第28話 その後と戦い
ーーーー 独占という名の火種 ーーーー
魔法教会——会議室。
重厚な扉が、静かに開く。
ギィ……と鈍い音が、広い室内に響いた。
円卓。
その周囲に座る者たち。
沈黙。
そして——
「光の騎士団、遺跡調査班が」
紳士服の男が資料を手に、淡々と読み上げる。
「無事に“土の魔導書”を回収しました」
一拍。
「加えて——」
視線を落とす。
「暗殺者が一名、捕縛」
「その後、自害したとの報告です」
静かな声。
感情は、一切ない。
「……ワシも聞いとる」
低く、重い声。
白髭を弄る男。大蛇。
つまらなそうに頬杖をつく。
「“土蜘蛛”は、血気盛んな命知らずじゃ」
視線をゆっくりと巡らせる。
「対して、“同行者”は冷静沈着」
わずかに口元が歪む。
「相手が標的でないと悟り、さっさと引いた」
指先で、円卓を軽く叩く。
コツン……と乾いた音。
「だがな」
声が、わずかに低くなる。
「“土蜘蛛”に、自害する度胸はない」
空気が張る。
「……引っかかるのう」
鋭い視線。
沈黙。
紳士服の男が、静かに口を開く。
「しかし」
わずかに微笑む。
「“土の魔導書”は無事に回収されました」
視線を大蛇へ滑らせる。
「今は、成果を喜ぶべきでは?」
一瞬の静寂。
「……まぁ、よい」
大蛇が、ゆっくりと背を預ける。
視線を外す。
「今、気にすべきはそこではない」
指で、円卓を叩く。
トン、と。
「問題は——」
目を細める。
「国が“土の魔導書”を独占する可能性じゃ」
空気が変わる。
一気に冷える。
「本来であれば」
大蛇が続ける。
「回収された時点で、こちらへ引き渡されるべき物」
一拍。
「それが、もしも独占されるならば——」
視線が鋭くなる。
「ワシらも“然るべき処置”を取らねばならん」
紳士服の男が、ゆっくりと資料を持ち上げ、
顔の半分を隠す。
「……その場合」
声は、変わらず冷静。
「“暗殺者ギルド”の“怪盗支部”に依頼するしかないでしょう」
空気が、わずかに揺らぐ。
“怪盗支部”。
その名は、異質。
彼らは奪う。
だが——
必ずしも、返さない。
収集癖。
執着心。
所有欲。
その全てが、異常。
依頼の品ですら、気に入れば手放さない。
最悪の場合——
闇市場へ流れる。
「……それは」
大蛇が低く呟き、
椅子に深く沈む。
「最終手段じゃ」
重い溜め息。
「怪盗支部が動けば」
目を閉じる。
「事は、より厄介になる」
それは、警告。
いや——
“予測された破綻”。
誰も、軽々しく口を開かない。
静寂。
やがて、
大蛇が、ゆっくりと窓の外を見る。
白い世界。
降り積もる雪。
その隙間から差し込む、柔らかな光。
「……春が来るのう」
ぽつりと、
だが、その声に温かさはない。
静かに、何かが動き始めている。
表ではなく。裏で。
確実に。
そして、
誰もまだ気づいていない。
この“魔導書”が、
どれほどの争いを呼ぶのか。
ーーーー 再開と賭け ーーーー
雪解けの二月。
凍てついた冬が、
わずかに緩み始めた頃。
それでも、
世界はまだ白く、冷たい。
風の神殿での激闘など、
まるで遠い出来事のように、
ミロク達は、
変わらぬ日常を過ごしていた。
学校。
そして、
放課後のいつもの図書館。
「あれから、何もできてないな」
最初に口を開いたのはスコールだった。
椅子に浅く腰掛け、
足をぶらつかせている。
退屈。
その一言に尽きる様子だった。
「仕方ないだろう」
タカミザワが溜息をつく。
机に肘をつき、額を軽く押さえる。
「新しい仲間も見つからない」
「外は雪。動きも取れん」
淡々と現状を並べる。
「……何か、打開策はないものか」
視線が遠くへ向く。
それが思考なのか。
それとも千里眼なのか。
誰にも分からない。
静寂。
重たい時間。
——バンッ!!
その静寂を切り開くように、
図書館の扉が、荒々しく開いた。
「また来てやったぞ」
立っていたのは——マルオ達。
堂々とした態度。
敵意を隠そうともしない。
「君たちの陰謀は、今度こそ俺たちが破綻させる」
マルオが言い放つ。
自信。
確信。
揺るがない声。
タカミザワは、
ゆっくりと視線を向ける。
「……戦う気はない」
一言。
冷たい拒絶。
「面倒だ」
窓の外へ視線を逸らす。
「何より、こちらに“メリット”がない」
完全な無関心。
ミロク達も、動かず、
空気は静まり返る。
「……メリット、だと?」
マルオの眉が動く。
そして、
口元が、歪む。
「なら——これでどうだ?」
カバンに手を入れ、
取り出したのは、一枝の木。
葉をつけた、神秘的な枝。
「“世界樹の枝”だ」
その言葉に、
場の空気が変わる。
「俺たちは、これを賭ける」
マルオの声は静かだった。
だが、重い。
「俺たちに勝てば——これはお前たちのものだ」
「この価値を…タカミザワくん、君は知っているはずだ」
沈黙。
「……面白い」
タカミザワの口元が、ゆっくりと歪む。
「乗ろう」
だが、
マルオは、さらに続ける。
「ただし、条件がある」
「今回、こちらは——」
一瞬の間。
視線がミロクへ向く。
「ミロク君の“赤い鳥”を貰う」
空気が凍る。
フェニックス幼体。
火の神殿で得た、切り札。
「……なるほど」
タカミザワが小さく呟く。
(戦力削減……か)
瞬時に理解する。
「そして」
マルオが指を一本立てる。
「形式は“一対一”」
前に出る影。
赤髪の少年。
「こちらは——アカヤを出す」
アカヤの目は鋭い。
炎のように揺れる闘志。
マルオは笑う。
余裕。
それは隠しきれていない。
「……いいだろう」
タカミザワが応じる。
だが、その目は冷静だ。
計算。
予測。
思考。
すべてが高速で巡っている。
そして——言い放つ。
「ミロク、お前が出ろ」
「え?」
ミロクが間抜けな声を漏らす。
「俺でいいの?」
本来なら、
ケイタロウ。
守人。
それが、最適解。
だが、今回は違う。
タカミザワは、ミロクを選んだ。
マルオの口元がさらに緩む。
(勝ったな)
そう言っているようだった。
「ミロク」
タカミザワが淡々と続ける。
「その鳥は、お前のものだ」
「ならば、お前が守るべきだろう?」
正論。
だが——
本質は違う。
(見せろ)
(お前の“新しい力”を)
ミロクの中で、何かが揺れる。
不安。
だが——覚悟する。
「……分かったよ」
短く答え、
立ち上がる。
一息、深呼吸する。
「場所は、俺が決める」
タカミザワが割って入る。
「図書館を壊されるのは困る」
「どうぞ、ご勝手に」
マルオは肩をすくめる。
余裕は崩れない。
二つの陣営。
静かに睨み合う。
外では、雪が溶け始めている。
だが——
ここでは、新たな火種が生まれた。
そして、
戦いが、始まる。
ーーーー 砂浜での知略 ーーーー
戦いの場所は——海辺。
ケイタロウの家から数キロ離れた、
人気のない砂浜だった。
冬の名残を引きずる冷たい風。
波の音が、単調に響く。
白い泡に、灰色の空。
だが、その空間には——
明らかな“偏り”があった。
「……ここか」
マルオが周囲を見渡す。
静かに。
冷静に。
水の魔素。
風の魔素。
それらが濃く漂うこの場所。
火と炎を扱う者にとっては——
明確な“劣悪な条件”。
タカミザワが、口元を歪める。
(嫌がらせは十分だろう)
そんな意図が透けて見える。
だが、
マルオの表情は、変わらない。
「さて」
一歩、前に出る。
「場所も、人も揃った」
低く、重い声。
「戦いを始めよう」
空気が張り詰める。
「準備はいいか?」
タカミザワが、ミロクとアカヤに視線を送ると、
二人は、静かに頷いた。
「よろしくな、ミロク!」
アカヤが、明るく笑い、
右手を差し出す。
「あ、うん……よろしく!」
ミロクも、それに応じ、
手を握り、握手を交わす。
その瞬間。
(……あれ?)
違和感。
暖かい。
いや——
暖かすぎる。
周囲の寒風とは明らかに違う。
アカヤの周囲だけ、
春のような、夏のような、暖かい空気。
タカミザワの目が細くなる。
「……まさか」
小さく呟く。
「固有能力か」
横目でマルオを見る。
その口元は、
わずかに歪んでいた。
「“絶対温度”」
マルオが答える。
静かに。
だが、誇るように。
「彼の周囲は常に25度に保たれる」
一歩。
砂を踏みしめる。
「冬だろうが、海辺だろうが関係ない」
「火と炎の魔素が自然と集まる」
風が吹く。
だが、その中心には——
揺らぐ熱。
「つまり」
マルオが言い切る。
「彼にとっては、常に“最適環境”だ」
沈黙。
タカミザワの目が、わずかに細まる。
(環境補正……か)
想定以上。
だが——
「選手交代はできないぞ?」
マルオが釘を刺す。
さらに一歩踏み込む。
「それに——」
視線がミロクに向く。
「この勝負、ミロク君は負ける」
断言。
迷いはない。
「レベル差がありすぎる」
"Lv1"のミロク。
"Lv20"のアカヤ。
絶対的な差。
波の音が、やけに大きく聞こえる。
「……」
タカミザワが鼻で笑う。
「最初から、“勝利”には期待していない」
空気が変わる。
「なに?」
マルオの眉が動く。
「これは——」
メガネを押し上げる。
「デモンストレーションだ」
一瞬の静寂。
「お前……仲間を試してるのか?」
マルオの声に、明確な苛立ちが混じる。
だが、
タカミザワは、揺るがない。
「普通、試すだろう?」
淡々と、
当たり前のように。
「実力の分からない駒を、どう使う?」
「将棋で、駒の使い方を知らない棋士がいるか?」
冷たい論理。合理的。
「すべては“次”のためだ」
一歩、前へ。
「お前たちは“削る”ために動く」
「だが、俺は違う」
視線が鋭くなる。
「俺は、“その次の為に動く”」
マルオの歯が、ギリ、と鳴る。
「……研究者気取りか?」
絞り出すような声。
だが。
「違うな」
タカミザワは、静かに答える。
「俺は——大賢者だ」
堂々たる宣言。
風が吹く。
砂が舞う。
ミロクは、二人の間に立っている。
理解している。
この戦いは——
ただの勝敗ではない。
“価値”を測る戦い。
アカヤが一歩前に出ると、
炎の気配が揺れる。
ミロクも構え、
呼吸を整える。
波の音。
風の音。
そして、心臓の音。
すべてが、静まる。
そして——
いよいよ戦いが、始まる。
ーーーー 砂浜での戦い ーーーー
「——いざ尋常に、勝負!」
スコールの声が、冷たい海風に乗って響く。
その瞬間。
空気が張り詰めた。
「風よ——!」
先に動いたのはミロクだった。
掌を突き出す。
「《風刃》!」
鋭い風の刃が一直線に走る。
(この魔法ならば、炎の影響を受けないはず…!)
狙いは正確。
判断も悪くない。
だが。
「炎よ——!」
アカヤが即座に応じる。
迷いはない。
「一直線に焼き切れ——《熱線》!!」
赤い光。
直線。
一瞬で、風刃は消えた。
まるで最初から存在しなかったかのように。
「なっ——!?」
ミロクの目が見開かれる。
そして、そのまま熱線が迫る。
「うわっ!!」
咄嗟に転がり、
雪に身体が沈む。
——ジュウウウ……。
熱線が通った跡。
そこだけ雪が消えている。
溶けて、
焼かれている。
(……当たったら、終わる)
直感が告げる。
これは“遊び”じゃない。
「やるしか……ない!」
ミロクはポケットに手を突っ込む。
取り出すのは札。
「爆発符!」
五枚。
一気に投げる。
「紙……いや、札か!」
アカヤが冷静に構え、
炎が形を変える。
「炎よ、剣となれ——《炎剣》」
炎が凝縮し、刃になる。
迎撃の構え。
だが、
札は——届かない。
手前に落ちる。
「……は?」
アカヤが一瞬、間を置く。
「ふ、飛距離が足りていないじゃないか」
後方でマルオが笑う。
その瞬間。
——ドンッ!!
爆発。
砂が巻き上がる。
「くっ……目潰しか!」
アカヤが腕で視界を庇う。
「風よ……《風走》」
ミロクが風魔法で駆け抜ける。
——その砂煙から飛び出し、
一気に間合いへ。
「爺婆体術——《発勁》!」
掌底。
渾身。
一直線。
当たる——!
その、刹那。
ボッ!!
アカヤの身体が、燃え上がる。
炎。
鎧のように、全身を覆う。
「……炎鎧」
マルオが静かに言う。
タカミザワが目を細める。
「命を焼く可能性すらある魔法だ」
低く呟く。
「扱いを誤れば、自滅する」
「だが」
マルオが笑う。
「彼は違う」
「“できた”んだよ」
ミロクの掌が、炎に触れる。
「ぐっ……!!」
焼ける。
痛み。
反射で距離を取る。
「通らない……!」
息が乱れる。
風。
符。
体術。
どれも、決定打にならない。
そして——
「風よ——!」
ミロクが再び構え、
"風球"が連発される。
しかし、効果は無く、
やがて、数発放った後。
「風よ……!風よ……!」
——何も起きない。
静寂。
「……え?」
一度に沢山の魔力を消費した事で、
魔力切れ。限界。
「……そこまでだ」
アカヤが手をかざす。
冷静に。
確実に。
「ミロク、君の負けだ」
熱線が来る。
ミロクは、両手を前に出す。
防ぐ手段はない。
——その瞬間。
「戦闘終了!!」
ヒヨノの声。
必死な制止。
「ミロク君の負け!もうやめて!」
アカヤの手が止まり、
ゆっくりと、下がる。
沈黙。
そして——
「よっしゃ!」
アカヤが笑う。
勝利の笑み。
「俺の勝ちだ!」
歩み寄る。
ミロクの後ろの"赤い鳥"の方へ。
そして——
フェニックス幼体を持ち上げる。
「約束通り、もらっていくぜ」
フェニックスは、抵抗しない。
むしろ——
穏やかに、炎を揺らしている。
「……そんな」
ミロクの声が、震える。
「同属性は相性が良い」
マルオが冷静に言う。
「当然の結果だな」
「……ごめんね」
ヒヨノが小さく呟く。
だが、
タカミザワは——動かない。
ただ、見ている。
「……やはり」
眼鏡の奥で、目が細まる。
「スペックが低すぎるな」
冷酷な評価。
ミロクの肩が、わずかに落ちる。
修行。
努力。
覚悟。
それらは確かにあった。
だが——
「……」
言葉にならない。
悔しさ。
無力感。
波の音が響く。
風が吹く。
雪解けの季節。
だが——
ミロクの中には、まだ冬が残っていた。
こうして、
砂浜での戦いは終わる。
苦い敗北の味を噛み締めながら。




