第36話 炎の神殿①
ーーーー 溶岩スライム ーーーー
炎の神殿を進むミロク達。
灼熱の空気が肌を焼く。
天井から垂れ下がる赤い溶岩の幕が、
神殿内部を不気味な赤色に染めていた。
「魔力切れだ〜……」
先程まで元気に戦っていたスコールが
地面に伸びている。
「だから言っただろう」
タカミザワが呆れたように
ポケットから小瓶を取り出した。
青白い液体が入った魔法薬だった。
「ほら」
スコールへ放り投げる。
「おっ!」
スコールは慌てて受け取り、
小瓶をしばらく眺めてからゴクゴクと飲み干す。
すると、身体の奥に熱が広がり、
失われていた魔力が少しずつ戻っていく。
「生き返った〜!」
「安い男だな」
タカミザワは鼻で笑った。
その時だった。
グジュッ……
グジュグジュグジュ……
前方の溶岩だまりが波打ち始める。
「来るぞ!」
ケイタロウが叫んだ。
次の瞬間。
無数の溶岩スライムが飛び出した。
「うおっ!?」
ミロクが身構える。
十体以上。
まるで軍隊だった。
「先手必勝だ!」
ケイタロウが足元の石を拾う。
ビュッ!
全力で投げつけた。
石は見事に命中する。
だが――
ボチャ。
溶岩スライムの身体へ沈み込むだけだった。
「効いてねぇ!?」
「そりゃ石だからな」
タカミザワが冷静にツッコむ。
「くそっ!」
ケイタロウはさらに石を投げる。
しかし、結果は同じだった。
その間にスライム達が迫る。
「ユン」
タカミザワが名を呼ぶ。
「うん!」
ユンは素早く弓を構えた。
風の魔力が矢へ集まる。
「風矢!」
ヒュンッ!
放たれた矢は風を纏いながら飛翔する。
ドシュッ!!
矢が溶岩スライムを貫き、
内部の核へ命中。
スライムは爆ぜるように崩れ落ちた。
「すごい!」
ミロクが目を輝かせる。
「次は僕だ!」
掌を前に突き出し、
風の魔力が収束する。
「風刃!」
シュバッ!!
鋭い風の刃が飛び、
二体のスライムを切り裂いた。
しかし。
「まだ来る!」
スコールが叫ぶ。
後方からさらに増援、
溶岩スライムの群れが押し寄せる。
「だったら!」
ミロクは懐から符を取り出した。
「爆符!!」
符を投げる。
直後。
ドォォォン!!
爆発。
炎と煙が吹き上がり、
数体のスライムが巻き込まれた。
「いい感じだ!」
ケイタロウが笑う。
「スコール!」
「任せろ!」
スコールが前へ出た。
今度は、無駄遣いしない。
周囲のわずかな水の魔素を丁寧に集める。
洋性魔術。
タカミザワから教わった方法だった。
「水槍!」
複数の水の槍が生み出される。
それらが次々と敵を貫いた。
「なるほど……」
タカミザワが腕を組む。
「少しは学習したか」
スコールは得意げだった。
「へへっ」
その時だった。
神殿全体が揺れる。
ゴゴゴゴゴ……
「な、なんだ!?」
ミロク達が振り返る。
巨大な溶岩だまり。
その中心が盛り上がっていく。
やがて。
高さ五メートルはある巨大な怪物が姿を現した。
「でっか!!」
ケイタロウが叫ぶ。
全身が煮えたぎる溶岩。
中央には巨大な赤い核。
溶岩ビッグスライムだった。
「中ボスか」
タカミザワが呟く。
だが動かない。
相変わらず後方で腕を組んでいる。
完全に観戦モードだった。
「おい!」
ケイタロウが叫ぶ。
「助けろよ!」
「観察中だ」
タカミザワは即答した。
「お前らがどう攻略するか見ている」
「マジ最低だ!!」
溶岩ビッグスライムが巨腕を振り下ろす。
ドォォォン!!
地面が砕けた。
そして、
ミロク達は散開する。
「一体……どうしたら!」
「スライムに核があるなら……」
「核を狙えばいいんじゃないか!?」
走りながら、
スコールがミロクに言う。
「けど、核の位置が高すぎる!」
ユンが答える。
核は身体の中央。
普通の攻撃では届かない。
その時、
ケイタロウが言った。
「だったら、引きずり出せばいい!」
「ミロク!」
「……わかった!」
二人はすぐに意図を理解した。
今までの冒険で培った連携だった。
ミロクが爆符を数枚投げる。
ドォォン!!
爆発。
溶岩ビッグスライムが大きく揺れる。
その隙に、
スコールが水魔法を唱える。
「水鎖!」
水で出来た鎖が、
溶岩ビッグスライムに絡み付く。
「今だ!!」
ケイタロウが走る。
拳ではなく、
足元の大岩を抱え上げた。
「うおおおおお!!」
全力投擲。
大岩が溶岩ビッグスライムの中央へ直撃する。
ガキィン!!
核を覆う溶岩が剥がれ、核が露出した。
「ユン!」
「任せて!」
ユンが弓を引く。
風の魔力が渦巻く。
「風矢!」
放たれた矢は一直線に飛ぶ。
核へ命中。
ピシッ。
ヒビが入った。
だが、まだ足りない。
その瞬間。
ミロクが走った。
「みんな!」
仲間達を見る。
そして。
「合わせて!!」
全員が頷いた。
スコールの水龍。
ユンの風矢。
ミロクの風刃。
ケイタロウの投石。
四人の攻撃が同時に核へ集中する。
ドゴォォォォォン!!
轟音。
衝撃波。
そして――
バリンッ!!
核が砕け散った。
溶岩ビッグスライムは苦しそうに震える。
やがて、
巨大な身体は崩壊し、溶岩の海へ沈んでいった。
静寂。
数秒後。
「やったぁぁぁ!!」
ミロクが拳を突き上げた。
「勝った!!」
スコールも飛び跳ねる。
ケイタロウは満面の笑み。
ユンも嬉しそうだった。
後方では、
タカミザワが小さく頷く。
「まぁ……悪くないか」
誰にも聞こえない声だった。
だが、
彼の口元には確かに
少しだけ満足そうな笑みが浮かんでいた。
ーーーー VSマルオチーム ーーーー
溶岩ビッグスライムを倒した後。
炎の神殿には、
再び不気味な静寂が戻っていた。
赤く脈打つ溶岩の光。
天井から垂れる灼熱の液体。
遠くで、
何かが煮え立つような音が響いている。
「……今の、結構すごかったな」
ケイタロウが息を整えながら言った。
「みんなで倒せたね」
ミロクも少し嬉しそうに笑う。
土の神殿では何もできなかった。
けれど、今回は違う。
少しずつでも、自分達は前へ進んでいる。
そう思えた。
その時だった。
――パチ。
背後で、小さな火花が散った。
タカミザワだけが、ゆっくりと振り返る。
「ようやく来たか」
その声には驚きがなかった。
むしろ、
待ちくたびれていたような響きがある。
「え?」
ミロク達も振り返った。
神殿の通路の奥。
赤い光に照らされながら、複数の影が歩いてくる。
先頭に立つのは、マルオだった。
その隣にはアカヤ。
少し離れた場所に、ヒヨノと十文字。
そして――。
「……サイゴウ?」
ミロクの声が震えた。
大柄な少年。
人間とは思えないほど逞しい体格。
ハーフ巨人の守人、サイゴウ。
さらに、その後ろには見知らぬ少年がいた。
黄緑色の髪。
細い身体。
どこか周囲を警戒するような目。
「三組の……トキオ?」
ケイタロウが呟く。
マルオの一行には、
新たに二人の仲間が加わっていた。
「やはり、そっちに引き込まれたか」
タカミザワが鼻を鳴らす。
サイゴウは何も言わない。
ただ、ミロク達を真っ直ぐ見ていた。
その表情には迷いがあった。
けれど、
もう引き返す気はないようにも見えた。
「タカミザワ君」
マルオが一歩前へ出る。
「魔導書を求めることを、やめてくれないか」
炎の神殿の熱気の中。
その声だけが妙に冷たく響いた。
「魔導書は危険だ」
「世界を壊すかもしれない」
「だから、僕達……」
「いや、魔法教会が管理するべきなんだ」
「君達が触れるべきものじゃない」
ミロクは拳を握った。
土の神殿。
奪われた魔導書。
そして、マルオの言葉。
正しいようにも聞こえる。
けれど、何かが違う。
「断る」
タカミザワは即答した。
「……なに?」
マルオの眉が動く。
「魔導書を管理する?」
タカミザワは薄く笑った。
「誰が決める?」
「お前か?」
「魔法教会か?」
「それとも、力を持った者だけが世界の未来を決めるのか?」
マルオの表情が僅かに歪む。
だが、タカミザワは続けた。
「危険だから遠ざける」
「危険だから隠す」
「危険だから一部の者だけで独占する」
「その発想が一番危険だ」
「君は……!」
「それに」
タカミザワは肩をすくめる。
「俺達にも、退く理由はない」
ミロク。
ケイタロウ。
スコール。
ユン。
クロネコ。
誰もが静かに頷いた。
怖くないわけではない。
相手は友達であり、同じ学校に通う仲間だった。
それでも、
ここで譲れば。
自分達が歩いてきた道まで否定することになる。
「……なら」
マルオは唇を噛んだ。
「止めるしかない」
空気が張り詰める。
炎の神殿が、さらに熱くなったように感じた。
「アカヤ君」
マルオが言うと、
アカヤは小さく頷いた。
「任せろ」
一歩。
前へ出る。
その掌に炎が集まる。
対するタカミザワは、視線だけを横へ向けた。
「ユン」
「うん」
ユンが静かに前へ出た。
弓を手に取る。
その背中は小さい。
けれど、揺れてはいなかった。
――炎の神殿に入る前。
タカミザワはユンだけを呼び止めていた。
『アカヤが出てきたら、お前が相手をしろ』
『私が?』
『そうだ』
『アイツには、お前の力が刺さる』
『お前の固有能力なら、奴の防御は意味を失う』
『戦う前に勝ち筋を作る』
『それが俺達にできる戦い方だ』
ユンは小さく頷いた。
そして今、
その時が来た。
「行くぞ!」
アカヤが腕を振る。
炎が矢の形へ変わる。
「炎矢!!」
灼熱の矢がユンへ迫る。
だが、ユンの身体には、
既に淡い風が纏わりついていた。
「風衣」
風が彼女の周囲を包む。
炎矢は届かず、
軌道を逸らされ、横の壁へ突き刺さった。
ドォン!!
火花が散る。
「なっ……!」
アカヤの目が見開かれる。
ユンは表情を変えない。
そして、弓を引いた。
「風矢」
放たれた矢が、一直線に飛ぶ。
アカヤはすぐに防御を張る。
「炎壁!」
炎の壁が立ち上がる。
普通なら、
風の矢は炎に焼かれ、勢いを失う。
だが、
ユンの矢は止まらなかった。
ヒュン――。
炎壁を貫く。
「なにっ!?」
アカヤが目を見開く。
次の瞬間。
ドスッ!!
「痛っ!」
風矢がアカヤの肩へ突き刺さった。
赤い血が、灼熱の床へ落ちる。
ポタリ。
ポタリ。
「アカヤ君!?」
マルオの顔から血の気が引いた。
目の前で流れる血。
傷付いた仲間。
それは、これまでのマルオが
ほとんど触れたことのない現実だった。
「血が……」
小さく呟く。
アカヤは肩を押さえながら、歯を食いしばった。
幸いにも炎壁が矢の威力を削いでいた。
肩を貫通するほどではない。
だが、
痛みは確かにあった。
「……大丈夫だ」
アカヤが言う。
「これくらい」
けれど、マルオは動けない。
自分が戦いを始めた。
自分が止めると言った。
その結果、仲間が傷付いた。
「まさか……」
マルオの視線がタカミザワへ向く。
「最初から、こうなると分かっていたのか?」
「当然だ」
タカミザワは腕を組んだまま答えた。
「アカヤの炎矢は直線的だ」
「ユンの風衣なら回避できる」
「奴は防御に炎壁を使う」
「だがユンの能力は、防御の意味を薄くする」
「そして炎壁で威力は落ち、致命傷にはならない」
タカミザワの声は、あまりにも冷静だった。
「俺達は殺し合いに来たわけじゃない」
「だが、お前達が本気で止めるなら」
「痛みくらいは覚悟しろ」
マルオの唇が震える。
「君は……」
「怖いか?」
タカミザワが言った。
「血を見るのが」
「仲間が傷付くのが」
「なら、お前はまだ戦いの意味を分かっていない」
その言葉は、鋭く突き刺さった。
マルオは何も言い返せない。
だが、その時。
ズシン。
神殿の床が揺れた。
「……俺が行く」
低い声。
サイゴウだった。
大きな身体を前へ出す。
その影が、ミロク達を覆う。
「サイゴウ……」
ミロクが呼ぶ。
サイゴウは答えない。
拳を握る。
岩のような腕。
ハーフ巨人の守人。
その力は、これまでの敵とは明らかに違う。
「アカヤが傷付いた」
「なら次は、俺が前に出る」
炎の光が、その横顔を赤く照らす。
タカミザワはようやく腕をほどいた。
その目が細くなる。
「来たか」
ミロク達の間に緊張が走る。
巨大な守人。
サイゴウ。
次の一手を間違えれば。
今度は誰かが、本当に傷付くかもしれない。
炎の神殿の奥で、
新たな戦いが、静かに始まろうとしていた。
ーーーー 回復魔法 ーーーー
「……俺が行く」
サイゴウが前へ出る。
大きな足が石床を踏みしめるたび、
炎の神殿の床が低く震えた。
岩のような肩。
太い腕。
身長二メートル以上。
ハーフ巨人の守人。
その巨体が立ちはだかるだけで、
空間そのものが狭くなったように感じる。
ミロクは思わず息を呑んだ。
「で、でかい……」
ケイタロウも眉をひそめる。
「正面からやり合うのは、かなり厄介だ」
サイゴウは拳を握る。
「アカヤが傷付いた」
「なら次は、俺が出る」
低い声。
その言葉には、
仲間を守ろうとする確かな意志があった。
だが。
「待て」
背後から声が飛び、
サイゴウが振り返る。
そこには、
肩を押さえたアカヤが立っていた。
"風矢"を受けた傷。
服にはまだ赤い血が残っている。
けれど、
アカヤの目は死んでいなかった。
「俺はまだ戦える」
「でも、肩が……」
マルオが不安そうに言う。
だが、アカヤは小さく笑った。
「大丈夫だ」
その手に、火が灯る。
しかし、
それは今までの赤色ではなかった。
淡く。
眩く。
まるで、月明かりのように白い火。
「フェニックスよ」
アカヤが静かに呟く。
「俺に、再生の火を」
白い炎がアカヤの身体を包み込んだ。
「白火」
ボウッ――。
白炎が揺れる。
熱いはずなのに、どこか神聖な光。
傷口を覆う血が蒸発する。
裂けた肉が、ゆっくりと――
いや、目に見える速さで繋がっていく。
数秒後。
白い炎が消えると、
そこに傷はなかった。
アカヤは肩を回す。
「……治った」
その光景を見た
ミロク達は言葉を失う。
「マジかよ」
サイゴウも、目を丸くする。
「傷が、一瞬で……」
スコールも唖然としていた。
ケイタロウは険しい表情で呟く。
「フェニックスとの契約……」
「そんなことまでできるのかよ」
だが、
タカミザワだけは何も驚かなかった。
腕を組み。
いつものように。
まるでチェス盤を眺めるような目で、
戦場を見ている。
――予想通り。
そう言っているようだった。
「さあ」
アカヤが一歩前へ出る。
「続きをしよう」
その隣にサイゴウが並ぶ。
炎と守人。
攻撃力と防御力。
二人が並んだ瞬間、
まるで一つの壁が完成したようだった。
「二対二だ」
サイゴウが言う。
「来い」
ミロク達の空気が張り詰める。
誰が出る。
誰が、この二人を相手にする。
その時、
タカミザワの視線がミロクへ向いた。
「お前の番だ」
「え?」
ミロクは自分を指差す。
「僕?」
タカミザワは頷きもしない。
ただ、視線を逸らす。
「……」
「え、説明は?」
「ない」
「ないの!?」
ミロクは思わず声を上げた。
しかし、
タカミザワはもう何も言わなかった。
まるで、
答えは自分で探せ。
そう言っているようだった。
「ミロク」
ユンが隣へ来る。
弓を握り、静かに立つ。
「僕も行く」
ミロクはユンを見る。
小さな背中。
けれど、
先ほどアカヤを相手に戦ったその姿は、
もう頼りない仲間ではなかった。
「うん」
ミロクは頷く。
「一緒に戦おう」
二人が並ぶ。
風属性の二人。
ミロクとユン。
対するは、炎を操るアカヤ。
そして巨大な守人、サイゴウ。
戦力差は明らか。
正面からぶつかれば、押し潰される。
炎矢はユンの風衣で避けられる。
だが、サイゴウが前に立てば、
ユンの矢は簡単には届かないはず。
しかも、アカヤには回復魔法がある。
少しずつ削る戦いでは勝てない。
「……どうする?」
ミロクが小さく呟く。
ユンは、ただ敵を見つめている。
その時、
ミロクの脳裏に、一つの言葉が浮かんだ。
『雷は、風に乗せられる』
炎の神殿へ来る前に、
タカミザワがミロクへ教えた新しい魔法。
『雷魔法』
そして、
『混合魔法』
まだ一度しか成功していない。
扱いも不安定。
けれど、
この状況で使える可能性があるとすれば。
「……雷」
ミロクが自分の手を見つめる。
微かな電流が、指先で弾けた。
パチッ。
小さな光。
「何か思い付いた?」
ユンが聞く。
ミロクは頷く。
「たぶん」
「でも、上手くいくか分からない」
「けど……何とかする」
短い言葉。
けれど、
その声には迷いがなかった。
ミロクは息を吸う。
熱い空気が肺に入る。
心臓が速くなる。
負けるのが。
怖い。
アカヤも。
サイゴウも。
強い。
けれど、
ここで下がりたくない。
ずっと、何もできなかった自分を、
もう一度見たくなかった。
静かに、
ミロクがユンに耳打ちをする。
そして、ユンが頷く。
「……行こう」
ミロクが言うと、
二人とも前に足を踏み出した。
アカヤの手に炎が灯る。
サイゴウが拳を構える。
タカミザワは腕を組んだまま、
静かに目を細めた。
「見せてみろ」
誰にも聞こえない声。
「お前が選ぶ戦い方を」
次の瞬間。
炎の神殿に、
再び戦いの火蓋が切って落とされた。
ーーーー 戦いの重さ ーーーー
灼熱の空間に、再び緊張が張り詰める。
足元では溶岩が煮え立ち、
赤い光が神殿全体を照らしていた。
互いに距離を取る二組。
ミロクとユン。
アカヤとサイゴウ。
誰も動かない。
その静寂を破ったのは――。
「行くぞッ!」
アカヤだった。
右手を突き出し、
灼熱の炎が一点へ収束する。
「炎槍!!」
轟ッ!!
巨大な炎の槍が一直線にミロクへ襲い掛かる。
「ミロク!」
ユンが叫ぶ。
しかし、ミロクは一歩も退かなかった。
「風壁!!」
バシュッ!!
風の壁が目の前に現れる。
だが、真正面には展開しない。
壁を横向きに展開したのだ。
炎槍が風壁へ触れた瞬間。
ギュンッ!!
風が槍の軌道を横へ逸らす。
炎槍はミロクの頬を掠めることなく横へ流れ、そのまま岩壁へ激突した。
轟音。
火花が舞う。
「受け流した!?」
アカヤが目を見開く。
その隙を逃さない。
ズシンッ!!
アカヤの背後から巨大な影が飛び出した。
「どけぇぇぇ!!」
サイゴウだった。
岩のような拳を握り締め、
一直線に突っ込んでくる。
「ユン!」
ミロクが叫ぶ。
「うん!」
ユンは素早く弓を引いた。
「風矢!!」
ヒュンッ!!
風の矢が一直線に飛ぶ。
しかし。
ガンッ!!
サイゴウの胸へ命中したにもかかわらず、
矢は砕け散った。
傷一つ付かない。
「やっぱり……!」
守人。
常人離れした耐久力。
風矢では止められない。
「うおおおおっ!!」
サイゴウの拳が振り下ろされる。
ドゴォォォン!!
床が砕ける。
ミロクは紙一重で横へ跳んだ。
そして、
その衝撃で風壁は粉々に吹き飛ぶ。
「まだ終わりじゃねぇ!」
アカヤが炎を握る。
燃え盛る炎が一本の剣へ姿を変えた。
「炎剣!!」
炎の刃を構え、一気に間合いを詰める。
だが。
「近付かせない!」
ミロクは懐から一枚の符を取り出した。
「爆符!!」
ヒュッ!
足元へ投げる。
「ちっ!」
アカヤは反射的に飛び退いた。
直後――
ドォォォォン!!
爆発。
岩盤が激しく砕け散る。
その衝撃はアカヤではなく、
突進してきたサイゴウの足元まで伝わった。
「しまっ――」
バキバキッ!!
床に大きな亀裂が走り、
巨大な身体が体勢を崩した。
「お、おい!」
サイゴウの足場が崩れる。
そのまま――
ズズズズッ……
溶岩へ滑り落ちていく。
「サイゴウ!!」
マルオとアカヤの叫び声が重なった。
そして、
アカヤは思わず後ろを振り返る。
その一瞬だった。
「今だ!」
ミロクとユンの声が重なり、
二人の視線が交わる。
『阿吽の呼吸』
言葉はもう要らなかった。
「雷槍!!」
ミロクの掌から黄金の雷が奔る。
同時に、
ユンが両手を広げた。
「竜巻!!」
ゴォォォォォ!!
巨大な竜巻が発生する。
風は螺旋を描きながら
中心部の空気を一気に吸い上げる。
内部は、一瞬だけ真空に近い状態となった。
「行けぇぇぇ!!」
雷槍が放たれる。
通常なら空気抵抗で威力が落ちる一撃。
しかし。
真空となった竜巻の中心を、
雷槍は閃光となって駆け抜けた。
バチィィィィッ!!
音より速く。
一直線に。
竜巻に足を取られ、
体勢を崩したアカヤの腹部を貫いた。
「がっ……!」
雷槍は止まらない。
そのまま背後へ突き抜ける。
さらに、
溶岩へ落ちかけていたサイゴウの胸へ命中した。
「ぐあぁぁっ!!」
強烈な電撃が全身を走り、
巨体が一瞬だけ痙攣する。
そして、そのままバランスを失い――
ドボォォン!!
サイゴウは溶岩の中へ沈んでいった。
「サイゴウ!!」
マルオが叫び、
炎の神殿に声が響く。
一方で、
アカヤは腹を押さえたまま膝をつく。
赤い血が床へ落ちる。
ポタ……ポタ……
呼吸は荒く、額には脂汗。
激しい痛みに顔が歪んでいた。
ミロクは立ち尽くす。
自分の手を見る。
そして、
苦しむアカヤを見る。
胸の鼓動だけが、やけに大きく聞こえた。
「アカヤ!!」
マルオが駆け寄り、
すぐにアカヤを仰向けに寝かせる。
「しっかりしろ!」
服を裂き、タオルを傷口へ当てる。
さらに両手で強く圧迫した。
止血。
必死だった。
「っ……!」
アカヤは歯を食いしばる。
意識の全てが痛みに支配されていた。
そして、マルオは顔を上げる。
その瞳には怒りが宿っていた。
「……こんなの」
震える声。
「こんなの、人がする事じゃない」
炎の神殿が静まり返る。
だが、
タカミザワは静かに前へ出た。
その表情は変わらない。
「覚悟の上だろ?」
低い声だった。
「やるなら」
「やられる覚悟くらいしておけ」
その言葉は冷たい。
けれど、戦場ではあまりにも現実的だった。
マルオは言葉を失う。
反論できない。
したくても、できなかった。
その時、
タカミザワはミロクの横へ歩み寄る。
そして、
ほんの一瞬だけ、
ミロクの肩へ手を置いた。
「行くぞ」
小さな声だった。
誰にも聞こえないように。
「……アイツらは大丈夫だ」
耳元で静かに囁く。
その一言で、
張り詰めていたミロクの心が現実へ引き戻された。
「……うん」
小さく頷き、
拳を握り締める。
振り返らない。
ミロク達は再び神殿の奥へ歩き始めた。
誰一人、勝利に笑う者はいない。
背後では、
仲間を必死に救おうとするマルオの姿があった。
前方には、
まだ見ぬ魔導書への道が続いている。
炎の神殿。
その試練は、まだ終わってはいなかった。




