちの後を追って歩き始めた。


ザクッ。

ザクッ。

ザクッ。


こうして――。


タカミザワ一行の

『北の大地』攻略が始まった。


夏休みが終わるまで――、

残された時間は、もう多くない。


ーーーー 雪の回廊 ーーーー


――ザクッ。


アカヤが、

北の大地へ最初の一歩を踏み出した。


その瞬間だった。


――シュウウウウウッ……!!


「…………え?」


アカヤを中心に、雪が一斉に消えていく。


半径十メートル。


そこに積もっていた大量の雪が、

まるで巨大な熱源に触れたかのように溶け始めた。


白銀だった大地が、

みるみるうちに姿を変えていく。


雪が消え――、

その下から現れたのは、枯れ果てた草。

そして、剥き出しになった岩や石。


さらに数秒後、

アカヤの周囲十メートルだけが、

完全に雪のない地面へと変わった。


「…………」


一同が言葉を失う。


その光景を、

タカミザワはじっと見つめていた。


そして――。


「……やはりな」


目を細める。


「本当に雪が溶けた……!」


ミロクが目を丸くする。


「すごい……!」

「これ、全部アカヤの力なの!?」


ヒヨノも驚いた様子で、

溶けていく雪を見つめていた。


アカヤ自身も、

自分の足元を見ている。


「……今まで、気にしたことがなかった」


「は?」


ケイタロウが振り返る。


「なんでお前が驚くんだよ!」


「いや……」


アカヤは困ったように頭を掻いた。


「絶対温度って、周囲の温度を一定にするだけだと思っていたからな」


「いやいやいや!」


ケイタロウが大げさに手を振る。


「それで雪が全部溶けるなら、めちゃくちゃ便利じゃねーか!」


「……確かに」


アカヤは改めて自分の能力を見つめた。


今まで、

戦闘以外で使うことなどほとんどなかった。


炎を操る力。


そして、

自分自身の周囲を一定の温度に保つ力。


ただ、それだけだと思っていた。


しかし――。


この極寒の大地では、

その能力は、まったく別の意味を持っていた。


「これが……」


ガンツが溶けていく雪をじっと見つめる。


「固有能力(ユニークスキル)か……」


その声には、明らかな興味があった。


魔眼《鷹の目》を持つガンツの視線は、

雪の溶け方、範囲、速度、その全てを観察している。


「面白い」


小さく呟いた。

タカミザワも頷く。


「これなら計算通りだ」

「アカヤを中心に移動すれば、雪による移動速度低下をほぼ無視できる」


タカミザワは地面を見ている。


雪がなくなったことで、

足場は驚くほど歩きやすくなっていた。


「北の大地は、雪がなければこういう場所なのか……」


ミロクが足元を見ると、

そこにあるのは、枯れた草と岩。


決して豊かな土地ではない。

だが、少なくとも雪に足を取られることはない。


「よし!」


ケイタロウが拳を握る。


「これなら進めるぞ!」


彼が先頭に立って歩き始める。


「アカヤ!」


「ん?」


「お前は真ん中な!」


「分かってる」


アカヤを中心に、

ミロクたちが周囲を囲む。


誰か一人でも離れれば、

そこから先は極寒の世界。


自然と全員が、

アカヤから一定以上離れないように歩くことになった。


――ザクッ。

――ザクッ。

――ザクッ。


歩いた場所から、雪が消えていく。

白銀の大地に一本の道が生まれていった。


まるで――、

雪原の中に作られた、巨大な回廊。


それが、彼らの進む道だった。


ーーーー


それから――三時間。


「…………」


誰もが少しずつ疲れを見せ始めていた。


アカヤを中心とした雪のない道は続いている。


だが、その先には再び深い雪原が広がっていた。


「……まだまだ続くな」


スコールが遠くを見る。


「ああ」


ケイタロウも頷く。


その時。


「少し休憩にしよう」


タカミザワが口を開いた。


「ちょうど昼食の時間だしな」


「おっ!」


ケイタロウの表情が一瞬で明るくなる。


「飯か!」


――ぐぅ~~~~。


「…………」

「…………」

「…………」


静寂。


スコールがケイタロウを見る。


「……お前、腹鳴ってんじゃねーか!」


「仕方ねぇだろ!」


ケイタロウは腹を押さえる。


「三時間も歩いたんだぞ!」


「まだ昼飯って言われただけだろ!」


「だから腹が減ったんだよ!」


「意味分かんねぇよ!」


いつものやり取りが始まる。


そんな二人を見ながら、

ガンツがタカミザワへ視線を向ける。


「……アイツら、いつもあんな感じなのか?」


「気にするだけ時間の無駄だ」


タカミザワは即答した。


「そうか」


ガンツも、それ以上は何も言わなかった。


ミロクたちはレジャーシートを広げ、

昼食の準備を始める。


だが――、

タカミザワは食事よりも先に、

別の確認を始めた。


「……」


温度計を取り出す。


そして――、

アカヤの能力範囲の外へ向ける。


温度計の数字が、ゆっくりと下がっていく。


――20℃。

――10℃。

――0℃。


そして。


――マイナス20℃。


「……」


タカミザワは温度計を見つめた。


「少し外に出ただけで、簡単に死ねそうだな」


「…………」


ミロクが固まった。


「冗談になってないよ? タカミザワ……」


「冗談ではない」


タカミザワは淡々と言った。


「事実だ」


ミロクの顔が引きつる。


「えぇ……」


「だから全員、アカヤから離れるな」


タカミザワは全員を見る。


「夜に野営をする時もだ」

「アカヤがトイレに行く時も――」

「基本的には、全員近くにいろ」


「と、トイレも!?」


 アカヤの顔が一気に赤くなる。


「仕方ないだろ?」


 タカミザワは平然としている。


「お前が離れれば――」


 温度計を見ながら。


「漏れなく全員、凍死確定だからな」


「言い方!!」


アカヤが叫ぶ。

ケイタロウが吹き出す。


「ははは!そりゃ大変だ!」


「笑い事じゃねぇ!」


アカヤが怒鳴る。


しかし――、

タカミザワは笑っていなかった。


「まだまだ先は長い」


視線を北へ向ける。


「そして、ここにはどんな魔物が出るのかも分からない」


全員が静かになる頃、タカミザワは続けた。


「俺は常に千里眼で周囲を確認する」

「進路の確認、危険の察知、地形の把握――俺はナビに徹する」


そして仲間たちを見る。


「お前らが、それ以外をやれ」


ミロク。

スコール。

ケイタロウ。

ユン。

ヒヨノ。

ガンツ。


そしてアカヤ。


それぞれの役割を考える。


「……仕方ないな」


ケイタロウが腕をぐるぐる回した。


「やるっきゃない!」


「任せて」


ミロクも頷く。


「俺もやる」


スコールも続く。


アカヤは自分の周囲に広がる

雪のない大地を見つめた。


自分の能力が――、

この仲間たちの命を守っている。


その事実を、改めて実感する。


「……俺も、頑張るよ」


アカヤが呟く。


タカミザワは、

それを聞いてほんの少しだけ口元を緩めた。


「それでいい」


白銀の大地。


その中心にだけ存在する、暖かな世界。


彼らはまだ知らない。


この北の大地が――、

ただ寒いだけの場所ではないことを。


氷の神殿へ向かう旅は、

まだ始まったばかりだった。


ーーーー 氷と炎 ーーーー


――歩いては野営し、歩いては野営する。

それを繰り返すこと、三日。


タカミザワ一行は、

ついに目的地へと辿り着いた。


目の前にそびえ立つのは、巨大な樹氷。


幾重にも枝分かれした氷の結晶が、

空へ向かって鋭く伸びている。


その中心に――、

不自然なほど整った、石造りの建物があった。


雪山の中に、

まるで異物のように存在する古代建築。


氷に覆われた巨大な神殿。


――氷の神殿。


「……やはり、子供の足ならば三日か」


タカミザワは目を細めた。


当初の予定では、徒歩二日。


しかし、雪深い道を進むには、

やはり最速での移動は無理があった。


それでも通常なら十日かかる道のりを、

三日で踏破したのだ。


アカヤの固有能力《絶対温度》がなければ、

到底不可能だっただろう。


「……」


タカミザワは眼鏡を押し上げる。


――千里眼。


その視界が、神殿の周囲を捉えていく。


雪山の斜面。

樹氷の影。

神殿へ続く石段。


そして、その奥。


数秒後。


「……今回は、邪魔者はいないようだ」


タカミザワの口元が、僅かに緩んだ。


「暗殺者《アサシン》とマルオがいないってこと?」


ミロクがすかさず尋ねる。


「ああ」


タカミザワは頷いた。


「今回は、楽に探索ができるだろうな」


「楽に、ねぇ……」


アカヤが神殿を見上げる。


これまでの神殿探索が、

決して楽ではなかったことを思い出していた。


だが、

タカミザワはすでに次の行動へ移っていた。


人の背丈ほどもある杖を、

ゆっくりと前へ掲げる。


「炎よ……」


杖の先端が、淡く輝き始めた。


「我が道の障害となる物質を焼き尽くせ」


その声に呼応するように、

周囲の空気が揺らぐ。


「――炎の槍《フレイムランス》、五連」


ゴオオオオッ!!


杖の先端から、

五本の炎の槍が生み出された。


炎の魔素が、

アカヤの《絶対温度》の領域内から吸収されていく。


赤く燃え盛る槍が、宙に浮かび――。


次の瞬間。


ヒュンッ!!


五本の炎槍が、

正面の雪壁と樹氷へ向かって飛んだ。


――ジュワアアアアッ!!


轟音とともに、

雪と氷が溶け始める。


分厚い雪壁に穴が開き、

巨大な樹氷の一部が崩れ落ちた。


溶けた氷が地面を流れ、

白い蒸気が立ち上る。


そして――、

絶対温度の領域から飛び出した蒸気が、

急激に冷やされていく。


空中で水分が凍りつき、

無数の氷の粒となった。


キラキラと輝く、細かな結晶。


まるで、夜空に舞う星屑のようだった。


「「綺麗……」」


ヒヨノとユンが、同時に声を漏らす。

ミロクたちも思わず見入ってしまった。


炎と氷。


相反する二つの属性が生み出した、

ほんの一瞬の奇跡。


その美しさに、誰もが足を止めていた。


――だからこそ。


最初の異変に気づいたのは、

タカミザワだけだった。


ーーーー 氷のエレメント ーーーー


彼の表情から、先ほどまでの余裕が消える。


「……全員、動け」


低い声だった。


だが、誰もすぐには反応できなかった。


「え?」


ミロクが振り返る。


タカミザワは、

炎槍が溶かした雪壁の向こうを見つめていた。


「今すぐだ」


その瞬間。


――ピシッ。


遠くの雪原から、

何かが砕けるような音が響いた。


続いて、もう一度。


――ピシッ、ピシピシッ。


音は一つではなかった。


雪の下から。

樹氷の内部から。

神殿へ続く石段の脇から。


あらゆる方向で、氷が軋み始める。


ヒヨノが息を呑んだ。


「……何の音?」


答えは返ってこなかった。


樹氷の影が、ゆっくりと揺らぐ。

吹雪のせいではない。


影そのものが、

こちらへ向かって動いていた。


次の瞬間。


青白い光が、雪原の中に浮かび上がった。


一つ。

二つ。

三つ。


さらに、その奥にも、

光は次々と増えていく。


まるで、雪山全体に

無数の眼が開いていくようだった。


「……何、あれ?」


ミロクの声が震える。


青白い光が人型の輪郭を形作り、

氷の粒子をまといながら、

ゆっくりと浮かび上がった。


腕。

胴体。

頭部。


しかし、そこに顔はない。


ただ、

空洞の奥で冷たい光だけが燃えている。


さらに一体が立ち上がる。

その背後で、また一体。


数える間にも、

雪原のあちこちから新たな光が生まれていく。


「氷のエレメントだ」


タカミザワは冷静に告げた。


だが、その声には

先ほどまでの軽さがなかった。


「エネルギー体で、物理攻撃は受け付けない魔法生物だ」


氷のエレメントの一体が、

こちらへ顔を向けた。


音はない。


それでも、全員が見られていると感じた。


次の瞬間。


――ズズズズズ……。


雪原が波打ち、

エレメントたちが、一斉に動き始める。


歩いているようには見えない。


雪の上を滑り、

氷の粒子を撒き散らしながら、

まっすぐこちらへ迫ってくる。


「なんで、そんな奴が現れたの!?」


ミロクの声が上ずる。


「氷と炎は相反する属性だ」


タカミザワは神殿へ向かって歩き出した。


いや、歩くというより、急いでいた。


「このエリア一帯には、炎の魔素が存在しない」


杖を握る手に力がこもる。


「そこへ突然、炎の魔素が攻撃性を持って現れた」

「氷のエレメントが防衛本能を働かせて、襲いに来る」


背後で、氷の砕ける音が連続して響く。


――パキンッ!


――バキバキバキッ!


エレメントたちの数が、

さらに増えていた。


「つまり――」


タカミザワが振り返る。

その瞳に、初めて明確な警戒が浮かんでいた。


「氷のエレメントにとって、俺たちは外敵になったということだ」


「外敵って……!」


ミロクたちも慌てて走り出す。


アカヤの《絶対温度》の領域から外れれば、

足元の雪が一瞬で靴を呑み込む。


それでも、

立ち止まることはできなかった。


背後から迫る気配が、あまりにも多すぎる。


「タカミザワ!」


ケイタロウが叫ぶ。


「倒せないのか!?」


「倒せる」


タカミザワは即答した。


「だが、エレメントたちは無限湧きする」


「……無限湧き?」


スコールが振り返る。


その視線の先で、

先頭のエレメントが腕を振り上げた。


空気が凍りついた。


次の瞬間、

無数の氷の刃が雪面から突き出した。


――ズガガガガガッ!!


「うわっ!」


ケイタロウが横へ飛び退く。


氷の刃は、

彼のいた場所を貫き、白い粉塵を巻き上げた。


「振り返るな!」


タカミザワが怒鳴る。


「走れ! 神殿まであと少しだ!」


全員が石段へ駆け上がる。


だが、

凍った階段は滑りやすく、足を取られる。


「ヒヨノ!」


ユンが手を伸ばした。

ヒヨノの足が滑り、身体が後ろへ傾く。

その背後から、青白い影が迫っていた。


「掴まって!」


ユンが腕を掴み、必死に引き寄せる。

直後、二人のいた場所を氷の腕が薙ぎ払った。


――ゴォンッ!!


石段の一部が砕け散る。


「急げ!」


ケイタロウが神殿の扉へ手を伸ばす。


しかし、

巨大な石造りの扉は固く閉ざされていた。


「開かねぇ!」


「押せ!」


スコールが駆け寄り、

二人で扉に体当たりする。


――ドンッ!


動かない。


背後では、

氷のエレメントたちが石段を上がってくる。


その数は、すでに十体を超えていた。

いや、さらに増えている。


雪原のあちこちで、

青白い光が生まれ続けていた。


「タカミザワ!」


ミロクが叫ぶ。


「早く! もうそこまで来てる!」


「分かっている!」


タカミザワは杖を扉へ向けた。


「下がれ!」


杖の先端に炎が集まる。


だが、アカヤの領域から離れた炎は、

瞬く間に弱まっていく。


「ここで魔法を使ったら、また増えるんじゃないの!?」


ミロクが叫ぶ。


「だから一撃で開ける!」


タカミザワが詠唱を始める。

その間にも、氷のエレメントが迫る。


先頭の一体が、腕を振り上げた。


青白い冷気が渦を巻き、

周囲の温度が一気に下がる。


アカヤの《絶対温度》の領域が、

押し返されるように狭まった。


「アカヤ!」


タカミザワが叫ぶ。


「領域を広げろ!」


「やってる!」


アカヤが歯を食いしばる。


炎の魔素が周囲に広がり、

凍りついた空気を押し返していく。


だが、氷のエレメントの数が多すぎる。


冷気が波のように押し寄せ、

足元の雪が再び凍り始めた。


「タカミザワ、まだか!?」


ケイタロウが扉を押しながら叫ぶ。


「あと三秒だ!」


「三秒って長ぇぞ!」


「黙って耐えろ!」


氷のエレメントが、目の前まで迫った。


その腕が、ゆっくりと振り上げられ、

氷の刃が、空中に無数に生まれていた。


「来る!」


ガンツが叫ぶ。


「伏せろ!」


全員が身を屈めた。


――ズガガガガガッ!!


氷の刃が一斉に飛来する。


石段を砕き、樹氷を貫き、

神殿の扉へ突き刺さった。


衝撃で、ケイタロウの身体が吹き飛ばされる。


「ケイタロウ!」


スコールが腕を掴み、どうにか引き止めた。


その直後。


「――今だ!」


タカミザワが杖を振り下ろした。


「炎よ、道を開け!」


杖の先端から炎の奔流が放たれる。


アカヤの領域内にある炎の魔素を一気に吸収し、

巨大な火柱となって石造りの扉へ叩きつけられた。


――ドゴオオオオオオオオッ!!


扉全体が赤く染まり、

表面の氷が一瞬で蒸発する。


重い石の軋む音が響いた。


――ギギギギギ……。


「開いた!」


ミロクが叫ぶ。


「全員、中へ!」


タカミザワの指示に、誰も逆らわなかった。


ミロク、ユン、ヒヨノ、ガンツ、スコールが、

次々と神殿へ飛び込む。


アカヤも後退しながら、領域を維持する。


氷のエレメントが、すぐそこまで迫っていた。


青白い腕が伸びる。

指先が、アカヤの肩へ触れかけた。


「アカヤ!」


ケイタロウが腕を掴み、力任せに引き込む。


「走れ!」


二人が扉の内側へ転がり込んだ。


最後にタカミザワが飛び込み、

ケイタロウとスコールが扉を押し閉める。


――ズンッ!!


重い音が神殿内に響き渡った。


直後。


――ドンッ!


扉の向こうから、何かが激突した。


――ドンッ! ドンッ!


石造りの扉が震える。


氷のエレメントたちが、

外側から押し寄せている。


扉の隙間から、青白い光が差し込んだ。


「押さえろ!」


ケイタロウが叫ぶ。


全員が扉に体重をかける。


だが、外から加わる力は一体分ではなかった。


何十もの存在が、扉を破ろうとしている。


――バキッ。


扉の表面に、細い亀裂が走った。


「まずい!」


ミロクが叫ぶ。


タカミザワは杖を扉へ向けた。


「全員、離れろ!」


「でも、またエレメントが――」


「構わん!」


タカミザワが杖を突き出す。


「この扉を、神殿の結界に接続する!」


杖の先端から淡い光が走り、

扉の表面へ刻まれた古い紋様へ吸い込まれていく。


――ゴォン……。


神殿全体が低く唸った。

扉の亀裂が、ゆっくりと閉じていく。


外からの衝撃が、さらに一度。


――ドゴンッ!!


しかし、今度は扉が揺れなかった。


青白い光が、隙間から消えていく。

やがて、外の音も遠ざかっていった。


誰も、すぐには動けなかった。


荒い息だけが、

冷え切った神殿内に響いている。


「……無限湧き、か」


スコールが壁に背を預け、息を吐く。


「それじゃあ、戦っても意味がないな」


「そういうことだ」


タカミザワは杖を下ろした。


ガンツが、ふと疑問を口にする。


「……タカミザワ」


「何だ?」


「なぜ、炎の魔法を使った?」


タカミザワは眼鏡を押し上げる。


「氷の神殿に行くまでの道に、氷のエレメントがちょうど五体いた」


「……五体?」


「ああ」


タカミザワは平然と言った。


「だから、炎槍を五本生成して倒した」


ガンツは少しだけ目を細めた。


「……先読みか」


「当然だ」


タカミザワは鼻を鳴らす。


「無駄な戦闘を避けるためにな」


ガンツは納得したように頷いた。


しかし――。


「……それにしても」


ミロクが周囲を見渡す。


「寒そうだね……」


神殿の内部は、

外の雪原と変わらないほど冷え切っていた。


石造りの壁には、分厚い氷が張りついている。


床も、天井も、柱も。

すべてが凍りついていた。


吐く息が白く染まる。


アカヤの《絶対温度》の領域から一歩離れただけで、

身体の芯まで冷えていくようだった。


「……ここが、氷の神殿」


ヒヨノが小さく呟く。


その声は、

静かな神殿の中に吸い込まれていった。


タカミザワは、奥へ続く通路を見つめる。


「……さて」


眼鏡の奥で、瞳が鋭く光る。


「ここからが本番だ」


氷の神殿。


その奥に眠る魔導書。


そして――。


この冷たい神殿を守る、未知の魔法生物たち。


タカミザワ一行は、静かに歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。