表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
369の世界 〜12冊の魔導書〜  作者: ダーク創造神
第一章 小学校低学年
39/40

第38話 炎の神殿③

ーーーー 再生と犠牲 ーーーー


――少し前。


炎の神殿。

灼熱の空気が満ちる通路の一角。


マルオ達は、その場へ膝をついていた。


「アカヤ!」


マルオが必死に叫ぶ。


アカヤは石床へ横たわり、腹部を押さえたまま苦しそうに息をしていた。

傷口から流れ出た血は、既に石床を赤く染めている。


「アカヤ君……!」


ヒヨノも膝をつき、震える声で名前を呼ぶ。


だが、

返事はない。


呼吸は浅く、

顔色はみるみる青白くなっていく。


「しっかりしろ!」


マルオは震える手で傷口を押さえ続ける。


必死だった。

止血すれば助かる。


そう信じたかった。


しかし、

アカヤの腹部へ添えられていた右手が、ゆっくりと力を失い、力なく床へ落ちた。


コトリ……。


その小さな音が、やけに大きく響く。


「…………っ!」


マルオは目を見開いた。


頭が真っ白になる。

何も考えられない。


ただ一つだけ、

現実だけが突き付けられた。


「俺は……」


声が震える。


「俺は……」


拳を握る。


「なんて……」


地面を思い切り叩いた。


ドンッ!!


「なんて、俺は無力なんだ!!」


叫び声が炎の神殿へ響き渡る。


魔導書を守る。

世界を救う。


そんな理想ばかりを語っていた。


そのくせ、

一番大切な仲間一人、救うことすらできない。


悔しさ。

無力感。

怒り。


様々な感情が胸の中で渦を巻く。


「うぅ……」


隣ではヒヨノが顔を覆い、涙を流していた。

嗚咽が止まらない。


十文字は静かに目を閉じる。

胸へ手を添え、小さく頭を下げた。


死者への黙祷だった。


誰も言葉を発しない。

炎の神殿には、静寂だけが流れていた。


その時。


ボゥッ――。


白い炎が灯る。


「!」


マルオが顔を上げる。


アカヤの身体だった。

柔らかな白い炎が全身を包み込み、優しく揺れている。


「うわっ!」


「な、なんだ!?」


マルオが後ずさる。


ヒヨノも驚きで涙を止めた。


「何が起こってるの!?」


白い炎は次第に輝きを増していく。


神々しいほどの光。

熱は感じない。


ただ命の温もりだけが広がっていく。


やがて。


ピクリ。


アカヤの指先が動いた。


「……っ!」


ゆっくりと身体を起こし、

何度か瞬きをし、自分の身体を見渡す。


手を握り、腕を動かす。

そして、腹部へ触れる。


傷は消えていた。


「よかった……」


アカヤが安堵の息を漏らす。


「上手くいった!」


「あ……」


マルオは呆然と立ち尽くす。


「アカヤ……?」


信じられない。

確かに死んだはずだった。


それなのに。


「大丈夫だったのか!?」


マルオが駆け寄ると、

アカヤは小さく笑った。


「大丈夫。」

「俺、火魔法――“命の灯火”で、生き返ったから。」


その言葉に、皆が息を呑む。


命の灯火。


フェニックスと契約した者だけが扱える、蘇生の秘術。

死の淵から命を呼び戻す、奇跡の火。


「なんだよ……」


マルオの肩から一気に力が抜ける。

安心と怒りが入り混じった表情で拳を握り締めた。


「心配したじゃないか!!」


涙を流しながら叫ぶ。


アカヤは困ったように笑う。


「ごめん。」


「うわあぁぁぁん!!」


ヒヨノは堪えていた涙が一気に溢れ出した。


アカヤへ抱きつき、子どものように泣きじゃくる。


「生きてて……よかったぁ……!」


その言葉に、アカヤも静かに目を閉じた。


仲間がいる。

帰る場所がある。


それだけで十分だった。


しかし、

アカヤは辺りを見回し、不思議そうに首を傾げる。


「あれ?」

「サイゴウは?」


その一言で、

場の空気が凍り付いた。


誰も答えない。

誰も目を合わせない。


長い沈黙。


やがて、

マルオがゆっくり口を開く。


「サイゴウ君は……」


唇が震える。


「溶岩に落ちて……」


それ以上は言えなかった。


アカヤは静かに俯く。


溶岩へ落ちる。


その意味は、分かっている。


「そう……か。」


小さな呟き。


「サイゴウは……もう。」


拳を握る。


その震えは怒りなのか、悲しみなのか、自分でも分からなかった。


再び沈黙が訪れる。


しかし、

その静寂を破ったのは、マルオだった。


ゆっくり立ち上がる。


その瞳には涙ではなく、怒りが宿っていた。


「あの忌まわしいタカミザワのせいだ!」


拳を強く握り締める。


「あいつが!」

「あいつさえいなければ!」


アカヤも歯を食いしばる。

十文字も静かに頷いた。


マルオは皆を見渡す。

まるで自分自身へ言い聞かせるように叫ぶ。


「その仲間であるミロク君も!」

「ユン君も!」

「ケイタロウ君も!」

「スコール君も!」


「アイツら全員が悪だ!!」


その声は、怒りに満ちていた。


自分の悲しみを押し殺すように。

憎しみへ変えようとするように。


しかし、

その輪の中で、一人だけ俯いた少女がいた。


ヒヨノだった。


涙を拭い、小さな声で呟く。


「みんな……。」


震える声。


「もう……戻ろうよ。」


誰かを憎んでも。

誰かを倒しても。


サイゴウは帰ってこない。


もう、これ以上、

誰も失いたくなかった。


けれどら

その願いは届かない。


マルオ達の耳には、

怒りで熱くなった心には、

その優しい言葉は、届くことはなかった。


炎の神殿の奥で、

仲間達の心は少しずつ、別々の道へと歩き始めていた。


ーーーー VSイフリート① ーーーー


イフリートがゆっくりと大斧を持ち上げる。


燃え盛る炎が刃へと集まり、周囲の空気が歪む。


その圧倒的な威圧感に、一同は思わず息を呑んだ。


しかし。


「動揺するな!」


真っ先に声を張り上げたのはタカミザワだった。

杖を掲げ、戦場全体を見渡す。


「ミロク! ユン!」

「風魔法で壁を作れ!」


「はい!」


「わかった!」


二人は即座に詠唱を始める。


風壁ウインドウォール!!」

風壁ウインドウォール!!」


二枚の風の壁が重なるように展開され、

イフリートとの間へ巨大な風の障壁が生まれた。


「スコール! ケイタロウ!」

「敵を翻弄し、隙を突け!」


「任せろ!」


「行くぜ!」


二人は同時に地面を蹴る。


「「スキル――神速!」」

「「スキル――阿吽の呼吸!」」


身体能力が一気に引き上げられ、

互いの呼吸が重なり、二人は左右へ散開した。


その様子を横目に、

クロネコは大きな欠伸を一つ。


「ふぁ〜ぁ……眠いにゃ。」


戦場とは思えないほど呑気だった。


その姿に、

タカミザワは冷ややかな視線を向ける。


「クロネコ。」

「お前は、いざとなったら戦え。」


クロネコが首を傾げる。


「にゃ?」


「腐っても”神”なんだろう?」


その言葉に、

クロネコの眠たげな瞳が少しだけ細くなる。


欠伸は止まった。


「いいにゃよ〜。」


軽い返事。


だが、その声音には

先程までとは違う静かな緊張感があった。


切り札は最後まで伏せる。

タカミザワは最初から、そのつもりだった。


そして――、

イフリートが動く。


巨大な大斧を頭上まで振り上げる。


「オオオォォォォッ!!」


轟く咆哮。


直後。


ズドォォォォン!!


大斧が振り下ろされた。

だが、その刃は風壁へ叩き付けられる。


猛烈な風圧が刃の軌道をわずかに逸らした。


ほんの数十センチ。


それだけで十分だった。


大斧は、

スコールとケイタロウの間へ叩き込まれる。


石床が砕け、巨大な亀裂が走り、

轟音と共に岩片が宙を舞った。


「今だ!」


スコールとケイタロウは左右へ飛び分かれる。


神速。


一瞬でイフリートの左右へ回り込む。


巨大な身体は、

大斧を振り下ろした直後で無防備だった。


「桜花流――斬鉄!!」


スコールの斬撃が右脇腹を斬り裂く。


同時に。


「破岩拳!!」


ケイタロウの拳が左脇腹へ突き刺さる。


ゴンッ!!


鈍い衝撃音。


確かな手応え。


だが。


「……っ!」


スコールの顔が曇る。


硬い。


まるで岩山を斬ったようだった。


ケイタロウも拳を押さえる。


「嘘だろ……。」


拳が痺れている。


イフリートは微動だにせず、

傷らしい傷すら付いていなかった。


「オオオォォォォォッ!!」


再び咆哮。

爆風のような衝撃波が二人を襲う。


「うおっ!」


「下がるぞ!」


二人は神速を活かし、大きく後方へ跳躍した。


その隙に、


「爆符!」


ミロクが数枚の符を投げ放ち、

イフリートの胸元へ吸い込まれるように飛ぶ。


ドォォォォン!!


大爆発。


炎と煙が神殿を包み込み、

熱風が吹き荒れる。


しかし、煙が晴れると、

そこには変わらず立つ巨大な魔人の姿があった。


傷一つない。


「そんな……。」


ミロクが呟く。

爆符ですら通じない。


圧倒的だった。


「仕方ない。」


タカミザワが静かに杖を持ち上げる。


「水刃だ。」


その一言だけで十分だった。


「わかった!」


「すぐ行く!」


ミロクとスコールが即座に駆け寄る。


「こっちは任せろ!」


ケイタロウが再びイフリートの前へ飛び出し、

拳を振るい、注意を引き付ける。


「私も!」


ユンは風矢を連射し、イフリートの視界を揺さぶる。


その間。


「スキル――阿吽の呼吸。」


ミロクとスコールの呼吸が重なる。


「風よ。」


「水よ。」


それぞれが詠唱を始め、

タカミザワが静かに杖を掲げた。


「変換魔法。」


周囲の火や炎の魔素が、

水と風の魔素に組み替えられていく。


風と水。


二つの属性が一つへ溶け合う。


「混合魔法――」

「「水刃ウォーターカッター!!」」


青白い刃が一直線に放たれる。


ギュォォォォォッ!!


超高速で回転する水刃がイフリートの胸へ直撃した。


「ブジュゥゥゥゥッ!!」


凄まじい蒸発音。

大量の白い水蒸気が神殿全体を覆い尽くす。


「やったか!?」


ケイタロウが叫ぶ。

誰もが煙の向こうを見つめた。


やがて、

白煙がゆっくりと晴れていく。


その先に立っていたのは――。


イフリート。


傷一つないまま。

静かに大斧を肩へ担いでいた。


「……そんな。」


ミロクの声が震える。


フェニックスすら打ち倒した切り札。


混合魔法《水刃》。


それが通じなかった。


イフリートの胸から立ち上るのは、水蒸気だけ。

灼熱の肉体は、その熱量だけで水刃を蒸発させてしまったのだ。


タカミザワも、わずかに眉をひそめる。


「予想以上か……。」


初めて漏れた誤算。

その一言が、この敵の異常さを物語っていた。


灼熱のフィールド。


圧倒的な炎の守護者。

そして、決定打を失ったミロク達。


絶望的な戦況の中――

それでも、誰一人として武器を下ろす者はいなかった。


ーーーー 成す術無し ーーーー


イフリートとの戦いは、長引いていた。


灼熱の広間。


炎の魔素が渦巻くその空間で、ミロク達は限界を迎えつつあった。


「ぐっ……!」


ケイタロウはイフリートの大斧を拳で受け流そうとしたものの、その圧倒的な膂力に弾き飛ばされる。


石柱へ激突し、そのまま膝をついた。


「くそっ……!」


一方、スコールは肩で大きく息をしていた。


炎の魔素に長時間さらされ続けたことで、水属性使いとしての身体は限界に近い。


額からは滝のように汗が流れ、握る脇差にも力が入らない。


「はぁ……はぁ……」


ミロクもまた、限界を迎えていた。

体内の魔力はほぼ底を尽いている。


魔法を一つ放つことすら難しい。


「もう……魔力が……」


ユンも弓を下ろしていた。


何度も仲間を援護し続けた精神的な疲労は大きく、その瞳からは戦意が少しずつ失われていた。


「ごめん……みんな……」


立っているのは二人だけ、

タカミザワと、クロネコ。


タカミザワは杖を握り締めたまま、険しい表情でイフリートを見据える。


「……もはや、打つ手無しか。」


その呟きは、自分自身へ向けたものだった。


これまで戦ってきた相手は、

人間か、柔らかな肉体を持つ魔物ばかりで、

硬い装甲を持つ相手との実戦経験は、ほとんどない。


炎には水。


その答えに固執し過ぎた。


他の可能性を、十分に用意できていなかった。


「……ここまでか?」


一瞬、静寂が流れる。


だが、その時、

タカミザワの視線がゆっくりと横へ向いた。


「……いや。」


その瞳に、小さな光が宿る。


「まだ一人いる。」


クロネコだった。


神でありながら、

ずっと戦いを傍観していた自称・死神。


タカミザワが鋭く叫ぶ。


「クロネコ!」


「お前の出番だ!」


その言葉に、イフリートの表情が変わった。


「……!」


黄金の瞳が見開かれる。


「ま、まさか……!」


巨大な身体が一歩だけ後ずさる。


「死神様……!?」


広間に緊張が走る。


クロネコはのんびりと前へ歩き出した。

頭をぽりぽりと掻きながら、イフリートの前へ立つ。


「ニャーは、死神。」


いつも通りの間延びした口調。


「故に、神として人間界へ干渉することは出来ないニャ。」


イフリートは息を呑む。


神。


その存在だけは、

魔界の住人であるイフリートも知っていた。


「ニャから……」


クロネコがゆっくり拳を握る。


「死神としての力を使わずに戦うニャー!」


「お、おお……!」


ミロク達の目に希望が宿る。

タカミザワも腕を組んだまま静かに見守る。


クロネコは地面を蹴った。


「うおおおおニャーー!!」


走る。


……走る。


「……。」


遅い。


あまりにも遅い。


ミロクより遅い。

タカミザワよりも遅い。


普通に歩いた方が速いのではないかと思うほどの速度だった。


ようやくイフリートの目の前へ辿り着く。


「はぁ……」

「はぁ……」


肩で息をし、全身汗だく、

両膝に手をついて呼吸を整える。


イフリートは黙って見下ろしていた。


「……。」


しばらくして、クロネコがゆっくり拳を構える。


「くらえニャー!!」


身体をぐるぐると回転させながら勢いをつける。


「必殺――ぐるぐるパンチ!!!」


その瞬間。


ミロクも。

スコールも。

ケイタロウも。

ユンも。


そして、

タカミザワまでもが固唾を呑んだ。


イフリートさえも目を見開く。


渾身の一撃が放たれる。


――ポコッ。


あまりにも情けない音だった。


クロネコの拳がイフリートの腹へ軽く当たる。


「…………。」


静寂。


そして、次の瞬間。


「熱いニャーーー!!!」


クロネコが両手をぶんぶん振り回しながら飛び跳ねた。


涙目で床を転げ回る。


「肉球が焼けるニャーー!!」


誰も言葉を失う。


「……。」


タカミザワは額へ手を当てた。


「まるで期待外れだな……。」


深いため息が漏れる。


イフリートも呆れ返っていた。


「死神様のオーラは確かに感じた。」

「だが……。」


巨大な口元が歪む。


「ただの雑魚だったのか。」


ゆっくりと大斧を持ち上げる。


「よくも、驚かせてくれたなぁぁぁ!!」


怒号と共に、大斧が振り下ろされた。


ズガァァァァァンッ!!


凄まじい轟音。


クロネコの姿が、一瞬で見えなくなる。


次の瞬間。


グシャァァァァッ!!


赤い飛沫が広間へ飛び散った。


石床を赤く染める鮮血。


肉片が宙を舞う。


「く、クロネコォォォ!!」


ミロクが絶叫する。


「そんな……!」


ユンは思わず口元を押さえ、涙を流した。


イフリートは高らかに笑う。


「ハハハハハ!!」

「死神が、この程度か!!」

「魔界も廃れたものだなぁ!!」


再び大斧を肩へ担ぎ、

黄金の瞳が、今度はミロク達を見下ろした。


「さあ。」

「次は貴様らだ。」


灼熱の殺気が広間を包み込む。


仲間は倒れた。

魔力も尽きた。

体力も限界。


もはや、誰が見ても絶望的な状況だった。


それでも、

ミロクは震える手で拳を握り締める。


まだ終われない。


ここで諦めるわけにはいかなかった。


ーーーー 後味の悪さ ーーーー


炎の神殿、最奥。

灼熱の広間には、絶望だけが広がっていた。


ケイタロウは大斧に弾き飛ばされ、

壁にもたれ掛かっている。


スコールは炎の魔素に体力を削られ、

立っているのがやっとだった。


ミロクの魔力は尽き、

ユンも戦意を失いかけている。


タカミザワだけが冷静に戦況を見つめ、

クロネコは無惨にも粉々に砕け散っていた。


「オオオォォォォォォッ!!」


イフリートが勝利を確信した雄叫びを上げる。


「なんだ?」

「もう終わりか?」


その黄金色の瞳が、ミロク達を見下ろした。


誰も立ち向かえない。

誰も動けない。


戦力差は、あまりにも大きかった。


その時――。


「……あれは。」


広間の入口から声が響く。

全員が振り返る。


「まさか……魔人!?」


マルオだった。


その後ろには、

アカヤ、サイゴウ、ヒヨノ、十文字、トキオ。


魔法教会の少年一行が駆け込んできた。


マルオの顔色が変わる。


魔法教会の古い文献。

そこに記されていた存在。


魔界の住民――魔人。


魔力も。

身体能力も。


人間とは比較にならない怪物。


「……なるほど。」


マルオが拳を握る。


「本当に存在したんだ。」


イフリートは彼らを横目で見た。


「また馬鹿な獲物が来たようだなぁ。」


獰猛な笑みを浮かべる。


だが、

マルオ達は一歩も退かなかった。


タカミザワ達への怒りは消えていない。


許すつもりもない。


それでも、

目の前で人が死ぬのを見捨てることは、

自分達の正義が許さなかった。


「アカヤ君!」


マルオが叫ぶ。


「わかった!」


アカヤが両手を掲げ、灼熱の炎が渦を巻く。


「炎魔法――炎龍!!」


燃え盛る炎が巨大な龍となり、

イフリートへ牙を剥く。


同時に。


「雷魔法――雷龍!!」


マルオの周囲へ無数の雷が集まり、

一匹の雷龍となって空を駆ける。


炎と雷。


二頭の龍が同時に突撃する。


その一瞬、

十文字が静かに膝をついた。


ライフルを構える。


照準。

呼吸。

風向き。


全てを読み切る。


「――そこだ。」


引き金が引かれ、

乾いた銃声が鳴る。


弾丸は一直線に飛び、

イフリートの左眼を撃ち抜いた。


「グッ……!」


魔人の身体がわずかによろめく。


「今だ!!」


炎龍。

雷龍。


二頭の龍が真正面から激突した。


轟音。


神殿全体が激しく揺れる。


「グアァァァァァッ!!」


イフリートの咆哮が響き渡る中、

その巨体が初めて大きく後退した。


「効いた!」


アカヤが叫ぶ。


確かな手応え。

だが、まだ倒れない。


しかし、

間違いなく傷を負わせた。


「もう一回だ!!」


マルオが再び詠唱へ入る。


しかし。


「オオオォォォッ!!」


イフリートが狂ったように暴れ始める。

炎が四方八方へ噴き上がる。


「くっ!」

「これじゃ魔法が当たらない!」


アカヤが歯を食いしばる。


「何か……何かないのか!?」


マルオが必死に周囲を見回す。


疲弊したタカミザワ一行。

粉々になったクロネコ。

ライフルを構え直す十文字。

泣きそうなヒヨノを支えるトキオ。


誰も、決定打を持っていない。


その時だった。


ゴボッ……


背後の溶岩が、不自然に盛り上がる。


「な、なんだ!?」


マルオが振り向き、

アカヤも指を差した。


「後ろの溶岩が……!」


しかし、

イフリートは鼻で笑う。


「その手には乗らん!」


イフリートはマルオ達の反応を、

視線を逸らす作戦だと考え、暴れ続ける。


だが。


ゴォォォォォッ!!


溶岩が大きく弾け飛んだ。


そこから現れたのは、

巨大な腕だった。


「さ……サイゴウ!?」


マルオが目を疑う。


「生きていたのか!!」


さらに、

その身体は膨れ上がっていく。


二メートル。

三メートル。

五メートル。


やがて、

イフリートと肩を並べるほどの巨躯となった。


「巨人族……!」


イフリートが背後の気配に勘付き、

目を見開く。


「いや……ハーフか!!」


巨大化したサイゴウは、一切迷わなかった。


真正面から突進する。


「うおおおおおっ!!」


そのままイフリートへ組み付き、

両腕でがっちりと拘束した。


「なっ!?」


イフリートが暴れる。


「放せぇぇぇ!!」


炎が噴き上がる。


「炎魔法――地獄の業火!!」


無数の火柱が神殿中から吹き上がり、

熱波が全員を襲う。


だが、

サイゴウは歯を食いしばった。


「ぐっ……!」


腕を緩めない。


「長くはもたない!」


大声で叫ぶ。


「早くしろ!!」

「俺ごと攻撃しろ!!」


その言葉に、

マルオとアカヤはハッと顔を上げる。


守人。


サイゴウには魔法が効かない。


ならば、

迷う理由はない。


「アカヤ君!」


「ああ!」


二人は再び詠唱を始める。


しかし、

熱波が身体を焼く。


その瞬間、

涼しい風が吹き抜けた。


「冷風。」


タカミザワだった。

彼の複合魔法が火柱を押し返す。


「……ッ!」


マルオが横目で睨み、

舌打ちする。


それでも、

今だけは敵ではない。


「トドメだーーッ!!」


「くらえぇぇぇ!!」


炎龍。

雷龍。


二頭の龍が、

拘束されたイフリートへ一直線に突き進む。


直撃。

轟音。

爆炎。


「グアァァァァァァァッ!!」


断末魔。


炎の魔素が神殿中へ弾け飛び、

巨大な身体が崩れ落ちた。


同時に、

中央の石像へ大きな亀裂が走る。


バキィィィン!!


石像が砕け散った。


静寂。


誰もが息を切らしている中、

サイゴウは巨大化を解き、片膝をつく。


アカヤも。

マルオも。


誰一人、立つことすら辛い。


その中で一人だけ、

静かに立つ男がいた。


タカミザワだった。


「……終わりだ。」


杖を掲げ、浮遊魔法。


砕けた石像の中心から、

一冊の赤黒い魔導書がゆっくりと宙へ浮かび上がる。


タカミザワは迷いなく、それを掴んだ。


「俺達の勝利だ。」


静かに笑う。


「な……!」


マルオが目を見開く。


「なん……だとッ!!」


タカミザワは鼻で笑った。


「わざわざイフリートを倒してくれて、感謝するよ。」

「マルオ。」


その笑みには勝者の余裕しかなかった。


「最後に種明かしだ。」


指を鳴らす。


パチン。


その瞬間、

広間の片隅で空間が揺らいだ。


幻が消える。


そこには、

元気なミロク達が立っていた。


「幻術魔法だ。」


タカミザワが淡々と語る。


「疲弊した俺達を映し出し、お前達とイフリートが戦っている間、姿隠しの魔術で隠れていた。」

「その間に治癒魔法とポーションで万全の体勢を整えていた。」


マルオは言葉を失う。


「サイゴウやアカヤが生きていることも。」

「全て想定内だ。」


タカミザワは冷たく見下ろす。


「お前達が来てくれて、本当に"都合が良かった"。」


杖を掲げる。


「帰還魔法。」


巨大な魔法陣が足元へ広がる。


「待て!!」


マルオが叫ぶ。


「卑怯者!!」

「炎の魔導書が解放されたら、また災害が起きるぞ!!」


タカミザワは振り返りもしない。


「俺の知ったことではない。」


それだけだった。


眩い光。


次の瞬間、

タカミザワ一行の姿は跡形もなく消えていた。


静まり返る炎の神殿。


残されたのは、マルオ達だけ。


帰還魔法は使えない。


ここからは、自分達の足で帰るしかない。


ふと腕時計へ目をやると、

針は、とっくに夕刻を指していた。


マルオは拳を強く握り締める。


爪が掌へ食い込むほどに……。


「……タカミザワ。」


怒り。

悔しさ。

屈辱。


その全てが胸の奥で渦を巻く。


炎の神殿で終わった戦いは、

マルオの因縁を、さらに深く燃え上がらせるだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ