第26話 光と影
投稿が遅れてしまいすみません。
再就職で少し慌ただしく動いていました。
これからの投稿頻度も少し落ちますが、
変わらず投稿を続けていきますので、
どうぞよろしくお願いします。
ーーーー 砂の果てに ーーーー
東も、西も、南も、北も。
見渡す限り——砂。
地平線は揺らぎ、
陽炎がゆっくりと景色を歪めていた。
砂を踏みしめる音すら、車内には届かない。
ただ、エンジンの低い振動だけが続く。
「ねぇ……」
助手席に座るヴィネが、
窓の外を見つめたまま、ぽつりと呟く。
「今、どれくらい走った?」
バルバトスが、
ハンドルを握ったまま答える。
「三時間」
短い返答。
つまらなそうに息を吐く。
ヴィネが顔をしかめる。
「……本当に、この方向で合ってるの?」
「間違いない」
バルバトスが言う。
手元の地図と方位磁石に視線を落としたまま。
「貰った地図も、磁針も、こっちを指している」
ヴィネはため息をつく。
「絶対それ、詐欺でしょ……」
「買うしかなかったんだ」
バルバトスが肩をすくめる。
「他に当てがなかったからな」
ハァ……。
二人のため息が重なる。
車内に、重たい空気が流れる。
後部座席。
カイとアモンが、ちらりと顔を見合わせる。
アモンが静かに言う。
「電波がないんじゃ」
短い言葉。
「仕方がなかろう」
バルバトスも便乗する。
「そうそう」
軽い口調。
「通信機も使えねぇんだ。文句言っても始まらん」
ヴィネがそっぽを向く。
「……ムカつく」
小さく吐き捨てた。
⸻
それから、三十分。
誰も口を開かない。
ただ、砂の中を進む音だけが続く。
その時だった。
「……あれ」
カイが窓に顔を近づける。
遠く。
陽炎の向こうに、何かが見える。
バルバトスが目を細める。
「……見えた」
口元が上がる。
「土の神殿だ」
その声に、空気が変わる。
「やっとか……」
アモンも、わずかに安堵の息を吐く。
重苦しい沈黙からの解放。
それだけで、十分だった。
だが。
ヴィネだけは、まだ窓の外を見ていた。
視線は、神殿ではない。
その手前。
「……ねぇ」
静かな声。
「何か、ある」
バルバトスが目を細める。
「どこだ?」
ヴィネが指をさす。
「神殿の近く」
砂の色に紛れるように——
テントが一つ。
普通なら見逃す距離。
だが、確かにそこにある。
バルバトスの表情が引き締まり、
アモンも目を細める。
「……人の気配じゃな」
カイが小さく息を呑む。
ヴィネが呟く。
「敵じゃなきゃいいけど……」
その一言で。
車内の空気が一変する。
緊張。
警戒。
沈黙。
敵。
それは——
レジスタンス。
魔法の解放を掲げる、革命組織。
⸻
車は速度を落とす。
砂を踏みしめながら、慎重に進む。
神殿が、近づく。
テントも、はっきりと見える。
そして——
彼らは、到着した。
土の神殿。
すでにそこには。
待つ者がいる。
潜む者がいる。
そして——
これから交わる者たちがいる。
ーーーー 閉ざされし石の門 ーーーー
砂に紛れるように張られたテント。
その中は——
もぬけの殻だった。
散らばるゴミ。
空になった容器。
わずかに残る生活の痕跡。
だが。
人の気配は、ない。
⸻
「……遭難者、か?」
バルバトスが周囲を見渡しながら呟く。
肩の力が、わずかに抜ける。
だが。
ヴィネは視線を逸らさない。
「……そうだといいけど」
その声には、
かすかな警戒が残っていた。
⸻
テントのすぐ先。
巨大な影。
土の神殿。
四人は視線を向ける。
バルバトスが背負った荷を持ち直す。
「とりあえず——行くか」
誰も異論はない。
そのまま、歩き出す。
神殿は、ピラミッド型。
訪れる者を拒むように、長い階段が続いている。
灼熱の空気。
乾いた風。
足取りは重い。
「……地獄の登山って感じだな」
バルバトスが肩を回しながら言う。
ヴィネが即座に返す。
「それ、つまらないから」
「そうか〜?」
軽口。
わずかに和らぐ空気。
だが。
誰も気を抜いてはいない。
やがて。
階段を登り切る。
入口。
ぽっかりと口を開けた闇。
その中へ足を踏み入れると——
ひんやりとした空気が身体を包んだ。
外とは別世界。
「……涼しい〜」
カイが団扇を仰ぐ。
汗ばんだ額に風が当たる。
ヴィネが横目で見る。
「いいわね、それ」
バルバトスが割り込む。
「子どもの方が体温高いんだ」
ニヤリと笑う。
「奪うなよ〜?」
「分かってるわよ」
ヴィネが軽く拗ねる。
長い廊下。
石造りの壁。
足音が反響する。
そして——
行き止まり。
壁一面に広がる、古代文字の壁画。
「……通路がないな」
バルバトスが眉をひそめる。
火の神殿。風の神殿。
どちらも、この位置に通路があった。
だが——ここにはない。
「魔法じゃな」
アモンの低い声。
「魔法?」
バルバトスが振り返る。
アモンは壁画に手を触れる。
「こう書かれておる」
ゆっくりと読み上げる。
「——魔法の力、示されし時」
「その呼び声に、土の神殿は応える」
一拍。
さらに続ける。
「——試練、始まりし時」
「石の扉は閉ざされ、奥へ続く道に進め」
静寂。
バルバトスが呆れたように言う。
「……お前、読めたのかよ」
アモンはニヤリと笑う。
「無論じゃ」
ポケットから取り出す。
マナ石。
淡く、茶色に光る。
「この場所はな」
目を細める。
「魔力が満ちておる」
バルバトスが頷く。
「魔力酔いか」
すぐに小瓶を取り出す。
「これ、飲め」
四人に配る。
「魔力酔い防止薬だ」
一気に飲み干す。
喉を通る苦味。
だが、すぐに頭が冴える。
アモンが前に出て、
背負っていた大盾を、前へ。
「魔道具——開放」
その瞬間。
盾が光を放つ。
重く、低い振動。
——ゴゴゴゴゴ。
壁画の一部が動き出す。
石が擦れる音。
やがて。
通路が現れた。
「……行くしかないな」
バルバトスが息を吐く。
誰も反対しない。
四人は、闇へと進む。
その瞬間、
背後で音が鳴る。
——ゴゴゴゴゴ。
振り返ると、
入口が——閉じていく。
完全に。封鎖。
「……マジかよ」
バルバトスが呟き、
ヴィネが小さく笑う。
「完全に、閉じ込められたわね」
カイが不安そうに言う。
「……大丈夫なの?」
アモンがその頭を撫でる。
「大丈夫じゃ」
落ち着いた声。
「任務を遂行すれば、帰れる」
シンプルな言葉。
だが、不思議と安心できる。
長い通路。
静かな闇。
そして。
その背後。
気づかぬうちに——
影が、忍び寄る。
光の騎士団。
そして、暗殺者。
この場所で、
二つの勢力が交差する。
その時が、近づいていた。
ーーーー 土蜘蛛との戦い ーーーー
闇に沈む通路。
アモンがランタンに火を入れる。
ぼう、と橙の光が揺れた——その瞬間。
「……パラドックス、発動」
静かな声。
石壁が、ぬるりと歪む。
そこから現れたのは——
褐色の肌をした男。
「……壁から、人が……!?」
カイが声を震わせる。
四人は即座に武器を構えた。
空気が張り詰める。
「何者だ!」
バルバトスが双剣を構え、鋭く踏み込む。
男は、気だるそうに首を回した。
「あ?」
低い声。
「ガキが……一人じゃねぇか」
周囲を見回す。
バルバトスの声が、さらに低くなる。
「誰だと、聞いている」
静寂。
男は頭をボリボリと掻いた。
「……土蜘蛛」
一拍。
「暗殺者だ」
その言葉で、空気が凍る。
「計画とは違うが……」
口元が歪む。
「……ここでやっちまうか」
——瞬間。
バルバトスが踏み込んだ。
双剣が閃く。
だが。
「——消えた!?」
土蜘蛛の姿が、床に沈むように消失した。
「床だ!」
バルバトスが叫ぶ。
「潜った!」
四人は即座に背中を合わせる。
死角を消す陣形。
だが——
遅い。
「うわっ!」
カイの足元。
床から伸びた手が、足首を掴む。
「カイ!」
ヴィネが叫ぶ。
だが、そのまま——
引きずり込まれる。
床の中へ、消えた。
「……ッ!」
一瞬の静寂。
そして。
「土蜘蛛……覚悟しろ!」
バルバトスが叫ぶ。
「スキル——"大声"!」
轟音。
神殿全体に響き渡る。
その反響。
——「ぐぇっ!!」
床の中から、苦しげな声。
「出たな!」
ヴィネが即座に動く。
鞭がしなり、捕縛。
だが——
「……効かないね」
土蜘蛛の身体が、すり抜け、
そのまま、再び床へ。
消失。
潜伏。
「くそ……!」
だが。
ヴィネは冷静だった。
小さく呟く。
「固有能力——《地形把握》」
同時に。
バルバトスが再び叫ぶ。
音が壁に反響する。
その“反響”を——
ヴィネが読む。
「……いる」
目を閉じる。
「暗殺者は二人」
空気が張る。
「土蜘蛛は床下」
「もう一人は——」
目を見開く。
「カイと一緒に、下の階!」
「やっぱり、一人だけじゃなかったか……!」
バルバトスが歯を食いしばり、
アモンが低く呟く。
「……パラドックスじゃな」
「パラドックス?」
「矛盾の存在じゃ」
アモンが静かに言う。
「理の外にある能力を持つ者たち」
「それが、暗殺者ギルドの正体」
その時。
どこからともなく声が響く。
「……当たりだ」
土蜘蛛の声。
「行き場のなかった俺たちに」
「居場所をくれたのが、暗殺者ギルドだ」
低く、誇らしげに。
「この力も——」
「全部、俺たちの誇りだ!」
次の瞬間。
「土魔法——"土壁"!」
轟音。
三人を囲むように、土の壁が隆起する。
完全包囲。
「俺の能力は“物理透過”!」
声が響く。
「どこからでも攻撃できる!」
壁の向こうから。
剣が突き出される。
「くっ!」
アモンが大盾で受ける。
火花。
衝撃。
さらに——
別方向から一閃。
「チッ!」
バルバトスの鎧をかすめる。
完全に防戦。
「このままだと……カイが!」
ヴィネが焦る。
だが。
バルバトスは——
笑っていた。
「……勝ち筋はある」
静かに。
「もう見えた」
そして。
「スキル——《大声》!」
再び轟音。
反響。
振動。
空間そのものが揺れる。
「ぐ……耳が……!」
土蜘蛛の声。
その瞬間。
バルバトスが土壁を叩き割る。
視界が開け、
アモンが前に出る。
「魔道具開放——」
大盾が光る。
「重力魔法"碇"」
放たれた光の錨が——
土蜘蛛を貫いた。
「な…なんだ?」
「体のうごきが、に…にぶいぞ」
動きが止まる。
完全停止。
「違う」
アモンが言う。
「動きがにぶいのではない…」
鎖が軋む。
「重力魔法じゃ」
ぐい、と引く。
土蜘蛛の身体が、引きずり出される。
「や、やめろ……!」
その瞬間。
バルバトスが踏み込む。
拳を構える。
「悪く思うなよ——」
「土魔法"土拳"!」
重い一撃。
顔面に直撃。
土蜘蛛の身体が吹き飛び——
壁に叩きつけられる。
そして、崩れ落ちる。
沈黙。
「……気絶か」
バルバトスが息を吐く。
「厄介な相手だったな」
ヴィネが手錠を回す。
「で?これ、どうするの」
アモンが歩み寄る。
「ワシが見る」
首輪を取り出す。
「"能力封じの首輪"じゃ」
カチリ。
装着。
「これで動けまい」
バルバトスが振り返る。
表情が変わる。
「……行くぞ」
低い声。
「カイを助ける」
ヴィネが頷く。
二人は駆け出す。
下の階へ。
暗闇の奥へ。
ーーーー テセウス ーーーー
土の神殿、下層。
ひんやりとした空気。
石畳の冷たさが、足裏からじわりと伝わる。
——次の瞬間。
ドサッ、と。
「いてて……」
カイは尻餅をつき、顔をしかめた。
つい先ほどまでの、奇妙な感覚。
床に“沈む”ような感覚。
身体が引き裂かれるような違和感。
そして——
突然、ここに放り出された。
「……ここ、どこだろう……」
立ち上がり、
周囲を見渡す。
だが、
何も見えない。
闇。
ただ、闇。
光は一切ない。
コツ……コツ……
石畳を叩く音。
静寂の中で、異様に大きく響く。
カイの身体が、びくりと震える。
「……だれ?」
声を絞り出す。
その瞬間。
足音が、止まる。
「……我々の標的ではないな」
静かな声。
低く、落ち着いている。
敵意はない。
だが——温度もない。
「君、名前は?」
カイは息を呑む。
それでも、答える。
「ひ……光の騎士団、遺跡調査班の……カイ、です」
一拍。
沈黙。
やがて。
「……ならば」
「我々の相手ではないようですね」
淡々とした声。
そして。
再び、足音。
離れていく。
「ま、待って!」
カイが叫ぶ。
足音が止まり、
振り返った気配。
「あなた……暗殺者ですよね?」
勇気を振り絞る。
「一体、何が目的なんですか?」
静寂。
少しの間。
そして——
男は答えた。
「我々の目的は、ただ一つ」
その声には、揺らぎがない。
「古代の技術、知識」
「それらを秘匿し続けること」
一歩。
ゆっくりと歩み寄る気配。
「世界の均衡を、永遠に保つ」
一拍。
「それが、我々の“世界平和”です」
カイの思考が止まる。
暗殺者が——世界平和?
矛盾。
だが、
その声には、嘘がなかった。
「そのためならば」
続く言葉。
静かに、だが確かに重い。
「どんな犠牲も厭わない」
空気が冷える。
「暗殺者とは、そういう存在です」
「……他に、聞きたいことは?」
穏やかですらある声音。
だが、それは優しさではない。
ただの余裕。
カイは息を整える。
「……ここにいる理由は?」
短い問い。
男は、わずかに間を置いた。
「本来は、秘匿事項ですが——」
少しだけ、声が和らぐ。
「教えておきましょう」
そして。
淡々と。
「予言に記された」
「“革命の小さき使徒”の抹消」
カイの瞳が揺れる。
革命。
使徒。
何一つ、理解できない。
だが——
それが、誰かを指していることだけは分かる。
「……おっと」
男が、ふと空気を読むように言う。
「上の戦いが、終わりそうですね」
軽い口調。
だが、状況を完全に把握している。
「最後に」
一歩、下がる気配。
「ご挨拶を」
「私の名は——テセウス」
その瞬間。
男の手元の
石が淡く光り、空間が歪む。
そして——
消えた。
再び、静寂。
カイは、その場に立ち尽くす。
呼吸だけが響く。
やがて。
「カイ!!」
遠くから声。
駆け寄る足音。
バルバトスとヴィネが現れる。
「無事か!?」
「怪我は!?」
周囲を警戒しながら、カイを見る。
カイは頷く。
「……大丈夫」
一拍。
そして。
「それより——」
顔を上げる。
「情報を、手に入れた」
バルバトスの目が細くなる。
「……暗殺者のか?」
「……うん」
短く答えると、
空気が引き締まる。
バルバトスは即座に判断する。
「なら、一旦アモンと合流だ」
冷静な声。
「そこで詳しく聞く」
ヴィネも頷き、
三人は歩き出す。
だが。
カイは一度だけ振り返る。
暗闇の奥。
もう誰もいない場所。
あの男。
テセウス。
彼の言葉。
その“世界平和”。
それが、何を意味するのか。
まだ、誰も知らない。




