第42話 氷の神殿
ーーーー 氷の神殿 ーーーー
――コツ……。
――コツ……。
氷の神殿の中を、ミロクたちは歩いていた。
広々とした神殿内部の天井は遥かに高く、
巨大な石柱が何本も並んでいる。
その全てが、薄い氷に覆われていた。
誰かが歩くたびに――。
コツ、コツ、コツ……。
靴音だけが、静寂の中へ吸い込まれていく。
それ以外には、何も聞こえない。
まるで、この場所だけ
時間が止まっているかのようだった。
「……魔物は、いないようだな」
ガンツが周囲を見渡しながら呟く。
「さっきみたいに、エレメントがたくさん現れても嫌だけどね」
ミロクも周囲を警戒しながら歩く。
あの雪原で見た、無数の氷のエレメント。
倒しても倒しても湧き続けるとされる存在。
できれば、二度と遭遇したくない。
「逆に好都合だな」
タカミザワが答えた。
彼は歩きながら、常に千里眼を使っている。
前方。
左右。
天井。
地下。
視界に映らない場所まで探るように、
慎重に進んでいく。
「今のところ、敵性反応はない」
「このまま魔導書まで一直線――」
そう言いかけた時だった。
「……ん?」
前方の通路が、突然広がった。
一行は大きな部屋へと足を踏み入れる。
そこには――、
大小様々な氷塊が、無数に転がっていた。
床。
壁際。
部屋の奥。
まるで巨大な氷河が崩れ落ち、
そのまま固まったような光景だった。
「なんだ、ここ……」
ミロクが呟く。
そして、
その中心に――巨大な氷塊があった。
高さ、およそ十メートル。
天井近くまで届くほどの巨大な氷の塊が、
完全に道を塞いでいる。
「ずいぶんとデカい氷塊だな」
ケイタロウが首を上げる。
その大きさに、思わず後ずさった。
「この先に道がある」
タカミザワが氷塊を見つめながら言う。
千里眼で、その先を確認していた。
「この氷塊さえ除去すれば、先へ進める」
「氷塊をよじ登れば行けそうだ」
スコールが見上げる。
「俺ならいける」
そう言って、氷塊に手を掛けようとする。
しかし――。
「私達は登れないよ?」
ヒヨノが言った。
ユンも後ろで頷く。
「……うん」
二人の視線が、巨大な氷塊へ向く。
高さ十メートル、足場もない。
しかも表面は完全に凍っている。
スコールやケイタロウならともかく、
力の弱い女の子たちにとっては、あまりにも厳しい。
「なら、魔法で溶かすしかないか」
アカヤが言う。
しかし――。
「待て」
ガンツが静かに口を開いた。
「氷の魔素しかない、この場所で炎魔法を使えば……」
周囲を見る。
「また氷のエレメントが現れるかもしれないな」
全員が黙った。
あの雪原での出来事が脳裏をよぎる。
炎の魔素を使った瞬間、
無数の氷のエレメントが出現した。
もし、
この神殿内でも同じことが起きたら――。
「……確かにな」
スコールが腕を組む。
さらに問題がある。
もしエレメントとの戦闘になれば――、
アカヤの《絶対温度》の範囲内で戦わなければならない。
つまり――、
誰もアカヤから離れられない。
狭い場所なら、まだいい。
しかし、
この巨大な氷塊の周辺で戦闘になれば、逃げ場がない。
「はぁ……」
タカミザワが大きくため息を吐いた。
そして、杖を手に取る。
「なら、この魔法を使うしかないな」
「この魔法?」
ミロクが首を傾げる。
タカミザワは答えない。
ただ、杖を前へ掲げた。
――シュン。
空気が歪む。
次の瞬間。
何もない空間に――、
巨大な金属製のドリルが現れた。
「えっ!?」
ミロクが目を丸くする。
「何それ!?」
鋭い金属の刃が螺旋状に並んだ、
巨大なドリル。
それが宙に浮いている。
「鋼魔法だ」
タカミザワが短く言った。
「鋼魔法……?」
ケイタロウが目を丸くする。
タカミザワが杖を動かすと、
ドリルが、ゆっくりと回転し始めた。
――ギュルルルルルル……!
「浮遊魔法で固定」
さらに風が集まる。
「そして、風魔法で回転速度を上げる」
――ギュオオオオオオッ!!
ドリルが猛烈な勢いで回転を始めた。
「いくぞ」
タカミザワが指を向けると、
ドリルが一直線に飛び出した。
――ドゴオオオオオオオオッ!!
巨大な氷塊へ突撃する。
瞬間。
「――――ッ!!」
凄まじい轟音が神殿内に響き渡った。
ギギギギギギギッ!!
鋼の刃が氷を削っていく。
氷の破片が弾け飛び、床へ落ちる。
「す、すげぇ!!」
ミロクが声を上げる。
「鋼魔法なんてものがあるのか……!」
スコールも目を見開く。
ケイタロウは、
削られていく氷塊を見ながら笑った。
「これなら楽勝だな!」
しかし――、
タカミザワは笑っていなかった。
「…………」
千里眼を使いながら、
氷塊の内部を見ている。
そして。
――ギシッ。
「……?」
ミロクが首を傾げた。
氷塊が――震えた。
「……今、動いた?」
――ギシ……。
巨大な氷塊が、再び震える。
「な、なんだ!?」
ケイタロウが身構える。
スコールも即座に木刀を構えた。
「まさか……」
タカミザワの表情が変わる。
「ゴーレムか……?」
「タカミザワ、何か知ってるのか!?」
アカヤが尋ねる。
タカミザワは、
地下図書館で読んだ古い資料を思い出していた。
古代文明。
魔法生物。
氷の魔素によって作られた存在。
その特徴――。
「……あれは」
巨大な氷塊の内部で、何かが動いた。
氷の表面に亀裂が走る。
――パキッ。
――パキパキパキッ。
亀裂が一気に広がった。
次の瞬間。
――ドゴォン!!
氷塊が内側から弾け飛び、
大量の氷片が宙を舞う。
その中心から――、
巨大な腕が現れた。
続いて、もう一本。
巨大な脚。
巨大な胴体。
そして――頭部。
全身を氷で構成した巨人が、
ゆっくりと立ち上がった。
身長は、優に五メートルを超えている。
「…………」
全員が見上げる。
巨大な氷の身体。
顔には目も口もない。
ただ、その胸部には――、
淡い青色に輝く何かが埋め込まれていた。
「……アイスゴーレムだ」
タカミザワが静かに告げた。
「氷の魔素が作った、無機物の魔物だ」
「氷のエレメントとは違うのか?」
ガンツが尋ねる。
「ああ」
タカミザワはゴーレムを観察する。
「全然違う」
杖の先をゴーレムへ向ける。
「エレメントは、魔素が形成した防御反応のようなものだ」
「明確な肉体を持たず、魔素そのものに近い」
「だから、物理攻撃が効かない」
ガンツが頷く。
「では、ゴーレムは?」
「ゴーレムには、明確な構造がある」
タカミザワの視線が、ゴーレムの胸部へ移る。
「そして――魔石がある」
ゴーレムの胸の奥。
氷の身体に埋め込まれた青い光。
「ゴーレム核と魔石」
「それが弱点だ」
「そこを破壊すれば――」
タカミザワが一歩前へ出る。
「勝てるはずだ」
その瞬間。
アイスゴーレムが腕を振り上げた。
――ズドォォォン!!
巨大な拳が床へ叩きつけられる。
氷の床が大きく揺れた。
「来るぞ!」
ケイタロウが叫ぶ。
スコールが前へ出る。
「任せろ!」
木刀を構え、低く腰を落とす。
ケイタロウも拳を握る。
「今度は、俺たちの出番だな!」
後方では――、ミロクが杖を構える。
ユンが弓を引く。
ヒヨノも魔力を集中させる。
ガンツはゴーレムの動きを静かに観察する。
アカヤも拳を握った。
「……いくぞ」
タカミザワが杖を向ける。
「狙うのは、ゴーレム核と魔石だ」
アイスゴーレムが咆哮する。
――グォォォォォォォッ!!
神殿全体が震えた。
静寂に包まれていた氷の神殿に――、
ついに、戦いの音が響き渡る。
氷の巨人と、魔導書を求める子供たち。
その戦いが、始まった。
ーーーー アイスゴーレム ーーーー
アイスゴーレムが、ゆっくりと右拳を掲げた。
巨大な氷の拳が天井近くまで持ち上がり、
周囲の空気が震える。
――ズズズズズ……。
その巨体だけで、
大地が軋んでいるようだった。
「……来るぞ!」
ケイタロウが身構える。
だが、ミロク達は
アカヤから離れることができない。
アカヤを中心とした陣形を
崩すわけにはいかなかった。
逃げることもできない。
避けることも難しい。
ならば――。
「このまま戦うしか……ない!」
ケイタロウが拳を握り締める。
その背後で、ミロクが両手を構えた。
「雷よ……堅牢なる氷人形の右腕を穿て!」
青白い電光がミロクの周囲を走る。
「――雷槍!!」
バシュンッ!!
雷光が一本の槍となり、アイスゴーレムの右腕の付け根へ一直線に突き刺さった。
――ドォォォン!!
凄まじい轟音。
氷の破片が周囲へ飛び散り、
アイスゴーレムの右肩が大きく削れる。
「やったか!?」
ミロクが叫ぶ。
しかし――、
アイスゴーレムは、止まらない。
削れたのは表面だけ。
巨大な右腕は健在だった。
「……嘘だろ」
ミロクの顔が引きつる。
続けて、ユンが弓を引き絞った。
「なら……これならどう!?」
弦が限界まで引き絞られる。
「固有能力――《絶対貫通》!」
――ヒュンッ!!
放たれた矢は、
氷の右腕をいとも簡単に貫いた。
だが、それだけだった。
矢が通過した細い穴が、右腕に残る。
「……貫いただけ?」
ユンが呟く。
次の瞬間――。
「俺がやる!」
スコールが前へ飛び出した。
刀を抜き、腰を落とす。
「桜花流……!」
一閃。
「――《花鳥風月》!!」
刀が空を薙ぐ。
――ズバァッ!!
鋭い風刃がアイスゴーレムの右腕を斬り裂く。
氷の粉塵が舞い上がる。
しかし――、
それでも、致命傷にはならない。
傷は浅く、巨体は微動だにしなかった。
「誰の技も……魔法も……通らない!」
アカヤの顔から血の気が引いていく。
そして――、
アイスゴーレムが拳を振り上げた。
「……っ!」
巨大な影が、ミロク達を覆い尽くし、
拳が落ちてくる。
「や……やられる!!」
ミロクが反射的に身を縮めた。
その瞬間。
――ポン。
誰かの手が、ミロクの肩に置かれた。
「何も、問題は無い」
「……え?」
振り返ると、
そこには、タカミザワがいた。
タカミザワは――鼻で笑っている。
「まぁ、見ていろ」
――ズドォォォォォン!!!
アイスゴーレムの右拳が、
ミロク達を叩き潰した。
「う、うわあぁぁぁぁぁ!!」
ミロク達の悲鳴が神殿内に響き渡る。
だが――、次の瞬間。
「――ザバァァァッ!!」
大量の水が、
ミロク達の頭上から降り注いだ。
「え……?」
全員が呆然とする。
頭から全身へと水が流れ落ちる。
「冷た……」
ケイタロウが身構えながら呟く。
「……くない?」
そして首を傾げる。
「ぬるい……!?」
目の前を見る。
そこには――、
右腕を失ったアイスゴーレムが、
呆然と立ち尽くしていた。
「アイスゴーレムの……腕が……」
スコールが目を見開く。
「なくなった!?」
その視線が、タカミザワへ向く。
タカミザワは涼しい顔をしていた。
「アカヤの固有能力だ」
「……え?」
「《絶対温度》は、気体、液体、固体……その状態を問わず作用する」
タカミザワは淡々と説明する。
「ここに来て最初の、氷のエレメントがこちらへ触れようとした時……エレメントの手が融解した」
ミロク達は、あの瞬間を思い出す。
確かに――氷のエレメントの手は、
アカヤへ触れる寸前に溶けていた気がした。
「そこで、アイスゴーレムにも同じことが起こると考えた」
タカミザワがアイスゴーレムを見る。
「アイスゴーレムそのものではなく、アカヤに触れようとする氷へ《絶対温度》が作用すれば……」
タカミザワが口元を僅かに上げる。
「結果は、この通りだ」
アカヤが目を丸くする。
「……俺の能力が……?」
「ああ」
タカミザワは当然のことのように頷いた。
――もっとも。
タカミザワ自身も、
本当に成功するかどうかは分からなかった。
氷のエレメントとアイスゴーレム。
同じ氷の性質を持っているとはいえ、
巨大な魔物にまで
同じ理屈が通用する保証などなかった。
つまり――これは賭けだった。
それでもタカミザワは、
一切の迷いを見せなかった。
まるで最初から、
全てが分かっていたかのように。
そしてミロク達は――。
「な、なんだよ……!」
ミロクがびしょ濡れのまま叫ぶ。
「最初から分かってたなら言ってよ!」
「……」
タカミザワは答えない。
「おかげでびしょびしょじゃん!」
ミロクの髪から、水滴がぽたぽたと落ちる。
「うぅ……」
ヒヨノも服がびしょ濡れになっている。
ユンも同様だった。
男子達は、なんとなく視線を泳がせる。
そして――。
「やれやれ」
タカミザワが小さく息を吐いた。
「仕方ない」
タカミザワが右手を掲げる。
「生活魔法――《乾燥》」
――フワァァァ……。
温かな風が一行を包み込んだ。
濡れていた髪が乾き、
衣服から水分が抜ける。
身体に残っていた水滴までも、
瞬く間に消えていく。
「……すごい」
ミロクが自分の服を見下ろすと、
完全に乾いていた。
「やっぱり、生活魔法は便利だなぁ」
スコールが少し羨ましそうに呟いた。
しかし、タカミザワはもう
アイスゴーレムへ視線を戻していた。
「さて」
一歩、前へ出る。
「アイスゴーレムを倒そう」
タカミザワがアカヤの背中を軽く押した。
「ここからは――ただの散歩だ」
「え……?」
アカヤが振り返る。
タカミザワはそのまま歩き始めた。
一歩。
さらに一歩。
アカヤが前へ進む。
すると――。
ジュウウウウウ……。
アイスゴーレムの身体から、
白い蒸気が立ち上った。
「……!」
アイスゴーレムが後退する。
だが、逃げることはできない。
アカヤが近づくと、氷が溶ける。
さらに近づくと…。
巨大な腕が――。
ジュウッ!!
水へ変わる。
胴体が崩れて、脚が溶ける。
やがて、その巨体そのものが
大量の水となって床へ流れ落ちた。
――ザァァァ……。
ほんの数分前まで、
一行の前に立ちはだかっていた
巨大な氷の魔物。
それが今では、ただの水になった。
ミロク達が歩いた後には、
水が広がっていく。
しかし――。
――パキ……。
その水が瞬時に凍りついた。
さらに一歩。
――パキパキ……。
また凍る。
まるで、一行が歩いた場所だけが
新たな氷の道へ変わっていくようだった。
誰も、言葉を発しない。
先ほどまでの闘いが嘘のようだった。
ミロクは、
溶けたアイスゴーレムの跡を見つめる。
「……倒した……?」
スコールが呟く。
「ああ」
タカミザワは歩みを止めない。
「倒した」
そして一行は、
そのまま神殿の奥へと進んでいく。
巨大な氷の魔物との戦いは――、
あまりにも呆気なく、終わった。
ーーーー 巨白狼 ーーーー
アイスゴーレムを倒したミロク達一行は、
神殿の奥へと進む。
長い通路を抜けると、視界が一気に開ける。
「……広い」
そこは、
氷の神殿の最奥部にある巨大な広間だった。
中央には、
これまでと同じように石像が佇んでいる。
ただし、今回は美しい女性の姿だった。
「今回現れた魔物は、アイスゴーレム一体だけだったな」
ケイタロウが周囲を見回す。
「なんか……物足りないな」
「平和的で何よりだよ」
ミロクはすっかり緊張が抜け、呑気に答えた。
その後ろでは、タカミザワが
アイスゴーレムから回収したコアと魔石を手に、
鑑定魔法で調べながら歩いていた。
「……ん?」
ふと顔を上げる。
「なんだ……もう着いたのか?」
ガンツが周囲を見渡す。
「ここは、いわゆる“ラスボス”が現れる場所なんだろ? ソイツはどこにいる?」
「まぁ、待て」
タカミザワが天井を見上げる。
「今すぐにでも現れる」
――ゴォォォォ……。
その瞬間、天井に氷の魔素が集まり始めた。
青白い渦が生まれ、
巨大な魔法陣へと変わっていく。
「魔素が……!」
ヒヨノが声を上げる。
魔法陣から雪が舞い落ち、
やがて風が吹き始めた。
――ヒュウ……。
そよ風は瞬く間に強まり、
広間を白い吹雪が覆い尽くす。
「な、なんだこれ……!」
ケイタロウが腕で顔を覆う。
その時――。
「……来たな」
タカミザワが呟いた。
魔素の渦から、巨大な影が落下する。
――ドォォォォォン!!
巨大な白狼が石畳へ着地。
衝撃で床が砕け、亀裂が走る。
純白の毛皮。
巨大な四肢。
鋭い牙。
そして、凍てついた瞳。
「オォォォォォォォォォォォ!!!」
圧倒的な遠吠えが神殿全体を揺らした。
「……っ!」
一同の身体が硬直する。
そして――。
「……あれは」
タカミザワの表情が初めて強張った。
「まさか……フェンリル……だと!?」
「フェンリルって……何!?」
ミロクが尋ねる。
タカミザワはフェンリルから目を離さない。
「神々に災いをもたらすとされる、神話上の怪物だ」
「地下図書館の書物によれば、氷属性の《Sランク指定》魔物」
「レベルに換算すれば――八十から百レベル相当だ」
「「「……!!」」」
一同が息を呑む。
しかし――。
「神話ってことは、フェニックスと同じじゃないか?」
ケイタロウが言った。
「ってことは、楽勝だろ!?」
スコールも笑う。
だが、タカミザワの冷たい視線が二人を射抜いた。
「そう単純なものではない」
「フェニックスは魔法と効果に特化している」
「だが、フェンリルは――魔法と物理、その両方に特化している」
「……つまり?」
ミロクが恐る恐る尋ねる。
タカミザワは、アカヤを見る。
「アカヤの固有能力《絶対温度》は、肉体を持つ氷属性の魔物との相性が――」
一拍。
「最悪だ!」
その瞬間、
フェンリルが地面を蹴った。
――ドンッ!!
「来るぞ!」
「対物理魔法壁!!」
タカミザワが魔法障壁を展開する。
――ズガガガガガッ!!
フェンリルの爪が障壁を直撃した。
攻撃の軌道が逸れ、片側の前脚が石畳へ深く沈み込む。
「今だ!」
瞬間、スコールが飛び出す。
「桜花流――《斬鉄》!!」
――ズバァッ!!
金属すら断ち切る一撃。
だが――。
――ガッ!!
刀はフェンリルの毛皮に弾かれた。
「効かない!?」
スコールが目を見開く。
その後方では、ミロクが腰を抜かしていた。
「こ、こんなの……!」
「大丈夫!」
ヒヨノが声を上げる。
「マウチューが分析してくれたよ!」
ヒヨノが印魔法を発動する。
「弱点部位――《マーク》!」
フェンリルの右目、腹部、心臓部、
そして魔石部分に光の印が浮かび上がった。
「ここは私が――!」
ユンが弓を引き絞る。
「固有能力《絶対貫通》!」
――ヒュンッ!!
矢が心臓部へ向かって飛ぶ。
だが、フェンリルが瞬時に身を捻った。
――ザシュッ!
矢は心臓部を僅かに逸れ、
白い毛皮を掠める。
数本の毛が舞った。
「……!」
ユンが息を呑む。
傷は、ほとんどない。
フェンリルがゆっくりと振り返る。
その瞳がユンを捉えた。
「……来る」
ユンが弓を構え直す。
フェンリルが低く唸り、再び身体を沈める。
その様子を見ながら、
タカミザワは僅かに口元を吊り上げた。
「……悪くない戦い方だ」
ヒヨノの分析。
ユンの狙撃。
スコールの攻撃。
そしてアカヤを中心とした防御。
想定していた以上に――
女子達は上手く連携できている。
だが、フェンリルが牙を剥いた。
――グルルルル……。
吹雪が再び広間を駆け巡る。
ミロクは震える手で立ち直り、
スコールは刀を構え、ユンは次の矢を番える。
ヒヨノはマウチューと共に弱点を探り、
そしてアカヤは、恐怖を押し殺して拳を握った。
フェンリルが――跳び、
――次の攻撃が、始まった。
ーーーー 環境変化 ーーーー
フェンリルが再び地面を蹴った。
――ドンッ!!
巨体が一瞬で距離を詰め、
鋭い爪を振り下ろす。
「デルタシールド!」
タカミザワが魔法壁を展開する。
――ガァンッ!!
爪が魔法壁へ激突した。
しかし、
フェンリルは真正面から攻めなかった。
攻撃を意図的に逸らすと、
そのままサイドステップ。
魔法壁の影響を受けない側面へ、
一瞬で回り込んだ。
「なっ……!?」
ミロクが振り向いた時には、
巨大な口がアカヤへ迫っていた。
「う、うわあぁぁぁ!!」
アカヤが尻餅をつく。
「ユン! 射て!」
タカミザワの声が響いた。
「お前の固有能力に、全てがかかっている!」
「……!」
ユンは即座に弓を引き絞る。
狙いは――フェンリルの口腔。
「いけぇぇぇっ!!」
――ヒュンッ!!
矢が一直線に飛ぶ。
だが、またフェンリルは瞬時に身体を捻った。
――ヒュッ!
矢が鼻先を掠め、背後へ飛んでいく。
「全然当たらないよ〜っ!!」
ユンが焦りの声を上げる。
絶対貫通は、
当たりさえすれば強力な一撃になる。
だが、その一撃を当てさせてもらえない。
「仕方ない……っ!」
タカミザワが即座に判断を変えた。
「ミロク! アカヤ! 混合魔法を使え!」
二人の脳裏に、
氷の神殿へ入る前に教えられた魔法が蘇る。
――今こそ、使う時だ。
「アカヤ!」
「わかった!」
二人が視線を交わし、
同時に魔力を練り上げる。
「風魔法と!」
「炎魔法の!」
「「混合魔法――《炎嵐》!!」」
――ゴォォォォォォッ!!
凄まじい炎の竜巻が広間を駆け抜ける。
だが、フェンリルも即座に反応した。
「グルァァァッ!!」
『氷壁!!』
――ズガガガガッ!!
分厚い氷壁が出現し、
炎嵐を正面から受け止める。
炎と氷が激突し、
大量の蒸気が広間を覆った。
「防がれた!?」
ミロクが叫ぶ。
「いや――十分だ」
タカミザワは冷静だった。
「油性魔法――《油散》!」
――バシャッ!!
黒い粘性の液体が、
フェンリルの周囲へ撒き散らされる。
次の瞬間。
――ボォォォォォッ!!
炎が油へ燃え移り、一気に床を走った。
フェンリルを中心に、広間全体が炎に包まれる。
「暑い……!」
ヒヨノが思わず顔をしかめる。
だが、変化したのは気温だけではなかった。
空気中を漂っていた氷の魔素が、
炎の魔素に触れる。
――パチッ。
青白かった光が赤く変わる。
ひとつ、またひとつ。
氷の魔素が次々と炎の魔素へ変わっていく。
そして――氷のエレメントは、現れない。
「……なるほど」
タカミザワが周囲を見渡す。
「これで環境そのものが変わった」
氷の神殿の最奥は、
もはや氷の魔物にとって有利な場所ではない。
炎に満たされた戦場だ。
タカミザワが一歩前へ出る。
そして、両手を広げた。
「さぁ――」
口元に笑みを浮かべる。
「ショータイムだ」
その言葉を合図に、
ミロク達が一斉に散開した。
ミロク、スコール、ユン、ヒヨノ、アカヤ。
それぞれが距離を取り、
フェンリルを包囲する。
フェンリルは燃え盛る炎の中で、
ゆっくりと周囲を見渡した。
逃げ道はない。
それでも、怯む様子はなかった。
「……グルルルル……」
低い唸り声。
白い牙が剥き出しになる。
そして――。
「オォォォォォォォォォォォォ!!!」
咆哮が広間を震わせた。
炎が揺らめき、
雪が熱気に溶けていく。
フェンリルの瞳に、鋭い殺意が宿る。
ミロク達も、魔力と武器を整える。
氷の神殿、その最奥。
炎に包まれた広間で――。
人間と神話の怪物。
両者の本当の戦いが、ここから始まる。




