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369の世界 〜12冊の魔導書〜  作者: ダーク創造神
第一章 小学校低学年
38/40

第37話 炎の神殿②

ーーーー 二つの影 ーーーー


炎の神殿の奥へと続く通路。


戦いの余韻が残るまま、ミロク達は慎重に歩みを進めていた。


誰も口を開かない。


響くのは靴音と、溶岩が煮え立つ低い音だけだった。


やがて。


通路の先に巨大な広間が現れる。


その最奥。


人の何倍もの高さを持つ、黒曜石で造られた巨大な石扉。


表面には炎を象った古代文字が刻まれ、隙間からは赤い光が漏れ出している。


「……あれが」


ミロクは思わず息を呑んだ。


「最後の部屋か」


ケイタロウが拳を握る。


だが、その時だった。


カツ……。


カツ……。


静かな足音が響く。


巨大な扉の前。


赤い光の中から、二つの黒い影が姿を現した。


全身を黒いローブで覆った二人の男。


顔の半分は仮面に隠され、その眼だけが冷たく光っている。


「来たか……」


低い声が神殿に響く。


右側の男がゆっくりと短剣を抜いた。


「我が名は――テセウス。」


続いて、左側の男が細身の剣を構える。


「我が名は――カンタダ。」


二人の視線が、ミロク達を射抜く。


その瞬間。


神殿の空気が凍りついた。


「……!」


ミロクの背筋を冷たい汗が流れる。


明らかに今までの敵とは違う。


その立ち姿だけで分かった。


「強い……」


無意識に呟く。


しかし。


「任せろ。」


ケイタロウが前へ出た。


拳を鳴らす。


「ここから先は通さねぇ。」


その隣では、スコールが静かに龍魚の脇差へ手を添える。


ゆっくりと腰を落とし、居合の構えを取った。


「暗殺者か……?」


スコールが静かに尋ねる。


テセウスは一瞬だけ目を細めた。


「……そうだ。」


短く答える。


「君達を殺すために来た。」


その言葉には一切の感情がなかった。


ただ任務を告げるだけ。


そんな声だった。


タカミザワが一歩前へ出る。


「魔法教会の差し金か?」


二人は答えない。


神殿に沈黙だけが流れる。


だが。


その沈黙こそが答えだった。


「なるほど。」


タカミザワは小さく鼻を鳴らす。


それ以上は何も聞かなかった。


聞く必要もなかった。


「御託はいい。」


カンタダが剣を構える。


「始めるぞ。」


次の瞬間。


「スキル――神速。」


テセウス。


カンタダ。


二人の姿が消えた。


「速い!」


ミロクが目を見開く。


「こっちも!」


スコールとケイタロウも同時に叫ぶ。


「スキル――神速!」


四つの影が神殿を駆ける。


しかし。


速さが違った。


「くっ!」


スコールが舌打ちする。


経験。


身体能力。


全てが上回っている。


大人と子供。


その差は大きかった。


カンタダがスコールの真横を駆け抜ける。


「パラドックススキル――蜘蛛の糸。」


指先から透明な糸が放たれる。


気付いた時には遅かった。


龍魚の脇差へ蜘蛛の糸が幾重にも巻き付く。


「しまっ!」


居合は、抜刀できなければ意味がない。


一瞬で弱点を突かれた。


その頃。


ケイタロウの前ではテセウスが短剣を振るう。


ギィン!!


ケイタロウは拳で軌道を逸らす。


「よし!」


反撃へ移ろうとした、その瞬間。


背後。


「蜘蛛の糸。」


カンタダの声。


無数の糸がケイタロウへ降り注ぐ。


「うわっ!」


身体中へ絡み付く。


腕。


脚。


胴体。


瞬く間に拘束された。


「くっ……!」


「刀が抜けない!?」


スコールが叫ぶ。


「う、動けねぇ!!」


ケイタロウも必死にもがく。


しかし。


動けば動くほど糸は締まっていく。


「や、やばい……!」


ミロクの顔色が変わる。


「どうしたら……!」


ユンも弓を構えられない。


下手に攻撃すれば二人まで巻き込んでしまう。


だが。


その場で一人だけ。


全く動揺していない人物がいた。


タカミザワだった。


腕を組んだまま。


静かに言う。


「スコール。」


「ケイタロウ。」


「動くな。」


短く。


命令だけを伝える。


「動くなったって!」


「動けないんだよ!!」


ケイタロウが怒鳴る。


しかし。


スコールは何も言わなかった。


タカミザワの言葉を信じる。


呼吸を整え。


力を抜く。


すると――。


パサッ。


蜘蛛の糸が一本。


また一本と解け始めた。


「えっ……?」


スコールは目を丸くする。


数秒後。


拘束は完全に消えていた。


「なっ!?」


ケイタロウが唖然とする。


慌てて力を抜く。


すると。


こちらの糸も同じように崩れ落ちた。


「なんでだ……!?」


カンタダが初めて表情を変える。


タカミザワは静かに眼鏡を押し上げた。


「“カンタダの蜘蛛の糸”。」


「昔に存在した物語だ。」


神殿に響く冷静な声。


「内容を辿れば、解く答えは見つかる。」


ミロク達は耳を傾ける。


「蜘蛛の糸は、“傲慢”な者へ不利益をもたらす。」


「ならば。」


「答えは逆だ。」


「“謙虚”であれ。」


その言葉を聞いた瞬間。


カンタダの瞳が鋭く細められた。


「……なるほど。」


低く呟く。


そして。


タカミザワを真っ直ぐ睨みつけた。


「物知りは嫌いだ。」


その一言には、隠しきれない苛立ちが滲んでいた。


タカミザワは肩をすくめる。


「安心しろ。」


「俺も、お前みたいな手品師は好きじゃない。」


二人の視線が交錯する。


炎の神殿。


最奥の扉を前にして。


知略と暗殺術。


その二つが、静かに火花を散らし始めた。


ーーーー 炎の神殿の最奥 ーーーー


巨大な石扉の前。


灼熱の空気が揺らめく中、両陣営は再び向かい合った。


「行くぞ。」


カンタダが小さく呟く。


次の瞬間――。


「パラドックススキル――蜘蛛の糸。」


幾筋もの透明な糸が空中を駆ける。


「またか!」


スコールとケイタロウは同時に身構えた。


蜘蛛の糸が身体へ絡み付く。


腕。

脚。

胴。


瞬く間に拘束される。


だが。


「へっ。」


ケイタロウは笑った。


「蜘蛛の糸はもう攻略済みなんだよ!」


スコールも余裕の笑みを浮かべる。


「動かなければいいんだろ?」


二人は力を抜き、呼吸を整える。


蜘蛛の糸は傲慢な者ほど締め付ける。

ならば、逆らわなければいい。


先ほどタカミザワが導き出した答えだった。


しかし。


「……そうか。」


テセウスが静かに笑う。


「動かなければ、どうなると思う?」


その姿が一瞬で消えた。


「っ!」


気付けば、スコールの目の前。

冷たい刃が喉元へ突き付けられていた。


「な……!」


反射的に身体が強張る。


その瞬間。

ギチギチギチッ――。


蜘蛛の糸が再び締め上げる。


「くっ……!」


スコールの身体は完全に拘束された。


「しまった!」


同じ頃。


ケイタロウの背後にはカンタダ。


「余裕…だったか?」


皮肉混じりに囁く。


「くそっ!」


ケイタロウも反射的に力を入れてしまう。


蜘蛛の糸はさらに強く締まり、全身の自由を奪った。


「これじゃ……!」


二人は動けない。

完全に封じられた。


ミロクが杖を構える。


「風刃!」


だが。


「駄目!」


ユンが腕を掴んだ。


暗殺者は二人へ密着している。


今ここで魔法を放てば、

スコールやケイタロウまで巻き込んでしまう。


「魔法が撃てない……!」


ミロクの額を汗が伝う。


敵はそこまで計算していた。


魔法使いの援護を封じる。

暗殺者らしい立ち回りだった。


戦況は完全に敵へ傾いていた。


ミロク達の間に焦りが広がる。


その中で、

タカミザワだけは腕を組んだままだった。


微動だにしない。


「タカミザワ!」


ケイタロウが叫ぶ。


「何か攻略法はねぇのか!?」


一瞬だけ視線を向ける。


そして。


「自分達で考えろ。」


それだけだった。


「なっ……!」


あまりにも冷たい返答。


ケイタロウは唇を噛む。


当てにはできない。


いや、きっと違う、

タカミザワも考えている。


だが、

今は自分達に答えを探させている。


その意図だけは何となく伝わってきた。


「だったら……!」


スコールは必死に頭を回す。


蜘蛛の糸。

暗殺者。


距離。

魔法。

時間。


何か、

何か一つでも状況を変える方法はないか。


そして、

一つの答えへ辿り着いた。


「龍魚召喚!!」


青い召喚陣が足元へ広がり、

神殿内へ冷たい水の魔力が流れ込む。


次の瞬間、

巨大な武士の影が現れた。


青を基調とした和鎧。

長い刀。

静かな眼差し。


龍魚だった。


「呼んだか、スコール。」


低く響く声。


暗殺者二人の表情が変わる。


「召喚魔法か。」

「面倒だな。」


暗殺者達は即座に離れ、

その視線が龍魚へ向く。


わずか数秒。

その隙だった。


パサッ。


蜘蛛の糸が解け始める。


スコールも。

ケイタロウも。


身体の自由を取り戻した。


「助かった!」


ケイタロウが後ろへ跳ぶ。

スコールも距離を取る。


「これで戦える!」


だが、

龍魚は静かに首を横へ振った。


「……違うな。」


炎に照らされた鎧から、小さな湯気が立ち上る。


「スコールよ。」

「炎属性の魔素が充満するこの場所は、我にとって非常に不利な環境だ。」


龍魚は自らの腕を見る。

青い霊力が少しずつ揺らいでいる。


「故に。」

「我の身体は、それほど長くはもたぬ。」


スコールの表情が曇る。


そこまで考えていなかった。

この神殿では、水属性そのものが不利。


だからこそ、

タカミザワの複合魔法《冷風》によって、自分達は動けていた。


しかし、

召喚された龍魚は、その恩恵を受けられない。


環境そのものが敵だった。


タカミザワも静かに首を横へ振る。

援護はできない。


魔法の許容範囲を超えている。


「この局面。」


龍魚は刀を静かに構えた。


「お主ならば、どう切り抜ける。」


問い掛けだった。


師が弟子へ向ける問い。

その感覚。


答えは教えない。


考えろ。


スコールはゆっくり目を閉じる。


深く息を吸う。


そして、

静かに目を開いた。


その瞳には、迷いはなかった。


「まずは……。」


龍魚を見据える。


「速攻で、テセウスを仕留める!」


その一言に、

龍魚の口元が、わずかに緩んだ。


「良い答えだ。」


次の瞬間。


師弟は同時に地を蹴った。

炎の神殿に、新たな一閃が走る。


ーーーー 圧勝? ーーーー


次の瞬間だった。


ヒュン――。

空気を裂く鋭い斬撃。


誰の目にも映らぬほどの速さで、一筋の銀閃が走る。


「――ッ!?」


テセウスの瞳が見開かれた。


宙を舞うものがある。

それは、自分の右腕だった。


鮮血が弧を描き、灼熱の石床へ降り注ぐ。


「ぐっ……!」


テセウスは痛みに顔を歪めるよりも早く、地面を蹴った。


神速。


後方へ大きく跳び、龍魚との間合いを一気に広げる。

切り落とされた腕を押さえながら、苦笑を浮かべた。


「……やれやれ。」

「戦況が覆りましたね。」


その声には余裕を装う色が混じっていた。

しかし、額には冷や汗が流れている。


「笑ってる場合じゃねぇぞ。」


カンタダが舌打ちした。


「このままじゃ押し切られる!」


だが、

龍魚はその会話すら待たない。


静かに刀を構え直し、

目を閉じ、一瞬だけ呼吸を整えた。


「攻めへ転ずる。」


その一言と共に、姿が消えた。


「どこだ!?」


テセウスが周囲を見渡す。


次の瞬間。背後に——。


「東刃流――」


龍魚の低い声が響く。


五風十雨(ごふうじゅうう)。」


長刀が五閃。

短刀が十閃。


十五の斬撃が、まるで暴風雨のように一斉に襲い掛かった。


刃の風と肉を切り裂く音が鳴る。


一瞬の出来事だった。


十五本もの斬撃が交差し、テセウスの身体を次々と切り裂いていく。


腕。

脚。

肩。

胴。


抵抗する暇さえ与えない。


「がぁぁぁっ!!」


悲鳴が炎の神殿へ響く。


やがて、

テセウスの四肢は力なく崩れ落ち、その身体も石床へ倒れ伏した。


一人の暗殺者は、もはや完全に戦闘不能。



そして、

一方、その頃。


スコールとケイタロウはカンタダを相手に激しい攻防を繰り広げていた。


「蜘蛛の糸!」


カンタダが腕を払うと、

無数の透明な糸が宙を舞う。


神殿の柱。

岩壁。

床。


蜘蛛の巣のような防御網が瞬く間に張り巡らされる。


不用意に踏み込めば拘束される。


「ちっ!」


ケイタロウが拳を引く。


その隙を突いて、

カンタダのナイフが閃く。


ギィン!!


スコールの脇差が受け止めた。


互いに一歩も譲らない。


しかし、

誰の目にも明らかだった。


暗殺者は劣勢だった。


テセウスを失い、一対二。

徐々に追い詰められていく。


後方では、

ミロクとユンが固唾を呑んで見守っていた。


「スコール……!」

「ケイタロウ……!」


信じるしかない。

二人ならきっと勝てる。


そう思っていた。


その時だった。


龍魚の身体が淡く光り始める。


「……時間か。」


その姿が少しずつ霞んでいく。

炎の魔素に侵食され、力の限界が訪れていた。


スコールは振り返る。


「龍魚!」


龍魚は静かに微笑んだ。


「ふん…十分だ。」

「お主はもう、一人ではない。」


刀を納める。


そして。


「……あとは、任せたぞ。」


その言葉を最後に、

青い霊力は風となり、静かに消えていった。


神殿には、再び灼熱だけが残る。


「龍魚……。」


スコールは一瞬だけ目を閉じた。


そして、

すぐに顔を上げる。


「ケイタロウ!」


「わかった!!」


返事は一瞬。

二人は同時に地を蹴る。


「スキル――阿吽の呼吸!!」


互いの呼吸。


視線。

間合い。


全てが一つになる。


カンタダが目を見開く。


「何っ!」


スコールが刀を振る。


「桜花流――花鳥風月!!」


シュバッ!!


遠隔斬撃が一閃。


続けて二閃。


二本の斬撃が蜘蛛の糸の防御網を真っ二つに切り裂く。


「しまっ!」


防御が崩れた。


その一瞬。


「もらったぁぁぁ!!」


ケイタロウが飛び込む。


「三段掌!!」


ドンッ!

ドンッ!

ドォンッ!!


三発の拳が寸分違わず腹部へ叩き込まれる。


「ぐっ……!」


カンタダが大きく仰け反る。


だが、

終わらない。


「連打拳!!」


拳が嵐のように降り注ぐ。


右。

左。

右。

左。


連続する衝撃。

防御など間に合わない。


「がはっ!」


カンタダの身体が浮く。


その瞬間、

ケイタロウが大きく腰を落とした。


全身の力を拳へ集める。


「これで終わりだぁぁぁ!!」


渾身の一撃。


「覇王拳!!!」


ドゴォォォォォン!!


轟音。


拳がカンタダの胸へ炸裂し、

衝撃で身体が吹き飛ぶ。


そのまま神殿の足場を越え――


足場より下、その向こう側へ消えていった。


やがて、

遠くで溶岩へ何かが落ちる音だけが響く。


静寂。


誰も動かない。


聞こえるのは、溶岩の煮え立つ音だけだった。


「……か、勝ったのか?」


ケイタロウが肩で息をしながら片膝をつく。

額から汗が滴る。


スコールも刀を鞘へ納め、大きく息を吐いた。


その時、

後方から静かな拍手が一つ。


タカミザワだった。


「よくやったな。」


短い言葉。


だが、

それは彼にしては珍しい、素直な称賛だった。


ケイタロウは顔を上げる。


少し笑う。


「……よくやった、じゃねぇよ。」

「もっと早く助けろっての。」


そう言いながらも、

その口元には、大きな笑みが浮かんでいた。


「ははっ!」


スコールも思わず笑う。

ミロク達も安堵の表情を浮かべた。


激戦の末に勝ち取った勝利。


だが、その先には――。


巨大な石扉。


炎の神殿、最後の試練が、静かに彼らを待ち受けていた。


ーーーー 地獄の守護者 ーーーー


暗殺者との激闘を終えたミロク達は、重い足取りで神殿の奥へと進んでいた。


誰もが傷付き、疲弊している。

それでも、歩みを止める者はいなかった。


やがて、一行の前に巨大な石扉が姿を現す。


高さは十メートルを超え、黒曜石のような重厚な扉には炎を象った紋様が刻まれている。


近付いた瞬間――。


ゴゴゴゴゴゴ……。


石扉がミロク達の魔力へ反応した。


重苦しい音を立てながら、ゆっくりと左右へ開いていく。


熱風が吹き抜けた。


「やっと……到着したな。」


ケイタロウが肩で息をしながら呟く。

額から流れる汗を乱暴に拭い、拳を握り直した。


「はぁ……。」


スコールも静かに息を吐く。


魔物との戦闘。

アカヤとサイゴウ。

暗殺者との死闘。


想像以上に体力も精神力も削られていた。


「二人とも、大丈夫?」


ミロクが心配そうに顔を覗き込む。


すると。


「問題ないだろう。」


タカミザワが即座に言い切った。


「それに。」


広間の奥を見据えたまま続ける。


「炎の神殿には、休める場所など存在しない。」


冷静な一言だった。


正論である。


ケイタロウもスコールも、その言葉には反論できなかった。


ここで立ち止まれば。

敵が待ってくれる保証などない。


「……分かってるさ。」


ケイタロウは苦笑する。


「俺達も進むしかねぇ。」


その時だった。

タカミザワが荷物の中へ手を伸ばす。


取り出したのは、小さなガラス瓶。

中には鮮やかな黄色の薬液が揺れていた。


「ほら。」


二人へ一本ずつ投げ渡す。


「エナジーポーションだ。」

「飲めば気力が回復する。」


説明はそれだけだった。


ケイタロウは瓶を眺める。


「信用していいんだろうな?」


「嫌なら返せ。」


「飲む。」


即答だった。


コルクを抜き、一気に飲み干す。


スコールも続く。


すると――、

身体の奥から、じんわりと熱が広がっていく。


重かった身体が軽くなる。

鈍っていた思考が冴える。


疲労感が嘘のように薄れていった。


「す、すげぇ!!」


ケイタロウが目を丸くする。


「身体が軽い!」


スコールも腕を振る。


「元気になった!」


二人は思わず笑顔になった。


タカミザワは小さな手帳を取り出し、

さらさらと何かを書き込んだ。


「効果あり……。」

「記録しておくか。」


まるで実験結果を書き留める研究者だった。


「お前、本当にブレねぇな。」


ケイタロウが苦笑する。


「当然だ。」


タカミザワは平然としていた。


「同伴者の健康管理も、リーダーの役目だからな。」


何気ない一言。

その言葉に、ミロクは少しだけ笑みを浮かべた。


ぶっきらぼうだが、

やはりタカミザワは仲間を見捨てる男ではない。



全員が広間へ足を踏み入れる。


そこは、これまでとは比べ物にならないほど広大な空間だった。


天井は見えない。


巨大な石柱が幾本も立ち並び、その全てが炎の紋様で覆われている。


中央には、一体の巨大な石像。


角を生やし。

翼を持ち。

鋭い牙を覗かせる悪魔のような姿。


その両眼は固く閉ざされていた。


「……気味が悪いな。」


ミロクが呟く。


その瞬間だった。


ズォォォォォ……。


広間全体の空気が震え始める。


「!」


ミロク達が見上げるとら

天井付近に、膨大な炎の魔素が渦を巻いていた。


赤い炎。

橙色の炎。

黄金色の炎。


無数の火炎が渦となり、一点へ集束していく。


熱風が吹き荒れる。

床が震える。

石像が軋む。


ゴゴゴゴゴゴ……。


石の身体へ亀裂が走った。


バキィィン!!


石像が砕け散る。


その中から現れたのは――、

巨大な魔人。


燃え盛る鬣。

禍々しく湾曲した二本の角。

全身を覆う黒き筋肉。


左手には、人間の身長ほどもある巨大な大斧。

その姿は獅子を思わせながらも、人ではない。


悪魔。


まさに、その言葉がふさわしい存在だった。


黄金色の瞳が、ゆっくりとミロク達を見下ろす。


そして、

低く重い声が神殿中へ響いた。


「我が名は――イフリート。」


その声だけで空気が震える。


「炎の神殿を守りし者なり……。」


名乗りを終えた瞬間、

圧倒的な威圧感が押し寄せた。


「……超怖ぇ。」


ケイタロウが思わず一歩後ずさる。


冗談ではない。

本能が危険を告げていた。


スコールも無意識に龍魚の脇差へ手を添えるが、

鞘を握る手に汗が滲んでいる。


ユンは静かに弓を構えた。

ミロクも杖を握り締める。


そして、クロネコは珍しく真剣な表情でイフリートを見つめていた。


その中で、

タカミザワだけは一歩前へ出る。


ゆっくりと杖を構え、

眼鏡の奥の瞳が鋭く細まる。


「……来るぞ。」


その一言。


直後――。


イフリートが天を仰ぎら

大きく息を吸い込む。


そして。


「オオオォォォォォォォォッッ!!!」


轟く咆哮。


神殿全体が震え、

天井から火の粉が舞い落ちる。


灼熱の暴風がミロク達へ叩き付けられた。


誰も目を逸らさない。

誰も逃げない。


炎の神殿。

最後にして最大の試練。


守護者イフリートとの決戦が、ついに幕を開けた。

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